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藍子の武者修行  作者: 山口 にま
第四章
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偉大なる音楽家の末裔

駿はすぐにやっていた。藍子は急いで涙を拭う。駿は消沈している藍子を見て、

「そりゃそうだよね。傷つくよね」

と彼女の悲しみに寄り添った。

「何か腹に入れないと」

駿は取り皿を藍子の前に起き、唐揚げと枝豆を注文した。

いつから二人はああなの?二人はもう恋人なの?聞きたい事は山ほどあった。でも疑問を口にしようとすると涙が出てきそうになる。藍子は膝の上で固く拳を握り、自分の気持ちを落ち着かせた。顔を上げて駿と向かい合い、

「こうなったのは仕方がない。お似合いだよあの二人、美男美女で。みんなから祝福される恋人同士だよ」

とため息まじりに言った。駿は眉をへの字にして、

「そうでもないんだよねー。マリイが彼女の事を嫌っていてさ」

「マリイが?何で?」

藍子は身を乗り出す。更に

「そもそも何でマリイが清彦さんの異性関係に口を挟むの?」

と質問を重ねる。駿は注文したウーロンハイを一口飲み、

「最初から話すわ。俺、バンドを辞めるんだ」

「どうして?」

「勉強が忙しいから」

「勉強だって!」

藍子は酔いが進み、些細な事で笑ったり泣いたりしてしまう。駿は髪を染めてピアスをしている。とても学究の徒には見えない。駿は藍子の反応に困惑しつつ、

「俺、こう見えてもお勉強家よ。工学部だし。工学部だから他のメンバーとは校舎も離れていて練習に参加するのもままならない。三年になって実験で忙しくなるから、もう音楽は続けられないよ」

藍子は笑うのをやめ、

「駿くんビュレットナイト脱退か。残念だね」

と神妙に言った。

「俺が抜けた後どうするって話になり、清彦が麗華を、あの女の人は麗華って言うんだけど、麗華をキーボードとしてバンドに入れたらどうかって提案したんだ」

「清彦さんはそんなに麗華の事を・・・・」

藍子は唇を噛む。駿は、

「いや、清彦の私情ばかりじゃないんだ。もし新しいギターを入れたら俺はもうビュレットナイトに戻れないだろう。だから俺がいつでも戻れるようにキーボードを入れようと思ったらしいんだ」

「そうだったの」

「ただマリイは大反対さ。あの女を入れるならば私はビュレットナイトを辞める!って言い切っていた」

「何でマリイはそこまで麗華を嫌うのかしら?」

駿は相変わらず困り顔で、

「実は麗華って物凄い遊び人らしく、マリイの耳にも悪い噂が届いていて」

「未だにそうか」

藍子は吐き捨てるように言う。駿は藍子の反応を訝り、

「えっ?」

と聞き返した。

「いえ、何でも。ところで悪い噂って?」

「麗華は雑誌のモデルもやっていて遊び人界隈で顔が広いんだよ。そのツテでギャラ飲みしたり」

「ギャラ飲み?」

「知らない?結構な金額のおこずかいを貰って、IT長者とかの金持ち連中の飲み会に参加する事」

「芸者みたいだね」

藍子は感想を漏らす。

「そう言う水商売みたいな事はマリイが一番嫌っているんだ」

「まあマリイらしいね」

藍子はワインを飲み干した。

「麗華ってひいおじいさんが有名な作曲家なんだよ。誰だっけ?音楽の教科書にも載っている・・・・・」

「鵜飼保二」

「そう、その人!麗華は自分を金持ち連中に売り込みたい時に、私のひいおじいちゃまが〜って言い出すんだって」

「麗華、なりふり構わないねぇ」

「おこずかい稼ぎの為に音楽家の名前を出すな!自分は音楽での実績は大してないくせに!ってそりゃマリイがカンカンさ」

「私だって怒るわよ。自分に付加価値をつけるために鵜飼保二の名前を利用して!お前も音大生ならばピアノの腕で勝負しろって感じよ」

普段は蔑ろにしている祖先の名前だが、麗華がギャラ飲みとやらの為に保二の名前を連発しているのは流石に腹に据えかねた。

「更にマリイが心配しているのは、麗華がバンド内の人間関係を壊しそうだと」

「どう言う事かしら?」

「俺はもう脱退するから関係ないけれど、バンド内の男が麗華の取り合いになるんじゃないかと。それも麗華が自分の魅力を試すために色んな男に色目を使うんじゃないかと」

「私もそれを真っ先に思った!」

藍子は思わず膝を打つ。

「麗華って男の人と変な付き合い方をするの。高校生の時だって・・・・・」

駿は驚いた顔で、

「さっきから気になっているんだけど藍子は麗華の知り合いなの?麗華麗華って呼び捨てにしているし」

駿に指摘され、藍子は言いにくそうに、

「麗華は私の従姉妹なの」

と告白する。駿は一瞬強く目を閉じ、自分の失態を詫びた。

「本当にごめん!君の従姉妹さんを悪く言って」

「ううんいいの。マリイが言っている事、やっぱりねって思うことばかりだもん」

二人は暫く黙った。

藍子はワインをお代わりする。駿は心配顔で

「何か食べなって」

とつまみを勧めるが

「食欲ない」

と藍子は答えてワインを飲むばかりだった。

「清彦は藍子と麗華が従姉妹って知っているの?」

駿は聞く。

「勿論。七月に清彦さんがうちにピアノを弾きに来たの。あ、変な意味じゃないよ。妹もいたし。その時に麗華がたまたま同居している祖父に会いに来て、それで二人は知り合った」

駿は憤然とし、

「清彦も麗華も心がないな。色ボケしちゃって。藍子の気持ちを考えろよ」

「いいよ。単に清彦さんは私よりも麗華の方が好きになっただけだよ」

「藍子と清彦は上手くいかないように見えるけれど、清彦と麗華も上手くいくかねぇ。暗い未来が口を開けて待っているように思える」

駿は不吉な予感を口にする。

「そうかしら」

「清彦があんな暴れ馬を乗りこなせるようには思えないね。麗華は楚々とした美人風に振舞っているけれど、裏があるんでしょ?」

藍子は頷いた。

麗華が補導されたいきさつを思い出す。飲酒と喫煙で補導された時も男と一緒だった。補導された事が原因で志望大学に行けなくなって音楽への熱が冷めたのだ。まともな男だったら進路が決まる大事な時期の未成年を酒場に連れて行かないし、ましてや飲酒も喫煙もさせないはずだ。そう言う意味では麗華は男の事で不幸になったと言ってもいい。

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