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藍子の武者修行  作者: 山口 にま
第六章
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藍子の疚しさ

新学期が始まり、ゼミが再開した。ゼミでは藍子と清彦は前後の席を取ることが多かったが、最早藍子は清彦に近づけない。遠くの席に女友達と座った。それでもゼミの終わりに、教授は

「星野くんと鵜飼さんは来るように」

と二人を呼びつけるのだ。藍子は清彦に駿との情事が露見することを恐れていた。誰とでも寝れるのだと知られたら清彦に軽蔑されてしまう。もしかしたら既に知られているのかも。藍子は口を一文字に結んで教授の元に向かう。

何だかあいは変わったな。久しぶりに藍子に向かい合った清彦は思った。以前の藍子は些細なことで驚いたり笑ったり、まるで子犬のようだった。今の藍子はひっそりと佇み、自分の感情の全てを内に秘めているように見えるのだ。男が出来たのかと清彦は訝しく思う。麗華が見せる大人の女性特有の落ち着きを、藍子もいつの間にか身につけていた。

教授の用件は、来月に親睦を兼ねてゼミの飲み会があるからゼミ生の出欠を取り店を押さえておくようにという事だった。

「はい分かりました」

藍子と清彦は共に返事をする。清彦は歌っていない時も澄んだ高い声を出す。藍子は自分の気持ちが再び清彦に傾かないよう、教授とのやり取りに集中した。

「先生のご都合の良い日はいつでしょうか?」

そう尋ねたのは藍子だった。合気道の飲み会でも幹事はいつも藍子だ。最初に師範である天水の都合を聞かずに予定を組むと、天水の雷が落ちて大変な事になる。教授は金曜の夜を希望した。藍子は重ねて予算や教授の食事の好悪を聞いていく。

「分かりました。来週までにお店を探しておきます」

藍子が請け負うと、教授はじゃあよろしくねと教授室に戻って行った。

「私がお店を手配しちゃって良いのかしら」

藍子は清彦に聞いた。清彦は教授からの頼まれ事を先送りにしてしまう癖があった。前期もその事で教授をひどく怒らせたのだ。

「お願いしていいかな」

「星野くんの都合の悪い金曜日はあるの?」

藍子は清彦を名字で呼んだ。藍子は駿と寝た疚しさがあり、防御の気持ちで清彦への態度が刺々しくなる。清彦は藍子が自分に怒りを持っていることを感じた。

「金曜日はいつでもいいよ」

清彦は麗華のことを藍子に報告しようと思っていたが、とてもそのようなことが出来る雰囲気ではなかった。


 二週間後、藍子はゼミが終わった後に事務的な口調で清彦に話しかけた。

「今度の金曜日はゼミの飲み会があるけれど、司会進行は星野君に任せて良いかしら?」

そこで清彦は自分が週末の予定を入れ過ぎた事を思い出す。

「金曜かぁ」

清彦は頭を掻く。藍子は三白眼で清彦を見上げ、

「金曜日はいつでもいいって言ったよね?」

と清彦を責める。今にも藍子の拳が彼の顎に命中しそうだ。清彦は首をすくめて、

「実はリハーサルが入っちゃって・・・・・」

てめぇ舐めてんのかよ、ゼミの飲み会の方が先約だろう!そう藍子に怒鳴りつけられると思ったが、藍子の答えは

「あ、そうなんだ」

清彦は拍子抜けした。それでも藍子の怒りを買わぬよう、聞かれもしないのに

「実は日曜日にコンクールがあって」

と長々と弁明する。

「最近ギターが変わったんだよ。駿が抜けちゃってさ。だからコンクールの前にきちんとリハーサルの時間を取りたいんだ」

「分かった。じゃあそっちに行って」

「大丈夫かなぁ。俺は一応ゼミ長だし」

「私ならば一人でも平気。リハーサルに行きなよ。先生には部活の用だって言っておいてあげるから」

清彦はリハーサルに行って欲しい、それは藍子の願いでもある。放課後まで清彦と一緒にいるのは耐えられない。ゼミ長と副長の関係を解消したいと先生に頼んでみようか、藍子は本気で考えた。

「じゃあ悪いけど俺は欠席で」

清彦は済まなそうに言って、サクスフォンを肩にかけ教室を出て行った。

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