ゼミ長、不登校児に登校を促す
藍子の携帯電話が鳴った。発信者はマリイだ。マリイは挨拶もそこそこ、
「清彦が大変でさあ」
と話し始めた。藍子は清彦の名前を出されてどきりとする。
「清彦さんがどうしたの?」
「全然連絡が取れなくって、どうしようもないから強制的に清彦んちに踏む込んだんだよ、バンドのメンバーと。あいつ居留守を使いやがったから不動産屋に鍵を開けさせた」
「さすがだね」
「清彦、どうしていたと思う?あいつ、何日間も飲んじゃ吐いての生活をしていて」
「珍しいね」
「それがさ、尋常じゃない飲み方で、ジンとか泡盛を一気飲みして、床に乾いたゲロがこびりついていた」
「清彦さんがそんな無茶な飲み方をするなんて信じられないよ。なんでそんな馬鹿なことを」
藍子の疑問にマリイは一瞬黙った後、
「自殺を図ったように私には見えたけれど」
と答えた。
「自殺?清彦さんは無事なの?どこにいるの?」
藍子は清彦の身を案じて聞く。
「実家に帰ったよ。ちょうど去年の今頃お祖母さんが亡くなったから法事を理由に帰省した」
「それならば安心だね」
「そうでもないよ。あいつ、就職活動を放り投げて田舎に引っ込んだじゃない?六月って言ったら内定が出る時期なのに、この時期に東京にいないってどうかねぇ」
「確かに」
「しかも再来週バンドとして大口の仕事が入っているんだよ。フェスの前座に呼ばれているんだ。その仕事は絶対に受けたい。今後就職するとしても音楽の世界に進むとしても、今が大事な時なんだよ。そんな時に親元に戻るなよ」
マリイは苛立っている。そして思い出したように
「そう言えば藍子は麗華の従姉妹だって言っていたよね?」
「うん」
「麗華は生きてるの?」
「は?」
マリイの唐突な質問に藍子はどう返答すべきか分からない。
「生きているかって・・・・、麗華の葬式には呼ばれていないけれど」
「あははは、やっぱりそうだよね!いやね、清彦の奴、俺が麗華を殺したー、なんて言うから焦ったよ。どうせ麗華からこっぴどく振られた時に暴力でもふるったんじゃね?」
「えっ?振られたの?」
「そうとしか思えないけれどね。あの荒れっぷり」
麗華が清彦の前から姿を消した。藍子はつい笑みがこぼれる。
「それでさ、藍子に頼みがあるんだけど」
「何?」
「清彦を東京に連れ戻せ。清彦の就職とバンドの将来がかかっている。これは藍子の使命だ」
「私は関係ないよ。こう言うのは寝食を共にしたバンドのメンバーが」
「私らの話なんて聞きゃしないよ。麗華の事で清彦とは随分やりあったし。藍子の従姉妹を悪く言って失礼だけど、麗華は大変な女だったよ」
「知っている。高校生の時から飲酒と喫煙と男問題で停学を食らうような子だった」
「高校生で遊び人か!」
マリイはそう声を上げ、しばらく黙ったが、やがて気を取り直したかのように
「藍子と清彦はゼミ長と副長の関係じゃん?藍子の言う事だったら清彦は聞くんじゃない?」
「今はそうじゃないのよ。実は清彦さんはあまりに働かないゼミ長だったから先生が怒っちゃってゼミ長を解任した。で、今は私がゼミ長」
受話器の向こうでマリイは息を吐いた。
「清彦は麗華と付き合うようになってから周りと上手くいかないんだよ」
「そうみたいだね」
藍子は同意した。
「私の想像以上に麗華は悪い女だよ。頼れるのは藍子だけだよ。不登校児に登校を促すのは学級委員の役目でしょ。ほらゼミ長頑張んな!」
マリイは半ばやけっぱちで言うのだった。
「最近の不登校児には無理に登校させないらしいよ」
藍子は言う。現に楓もずっと家にいっぱなしだ。
「そんな冷たい事言わないの。学校の先生が毎朝お迎えに行ったり、学級委員がクラスメートの寄せ書きを届けたりするもんだよ」
「それで事態が良くなった話は聞かないけれどね」
藍子の気持ちは動かない。マリイは改まった声になり、
「でもさ、結構重大局面だよ。また清彦が無茶飲みみたいな自傷行為をしないとも限らないし。実家にいるとは言っても親御さんが四六時中監視しているわけじゃない。今回は酒だったけれど、薬物の過剰摂取なんてされたら今度こそ・・・・」
マリイは藍子の不安を煽る。
「清彦さんはそんな病的な人じゃないから!」
藍子は強い口調で否定した。
「麗華があいつを病的にさせたんだよ!」
マリイは言い返した。
「分かるだろう?あんなおかしな女と一年近く一緒にいたんだよ。普通女に振られたからって急性アル中になる程酒を飲むか?清彦は既におかしくなっているんだよ」
藍子はマリイの言葉に反論出来ない。藍子が黙っていると、マリイは
「清彦の連絡先は知っているよね」
「うん」
「とにかく何かしてあげなよ。藍子だって今更清彦とどうこうなる気持ちはないんでしょう?」
「ないよ」
藍子は即答した。
「そういや駿から聞いたんだけど、藍子は耳の聞こえない人に合気道を教えるボランティアをしているって話じゃない」
「私が教えているわけじゃないよ。単に門下生に聾唖の子がいるだけ」
「同じことだよ。ボランティアの一環として清彦も救済してやんな。じゃあ頼んだからね」
マリイはそう言って電話を切った。




