十五 夕食どき
虹のステーションは、交通の便に恵まれている。郊外の田舎であるキト達の町は、車がないと日々の生活に困るような場所である。母の転院前の病院は隣町との境界にあり、さほど遠くはないが一時間に一本のバスか車でないと行くことができなかった。だがこのポスピスは、普通駅ではあるが駅から徒歩圏内で近く、学校帰りのキトでも容易に立ち寄れる。
西城とエイラの出会いを果たしたキトは、少し浮上した気分になり、珍しく母を訪ねることにした。
普通電車に乗り換え、自宅を通過して目当ての駅で降りる。コンビニで買い物をして、緩やかな登り坂を走る。弾む息、静かな風。夕暮れに灯る光がパラパラと彩る時間。
面会制限のない受付を通り、エレベーターで目指した部屋は、街が感じられる窓のある無機質な個室。部屋の前で名前を確認したキトはゆっくりとノックをし、返事を待たずに中に入った。
薬品と乾いた病室の独特な匂い。
カーテンの奥の人影は食事をしていたようで慌てて箸を置き、プツとテレビを切る。
「なんだキトかぁ。びっくりした」
存外に元気な顔をよこした母に、少し安堵の表情を見せたキト。テレビをつけ直した母を横目にパイプ椅子を開いて座る。
「飯どきにごめん。気にしないで食ってていいよ」
箸を止めた母に食事を促したキトは、椅子を引いてニュース番組に視線を移す。病院食ではあるが普通に見える食事にホッと頬を緩めた。
キト達にとってさほど重要ではないニュースばかりが通り過ぎていく。コンビニで買った缶コーヒーをこくり飲みながら賑やか過ぎるテレビと止まることのない母の手にキトは手持ち無沙汰だ。時間潰しに携帯を取り出すと、茶を啜った母が沈黙を破った。
「路上ライブ……なんて聞いてないけど」
湯呑みで温めた両手は細くしわがれて艶を失っていたが、キトは気付かぬ振りをして頭を掻いた。
「だって……、言おうと思ったけど……。あんた入院しちゃったからさ」
そうだ。
そもそもキトが二つ返事で引き受けた理由は、相棒のトランペットを先の短い母に聴いてもらおうと考えたからだ。
病気の深刻さはあったものの当時はまだ家で普通に暮らしていた。だが、あの日。キトがエイラに出会った日。うずくまって意識を失った母は病院に緊急搬送され、キトは知識だけだった母の余命を体感として受け止めたのだった。
「丸ちゃんがね、偶然聴いたんだって。震えたって。よかったって。初めは凄くかっこいい演奏だと思ったらしいんだけど、それがキトだって気づいたら、もう涙が止まんなかったって」
小さく切られた沢庵とお茶を交互に口にして、嬉しそうに話す母に、キトは懐かしさと哀しさで潤んだ瞳を寄せた。
「心残りは無い! と思っていたけど、こんなところにあったとは……」
そう告げた母は、小さなノートを開いて渡し、デザートの林檎をしゃくりとかじった。
① 知り合いに感謝を伝える。
② 丸ちゃんと二人デート。スペシャルパフェを食べる。
③ 海風を浴びる。できれば夕日を見る。
④ 恥ずかしいものを処分する。
⑤ 葬儀についての遺言をする。
⑥ 保険金や資産について伝える。
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死ぬまでにやっておきたいことだろうか。たった十五項目の箇条書き。この人はなんて欲がないのかとそっとノートを閉じる。
⑮ キトのトランペットが聴きたい




