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十一  エイラ


「とーいといとい」


 エノコログサをふりふり振って目の前に差し出すと、きゃきゃと声をあげてじゃれついてくるエイラ。


 エイラは基本眠っている。微睡んでいると言っていいのか。キトの胸ポケットの中で。ひっくり返した帽子の中で。


 興味があること、特に音だろうか。羽心地が良いことには喜んで、ふわりポケットから飛び出す。一気に遊んで一気に捲し立て、そして唐突にどこかに行ってしまう。大抵はキトの近くにいるのだが。


 興味の塊が妖精で、気まぐれなのが妖精だ。生まれて初めて出会った妖精がそう言うのだからそうなのだろう。ここ数日、一緒にいたキトが納得するのだから、妖精とはそんな生き物らしい。


 潤との出会いで猛烈にキトに叱られたエイラは、人前に出る時には警戒するようになった。相変わらず、興味を持てば、そのすぐ目の前まで行ってしまうのだが、どうやら人に見つかりにくくする魔法を使っているようだ。ただこの魔法、見つかりにくくするだけで見つからないものではないらしい。

 エイラの存在を知って、信じてしまった人には容易く見つかるからだ。まぁ、世の中で妖精の存在を心から信じている人は少なく、ましてや、今ここに、すぐ目の前に妖精がいると考える人など皆無なのだから問題はない。


 ふわふわとゆるゆると(くう)を漂うエイラに潤は面白がり、あれやこれやとちょっかいをかける。今は昼休みの校庭で、大会が近いサッカー部のイレブン達が汗だくで練習に勤しんでいるけれど、そんなキト達を注視する者は誰もいなかった。


「なぁ、ライブ、お前もくるか?」

 エイラから目を離さない潤が呟いた。

「いいよ、遠慮する。……あの歓声は潤達のものだ。きっとライブもいいものになるよ」

 膝を抱えたまま、サッカー少年を見つめて応えた。


「親父さん、あんなに喜んでたじゃんかよ」


 キトの薄い茶を帯びた瞳が、ざんぎり頭の少年のそれとかち合う。

「な……?!」


「言わねぇよ。誰にも。お前、揶揄(からか)いにけーし。でも、あの、財布ひっくり返したオッサン、親父さんだろう? 」


 互いに視線を肯定に移し、呼吸を潜めた。


「…………、あの人、今ちょっとおかしいから」

 消えそうな声に潤は黙って頷く。キトは路上ライブが決まった時、潤にだけ母親の病気のことを打ち明けた。もしもの時、ライブに穴を開ける可能性があることを危惧したのだ。


 だから、今、二人は黙って校庭の喧騒に耳を傾けた。午後の始業のチャイムがなるまで。


 冬にしては暖かな小春日和と呼ばれる日だった。いつのまにかエイラはキトの胸ポケットに戻って優しい寝息を立てていた。


 

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