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藍子の武者修行  作者: 山口 にま
第六章
31/63

君は有名人

コンクールはレコード会社主催である。優勝バンドの特典は、深夜の音楽番組に一度出演出来る事だった。プロを目指すマリイはデビューのきっかけが欲しくてたまらない。毎日のように練習したがった。貸しスタジオに清彦を呼びつけては彼の歌やサックスに合わせていく。


十月最初の日曜日、午後の早い時間からコンクールは始まった。小規模ホールで公開で行なわれる。勿論清彦は麗華を呼んだ。麗華は襟ぐりが大きく開いたブラウスとタータンチェックのスカートで現れた。特に華美な服装ではないが麗華は人目を惹く。レコード会社の社員が彼女をチラチラと見た。

事前審査に通った十組のバンドが順にステージに上がって行った。ビュレットナイトは二番手だ。清彦は一番目のバンドの演奏を聞いて、なんだライバルはこの程度かと失笑する。練習量もこなしたライブの数も他のバンドには絶対に負けない。ビュレットナイトは自信を持って審査に臨んだ。


審査員と観客はまずマリイのボーカルにど肝を抜く。力強くはあるが、決して乱暴ではない。客席の各々の胸に真っ直ぐに届くような声だ。次いで清彦のサックスがマリイのボーカルを追いかける。清彦はサックスから口を離すと、マリイのボーカルに合わせて自身も歌う。二人の声は厚みを持ち、観客の気持ちを惹きつけた。曲はまだ始まったばかりだと言うのに審査員も観客も優勝するのはこのバンドだと確信する。その思いは麗華も同じだった。光溢れるステージの上で客達を魅了する清彦を見て、このレベルの男ならば自分と釣り合うと考えた。


二時間弱で全てのバンドは演奏を終えた。観覧席に照明が灯り、休憩時間となる。麗華が一人で通路付近の席に座っていると、二人のスーツ姿の男が近づいて来た。

「私達、コンクール主催の者ですが」

そう言って麗華にレコード会社の名刺を渡した。麗華が名刺を受け取ると、男達は麗華に目線を合わせるように通路に屈み込み、

「弊社ではモデルや女優のお仕事もあります。もし良かったら一度上の者と会って頂けませんか?」

原石発掘に余念がない。

「他のプロダクションに入っています」

麗華はスカウトを断った。年長の男は心底残念そうな顔をしたが、もう一人の若い方はやっぱりねと言わんばかりに頷いた。

「失礼ですが、お名前を聞かせて頂いても?」

年長の男が聞いた。

「片貝麗華です」

「そうですか。何かありましたら遠慮なくご連絡下さい」

年長の男は慇懃に頭を下げて麗華から離れた。しかし一方その場に留まり、人差し指で麗華を指差し、

「君、結構遊んでいるよね、有名だよ。僕達の飲み会にも来てよ。タクシー代なら出すからさ」

そう言って薄ら笑いを浮かべた。麗華は男を睨み付け、顔と名刺の名前に覚えはないか記憶を辿った。

 清彦は審査結果を麗華の隣で聞くために客席に回った。そこで見たのは不快そうな顔で男を見る麗華だった。麗華が男に絡まれている、清彦はそう思い、低い声で

「彼女に何の用でしょうか?」

と男の背後から声をかけた。男は清彦の方を振り返り、へえこんなお坊っちゃまがと言わんばかりに清彦を上から下まで見、離れて行った。清彦は男の背中を睨み付け、男を親指で指差し、

「何なの、あれ?」

と麗華に聞いた。

「スカウトされたんだけど、断ったら怒らせちゃって」

麗華は咄嗟に嘘を付く。

「ふうん、無礼な奴だね」

清彦はぷりぷりしながら麗華の隣に腰を下ろした。

「一番良かったわ」

麗華が褒めると清彦は満面の笑みを浮かべ、麗華の手に自分の手を重ねた。

一連のやり取りを間近で見ていたマリイは舌打ちをし、ドラムの芸名ジョニーに言った。

「清彦の奴、何やってんだよ。こんな大事な時に」

芸名ジョニーは困り顔で、マリイの言葉に頷いた。


マリイの不安をよそに、優勝したのはやはりビュレットナイトだった。彼らは壇上に上がった。麗華に馴れ馴れしく話しかけた男は、先ほどとは打って変わった爽やかな笑みで、

「おめでとう」

と彼らを讃え、清彦に盾を渡した。清彦は笑い返す事が出来なかった。

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