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藍子の武者修行  作者: 山口 にま
第三章
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鵜飼家の普通

 普通の定義は家庭の数だけある、よその子と比べたって仕方がない、そう百々子は言ったが、確かに一理あった。

藍子にとってピアノとはグランドピアノのことである。しかし友人達の家にあるのはアップライトのピアノどころか、ピアノもどきの電子ピアノばかりである。うちはよそとは違う、それは幼い頃から自覚があった。

大音楽家が祖先にいることはさることながら、現在の鵜飼家も普通ではない。都内にある藍子の自宅敷地内には鵜飼アルミ建具製造の作業場兼社屋も、家長である敬三の家もある。かなりの広さだ。

藍子は金の苦労をしたことがない。アルバイトだって半分遊びのようなものだ。親は娘達の望みはなんでも叶えてくれた。その裕福な暮らしは敬三が一代で築いた財産のおかげだ。

楓が学校に行かず家で敬三の世話をしていたら将来のためにならない、このままで良いわけがない、それが藍子の主張であるが、その考えは或いは間違っているのかも知れない。

仮に楓が普通に高校大学と進学し一般企業に就職する。そして定年までちくちくと貯蓄に励む。しかし一生涯かけた貯金をはたいたところで都内の土地付き戸建は手に入りはしない。

しかし、このまま親や敬三に謀反など起こさず大人しくしていれば、黙っていても敬三所有の土地と家屋の一部が相続できる。敬三は常々言っている。会社を継ぐ者に俺の財産を全て残すと。であるならば、藍子の父親がこの広大な敷地と、その上に乗っかる建物全てを相続するのが自然だ。両親亡き後は三姉妹で不動産を三分割するのだろう。

楓が高校に行こうと行くまいと将来の分け前は変わらない。ならば行きたくもない高校に行くだけ無駄だ。

藍子は考えてしまう。楓がこれで良いと言うならば私が口出しすべき問題じゃないのだろうか?初子は敬三の世話から解放され、楓は祖父孝行を名目に堂々と不登校が出来、敬三は可愛い孫娘に昼食まで作って貰える。これが鵜飼家の普通なのかしら?


 藍子には楓が人前で口を利かなくなったきっかけに心当たりがあった。

 藍子姉妹がまだ幼い頃、祖母がまだ生きていた時の話だ。敬三は人の気持ちに無頓着で他人を振り回すが、祖母は人の気持ちが分かった上で人を傷付ける事が多かった。

 藍子が物事ついた時から親戚の集まりは藍子の家で行われていた。家長である敬三とその妻は母屋が汚れるのを好まないし、祖母は横着で骨惜しみをする女だった。長男の嫁がコマネズミのように働いてくれるのだから、嫁にやらせればいい。祖母は初子を使って親戚をもてなした。


かつては敬三の弟も存命で、弟一家も当然のように盆や正月の集まりに顔を出した。彼らの接待も初子の役割である。集まりの間中、初子は台所と客間を行ったり来たりだった。四歳の楓は母親を求めて、ママと何度も呼ぶが、初子は「後でね」と言うばかりだ。

宴もたけなわの頃、やっと初子は楓の隣に座ることができた。

「楓、これ書いたの」 

楓は箸袋を母親に見せた。彼女は箸袋の裏に落書きをして時間を潰していたのだ。

「これね・・・」 

楓が説明しようとするも、すぐに姑が

「初子さん、醤油さしが空なんだけど」 

初子は姑に醤油を届けるために台所に飛んで行く。楓は自分から母親を奪う祖母が憎たらしくなる。そこで、幼児特有の甲高い声で言った。

「おばあちゃま、嫌い」

その言葉に親戚達は苦笑する。母親の気持ちを代弁するなどなんと健気な幼子であろうと。ここで祖母が普通の祖母であったならば周囲と同じように苦笑して母親を孫に返すだろう。しかし祖母はそうはせずに、

「あ、そ。嫌いなんて言うの。人にはね口に出しちゃいけない言葉があるんだよ」

と四歳児相手にくどくど説教を始めたのだ。しかし妙な論理である。自身は好き放題に嫁を顎でこき使っていながら、孫には自由な言論を許さないとは。

「楓、おばあちゃまに謝りなさい」

鋭い声で叱りつけたのは勿論初子だ。この家で一番カーストの低い嫁は我が子を祖母に差し出すしかない。しかし楓は魯鈍なところがあった。母親の怒りが理解できずぼんやりと母親の見つめるばかりだ。これだけ大人が揃っているのだから一人ぐらいは、「子どもの言う事だから」と宥め役を買って出ても良いだろうに誰も口を挟まなかった。皆が黙っているのはゴットマザーとして鵜飼家に君臨している祖母の怒りを買いたくないし、将来遺産相続時に不利になっては大変だと思っているからだ。特に父親の幸司と、幸司の妹の千春はだんまりである。

 それからは楓は大勢の人の前では口をきかなくなった。口を開けば面倒な事になる。黙っていれば自分の沈黙を周りが良い方に解釈してくれる。これが四歳の楓が鵜飼家で学んだ事だった。

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