楓は女子高生
夕方新年会はお開きとなった。藍子は台所で麗華と千春の口紅がべったりと残されたグラスを洗う。瓶に残ったビールの余りを飲みながら。
「ねえお母さん。楓におじいちゃんの昼食を作らせているの?」
藍子は母親に聞いた。
「そうよ、楓も楽しそうにやっているし」
母親は悪びれずに言う。
「それはどうかねぇ」
藍子は懐疑的だ。
「だってよその子はその時間は将来のために勉強しているんだよ。で、楓は隠居したおじいちゃんの昼食作り?ただの家政婦じゃん。こんなことをやっていて将来役に立つわけ?」
「役に立つとか役に立たないとかじゃなくって、家の事を手伝うのは当たり前でしょう。あんただって少しはお母さんの手助けをしたらどうなの」
「嫌だよ私は!私にだって夢はあるんだよ。貴重な時間を老人介護に奪われてたまるか」
母親は敬三に聞かれる事を恐れて母屋へ目を走らせる。藍子はむしろ敬三に聞かせる為に声を張り上げた。
「高校三年間は今しかないんだよ」
「じゃあ私がやれってこと?」
母親は腹に据えかねたように言う。藍子は母屋の方を顎でしゃくって、
「おじいちゃんの昼食を作る必要はないよ。金はたんまりあるんでしょ?自分でコンビニに買いに行かせろ。麗華の雑誌は買いに行く元気はあるくせに」
そこで母親は反撃に出た。
「あんた、バンドの追っかけをやっているんだって?差し入れを楓に作らせているって知ってんだからね」
「それは夕方だよ。普通の高校生が勉強を終えて部活したりバイトをしている時間だよ」
「同じ事じゃない」
「全然違うよ。せめて普通の高校生が勉強している時間は、普通の高校生みたいに勉強させてあげようよ」
楓は自分の事で家族が諍いを起こしているのが分かっている。気配を消して忍び足で自室に閉じこもった。幸司に至っては、騒動の最初から優雅にひとっぷろだ。
ここで百々子が口を挟んだ。
「さっきから普通の高校生はとか、よその子はって言っているけれど、藍子の言う普通って何?普通の定義なんて、家庭の数だけあるんだよ。よその子と比べたって仕方がないじゃない。うちはうち、よそはよそ」
と母親の代理人宜しく藍子を説き伏せる。しかし藍子は納得していない。苦々しい口調で、
「ふん、楓のことはいいんだよ。今時不登校は珍しくもない。ただおじいちゃんが私ら家族を召使い扱いして・・・・・」
百々子は藍子を気の毒そうな目で見た。母親の初子はとっくに台所から出ている。
「藍子の言わんとしていることはわかるけどね。会社での力関係が家に持ち込まれるのが嫌なんでしょう?でも自営業ならどこの家庭だって同じだよ。だから私は就職するんだよ。あの人からの干渉を逃れる為に」
百々子は母屋の方を見ながら言った。
「まあそうだろうね」
と藍子。
「でもね、藍子が騒いで困るのはお父さんとお母さんなんだよ。これは親族経営の定めなの」
つまり藍子は黙っていろと言うことか。藍子は百々子を睨みつけながら自室に戻った。




