隠し事
就職活動の帰り、清彦はたまたま通りかかったアメリカブランドの宝飾店前で立ち止まった。ダイヤモンドの指輪に目が釘付けになる。これを差し出して麗華に結婚を申し込めたら。値段は三十万円。学生の自分には買えない。内定が出たらすぐにアルバイトを始めて金を貯めるか。いや、その前に出産費用や新居の家賃が必要だ。そもそも麗華がアメリカブランドが好きかも定かではない。考えを巡らしながら指輪を眺めていた清彦に、女性店員が、
「お手に取ってご覧になりますか?」
と声をかけた。
清彦はとっさに答えた。
「家内と相談してから」
「そうですか。ではカタログをお持ちになりませんか?」
清彦が頷くと、店員は紙袋に分厚いカタログを入れ、
「奥様とのご来店をお待ちしております」
と頭を下げた。家内、もし麗華と結婚したら彼女をそう呼ぶ様になるのか。清彦はカタログを受け取りつつ、麗華との満ち足りた結婚生活を想像した。
清彦は毎晩のように麗華に電話で会いたいと伝えても、
「ごめんね、何だか具合が悪いの。週末は家にいたい」
と言う返事だった。清彦は「つわりなの?」と聞きたくなるが、本人が妊娠を言い出すまでこちらからは詮索し兼ねた。
麗華とは十日も会っていない。麗華が一人で思い悩んでいるのかと心配になる。清彦は夕方麗華にメールをした。
「今日は会社に行けた?これから会えない?」
麗華からの返事は
「これから会社を出るところ。今日はまっすぐ帰りたい。まだ体調が悪いの」
「顔だけでも見たいんだ。麗華さんの家の駅で待っていてもいい?」
十分ほどの間があって麗華から返事が来た。
「そうね。じゃあこっちに来てくれる?近くのファミレスで待っていてもらっていいかしら?」
麗華は待ち合わせの場所と時間と指定した。
時間前に麗華はやって来た。元々痩せ型であったが、更に線が細くなったようだ。顔色は悪い。
「大丈夫?会社は休めないの?」
清彦は気遣う。彼は今日も就職活動の面接で、紺色のスーツを着ていた。
「寝込むほどではないのよ」
麗華はゆっくりとメニューを見て、フルーツゼリーを頼む。
麗華がゼリーを食べ終わった頃、清彦は切り出した。
「麗華さん、俺に隠し事しているいない?」
「別に何にも隠していないわ」
麗華は面倒くさそうに言う。清彦は辺りを見渡し、誰も二人の会話を聴いていない事を確かめてから、
「そうかな。妊娠、しているよね」
と麗華の顔を覗き込んだ。麗華はさっと頬を紅潮させ、
「どうしてそんな事を?」
「麗華さんが倒れた日、診察室が余りに静かだったから、心配になって中に入ったんだ。そうしたらお医者さんとの会話を聞こえた。麗華さん、二ヶ月だってね」
麗華は驚愕で声も出せない様相だった。清彦は膝に手を置いて、頭を下げた。
「麗華さん、僕と結婚して下さい」
通路を挟んだ席の客がちらりと二人を見た。
「今回の事があるから結婚したいんじゃないんだ。付き合い始めた頃から結婚を意識していた。どうだろう?」
清彦は麗華に返事を促したが、彼女は可否を答えず、
「外で話さない?」
と言った。清彦は伝票を掴んで立ち上がった。




