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藍子の武者修行  作者: 山口 にま
第六章
32/63

溺れる

打ち上げには麗華もやって来た。ギター担当の新メンバーは、彼女の美しさに心を奪われて気もそぞろである。マリイは機嫌が治らず口をへの字に曲げている。

麗華が化粧直しに立った時、マリイは清彦に言った。

「さっきの態度、無いんじゃない?」

「さっきの?」

「主催者サイドに喧嘩腰になって。優勝できるかの瀬戸際なのに点数をつける側を怒らせてどうすんの」

「あれは向こうが悪いよ。彼女がスカウトを断ったら男が嫌な事を言ったって」

「私にはそうは見えなかったけれど」

麗華が戻って来たので、マリイは自分の席に戻る。麗華は清彦の隣で甘いカクテルを啜った。疫病神め。マリイは麗華の横顔を睨み付けた。


 散会後、清彦と麗華は二人で電車に乗った。

「清君がテレビに出るの?何だか信じられないわ。絶対に録画するからね」

「今から緊張する」

「いつも通り自分が楽しんで、お客様と一緒に楽しむ気持ちでやれば良いのよ」

麗華は清彦を励ました。清彦は自分の手を麗華の手首に絡ませる。

「今日は何だか麗華さんと一緒にいたいな」

「じゃあもう少しお酒でも飲む?」

清彦は麗華の顔を覗き込み、

「麗華さん。俺の部屋に来てくれませんか?」

「今から?」

「駄目?俺はこんなに頑張ったのに」

清彦はねだるように言った。麗華はしばらく考えていたが、

「そうね、清君の部屋に行きましょう」

と答え、電車が空いているのをいい事に、自分の額を清彦の額に合わせるのだった。


清彦のアパートの小さなベッドで二人は肌を合わせる。長身の清彦にはもともとこのベッドは窮屈だった。更に足の長い麗華が入って来て、二人は巣の中の小動物のように身を寄せ合った。

清彦は何度も麗華の名前を呼んで頬を撫でた。愛していると言いかけるが、そんな言葉では追いつかない。この時間を止めて、永遠に麗華を自分の物にしたい。清彦は麗華の首を撫でさすった。麗華はその愛撫に身を委ねるように目を閉じる。もしここで麗華の息の根を止めたら。今の幸せの絶頂は凍りついたように永遠になるだろう。清彦は両手で麗華の細く白い首を押さえた。麗華は抵抗しなかった。何をやっているんだと清彦は我に帰る。好きになり過ぎて握りつぶしたくなる。それは清彦にはかつて経験したことのない感情だった。


営みを終えた二人は、体を離した後も頬と頬をくっ付け合った。

「さっき変だった、俺」

清彦は告白する。

「どうしちゃったの?」

まさか殺したくなったとは言いかねたので、

「麗華さんとの時間を永遠に止めたくなった。幸せ過ぎてね」

「私だってそうよ」

麗華と結婚したら死が二人を分かつまで一緒に居られるのか。清彦は麗華と結婚したいと思ったが、年下でしかも学生の自分が容易く口に出せる言葉ではない。プロポーズの代わり清彦が言ったのは、

「今度帰省する時に麗華さんも一緒に来てよ」

だった。

「私が?良いの?」

「勿論」

こんな美人を連れて帰ったら親はどれだけ喜ぶか。清彦は自分が取り返しがつかないほど麗華に溺れている事を感じた。

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