十三 レクイエム
面談のために一度抜けた吹奏楽部は、だれた音でコメディのようなレクイエムを奏でていた。
クリスマスページェント。
路上ライブをした駅裏の少し開けた路地ではなく、駅正面のバスターミナルに併設された広場。幅広い階段状のそこは、小さな野外イベント会場として使われ、クリスマスから年末年始にかけては近隣の学校に割り振られている。
キト達の高校も然り。昨年のソロコンで入賞したルリの功績で、24日のクリスマスイブという絶好の日を当てがわれたキト達は練習に励んでいる。
もちろん、ページェントなのだから中心は演劇部の降誕劇なのだが、学校を挙げての出し物となるため、ダンス部や軽音部、剣道部や新体操部まで盛りだくさんに参加する。吹奏楽部はオープニング、ルリのソロ、フィナーレと一日を通しての活躍だ。
「一つどう?」
小休憩の合間にちょっと高級そうなチョコを配るルリ。キトはポケットのエイラにチラと目を移し、躊躇いなく摘む。
青銀色の包みをくるりと捻り、パキリ。小さなカケラをこっそりポケットに忍ばせて残りを口に含む。甘くほろ苦く、ミルキーな味わい。
「レオナルド・ダ・ビンチって知ってる?」
唐突な質問に、皆、顔を見合わせる。
「まぁ、多少は。天才画家で天才発明家のすげー爺さん。じゃねぇ?」
キトが応えるとルリは嬉しそうにはにかんだ。
「最後の晩餐っていう絵があって、キリストと十二人の使徒が描かれてるんだけど……」
「知ってるー! 裏切り者のユダの話ね」
何だ、何だと女子達が割り込んできた。
「ユダは十三番目の参加者でキリストを裏切っちゃうので有名なんだよね」
「ち、違うの。えっと、違わないけど。そんな話がしたいんじゃなくて」
慌てるルリと目を合わせたキトは、ゆると苦笑い。ポケットのエイラに出てくるなよとそっと念を送る。
「そこに楽譜が隠されれるっていう話があってね。それがレクイエムなんだって」
後ろ手に指を組んですくと立ち上がったルリが、窓を背に微笑んだ。
「へぇ……。そうなんだ。僕も……見てみたいな」
小学校からの付き合いだ。そうか、これがルリの夢なんだ。彼女はいつか本物を前にそれを演奏したいのだろう。だから……。
換気のために開けている窓から冷たい北風が吹き込む。なびくショートボブの、柔らかな髪を耳にかけた彼女は、こくこくと水筒にくちづけてニッと口角を上げた。
「だから、まずは身近なレクイエムに全力を注ぐよ!キト! あんた1stになるんだから、気合い入れて練習してよ」
バンと背中を叩かれてむせるキト。
(はぁ? 僕、2ndなんだけど……。そういえば西城は?)
瞳を白黒させて見回すと、いつも自分をリードしてくれていた西城がいないことに気づく。キョロキョロ見回すキトを呆れたように笑うルリ。
「あんた、路上ライブからグンと上達したでしょう?西城の奴、不貞腐れちゃったみたい。当分休むって言ってたから、あんたが頼りよ。そうそう、2ndはミカ一人になったから! ミカならできる、頑張れ!」
反論する間も、西城が不貞腐れたかを確認する間も与えられず、キトは急に当てがわれたメインパート(1st)に焦った。焦って、狼狽えて、怒涛のように入る指示に必死になる。
キトのポケットで呑気にあくびをしたエイラは、気まぐれに音の波を飛び遊びご機嫌な笑みを溢したのだった。




