未来永劫の仲間
藍子は河川敷に人が疎らになった事に気がつく。
「そろそろ行こうか。明日も早いんでしょう?」
二人は立ち上がった。河川敷を歩きながら、大悟は聞く。
「この前は随分落ち込んでいたけれど、もう大丈夫?」
大丈夫、と藍子は答えるも憂鬱な顔だ。
「新学期、嫌だなあ。どんな顔をして彼に会えば良いのか。実は彼とは同じゼミで、私達はゼミ長と副長なんだよね」
「そんなに親しかったのか?。てっきりバンドマンとファンの関係だと思っていた」
「いやいや、クラスメートとしても仲が良かったよ。よくカップルに間違えられていた。でも同じゼミに入ったのは偶然。ただ私が副長になったのは、彼がゼミ長に指名されて困っているのを見兼ねて。あーあ、副長になんかならなきゃ良かった」
大悟は藍子を見て、
「じゃあ合気道では俺が主将で藍子が副将になるか」
と提案する。
「私、そこまで合気道が上手くないし」
「そうかな。藍子がいつも俺のそばにいて俺を支えてくれたらなって思っているけれど」
どう返事をして良いのか分からず、藍子は黙った。大悟は立ち止まり、
「藍子」
と呼び止めた。藍子も立ち止まる。
「俺達、中学生の時から道場仲間だったけれど、これからも藍子と二人で会いたいんだ。もう俺のところに来ないか」
大悟は真剣な面持ちで藍子を見、両手を広げる。藍子はためらった。しかし気持ちとは裏腹に大悟にむけて一歩だけ足を踏み出す。その姿を見て大悟は安堵し、
「来ないならば迎えに行くぞ」
そう宣言してから藍子の手首を取り、自分の方へ抱き寄せた。
大悟の胸は暖かかった。藍子は身を固くしながらも大悟の匂いを嗅いだ。しかしここでも考えるのは駿との過ちだ。
藍子は大悟から離れた。大悟は悲しげな目で藍子の顔を覗き込む。藍子は言葉を選びながら、
「もし大悟と駄目になったら、私の居場所はどこにもなくなる」
と大悟を拒絶した。
駿と寝て、清彦ともバンドのメンバーとも会えなくなった。駿の事はそんなに嫌いではなかった。むしろ友人として親しみがあった。それなのに駿とも関係が切れてしまった。藍子にとって天水道場は家みたいなもので、大悟は未来永劫関係が続いていく仲間だ。
「私はそんなに良い人間じゃないよ」
藍子は大悟から目を逸らした。
二人は河川敷を離れる。乗り換えの駅で二人は別の線に向かった。別れ際、大悟は藍子の頭を軽くたたいた。
「じゃあな」
大悟は一度も振り返らなかった。藍子の頬はまだ大悟の温もりを覚えている。大悟と主将副将の関係になって、天水師範夫妻のように二人で道場を盛り立てる未来もあった。それでも藍子はこれで良かったんだと何度も自分に言い聞かせた。もし大悟を失ったら藍子は全てを失う。今や自分の一部になっている合気道でさえも。
電車の中で藍子は自動配信で送られるビュレットナイトのライブ告知を受け取った。彼女はメールを開き、メールに添付してあるURLから配信停止をクリックした。これでビュレットナイトとは縁が切れた。藍子はもう清彦のファンではない。ファンである資格はもうない。
清彦に抱きしめられて始まった小さな恋、それは夏とともに終わった。




