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藍子の武者修行  作者: 山口 にま
第三章
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鵜飼アルミ建具製造の後継者問題

見知らぬ駅で降ろされて、警察に長時間拘束される、それは藍子をひどく摩耗させた。翌日はゆっくり過ごしたかったが、昼から鵜飼家の新年会である。主催は家長である敬三だが、会場は息子一家宅で全ての用意は息子の嫁である初子の役目だ。

本来ならば藍子も初子とともに台所に立つべきであるが、昨日の疲れが残って昼前まで寝てしまった。それに強姦未遂事件を目の当たりにした後である、女であると言う理由だけで男のために食べ物をこしらえてやる気持ちにはなれなかった。

藍子は簡単に洗顔だけして新年会の席に座る。時刻通りに叔母一家がやって来た。従姉妹の麗華は首に毛皮の襟巻きを巻いて、細身のロングコートで現れた。コートの中は今流行っている短い丈のワンピースで、あたかもファッション雑誌からそのまま抜け出したような装いだ。

叔母の千春は久々に実家に帰れて嬉しいのか、非常に上機嫌だ。麗華も幼い頃から可愛がられている祖父を前にして微笑みを絶やさない。息子一家の女達、つまり初子とその娘達は普段通り敬三の顔色を伺って、緊張している。藍子だけは父や祖父と殴り合いの喧嘩になっても自分が勝つと分かっているから無闇に男達を怖がらない。早く自室に戻りたくって、二階へ通じる廊下ばかり眺めている。


新年を祝う乾杯の後、敬三が聞くのは麗華のことばかりだ。そうか麗華は三年になるのか。若い人がやるようなロックンロールをやっているのか、これからも雑誌に出るのか。おじいちゃまはな、麗華がモデルをやっている雑誌は全部買っているんだぞ。ご近所じゃ片貝麗華のおじいちゃまって言われちまってな。

麗華の母親の千春は自分の娘ばかりが話題の中心になっている事を済まないと思ったのか、鵜飼家の娘達に話を振る。

「楓ちゃん、アガタの高等部はどう?叔母ちゃまが通っていた時はそれはそれ校則が厳しかったけれど、今でも厳しいのかしら?」

楓は元々口数が少ない娘だったが、大人数が集まると緘黙のように何も喋らなくなる。

「アガタじゃない・・・・・」

楓は小さな声でそれだけを言う。彼女はセイントアガタ学園中等部時代の不登校が祟って付属高校に進学出来なかったのだ。千春は思いもよらぬ返答に困惑して

「あら、そうなの。あ、そうよね、アガタじゃ自由に出来ないこともあるでしょうから。何て高校に通っているのかしら?」

楓の通っている通信制高校は不登校生の受け皿として有名だった。楓は不登校が知られるのを恐れて高校の名前を答えなかった。千春とて姪っ子の進学先に興味があった訳ではない。ただ持ち前のサービス精神で姪に話しかけただけなのに沈黙が辺りを支配する事となり、彼女は困っている。初子が話題を変えようと口を開きかけた時、敬三が

「おい、このローストビーフは楓が作ったのか?」

と末席の楓に話しかけた。楓は頷く。

「おじいちゃまな、お前がでっけぇ肉の塊を焼いている時から早く出来ねぇかなって待っていたんだぞ。お前の料理はしっかり味が付いているから食が進んでな。お前の料理はいつもお代わりをしちゃうんだぞ」

敬三は場の雰囲気を和らげる為に言ったのではない。単純に思ったことを口にしただけだ。実は楓も敬三のお気に入りである。

「この唐揚げだって、サラダだって楓が作ったんだぞ、そうだろ楓?」

敬三は言う。

「あら、本当。美味しいわ」

「ああ、確かに」

千春とその夫は助け舟とばかりに楓の作った料理に箸を伸ばす。敬三は上機嫌で続ける。

「楓は毎日俺の昼飯を作ってくれるからなぁ」

「え、毎日?」

千春は聞き返す。高校生が毎日祖父の昼食を作るとは一体どう言うことだ。

「だって学校は?・・・ああ、お弁当を作ってあげているのね。優しいのね、楓ちゃんは。いい奥さんになれるわ」

千春は自分の疑問を何とか消化する。

藍子も思わず楓と初子の顔を見比べる。初子は今や社長夫人である。しかしそれは名ばかりで、人件費削減のため、夫である幸司の会社で事務員をやっているのだ。昼前に初子は会社を抜け出して帰宅し、敬三の昼食を作っていた。それが毎日となると結構な負担である。楓は月に数回の登校日以外は毎日在宅だ。初子はいつしか楓を頼るようになっていた。


 「それはそうと、百々子、お前は今年で卒業だよな。どうすんだよ卒業後は」

敬三は藍子の姉、百々子に聞いた。百々子は音楽配信サービス会社に就職すると答えた。

「音楽・・・・何だって?とにかくお前は会社員になるって事か?」

「はいそうです」

百々子は当然だと言わんばかりに答える。

「松洞音大まで行って、会社員か?おい、お前らのひいじいちゃまの鵜飼保二が出た大学に行っているのに何で音楽家を目指さないんだ」

鵜飼保二とは藍子達の曽祖父で、数多の童謡や学校唱歌を世に送り出した作曲家だ。鵜飼家に生まれた者は偉大なる祖先に続くべく音楽の道を目指さねばならぬ定めである。しかし誰も音楽家にはなれなかった。

「会社員になる前にもっと勉強すりゃ良かったのによ。百々子、お前は外国で音楽の研鑽に励む気にはならなかったのか?麗華みたいに、こう言う希望があってその為にはこう言う勉強が必要ですと俺に相談してくれりゃ、俺だって百々子のために協力したぞ」

藍子は麗華を盗み見る。麗華は退屈そうにウーロン茶を飲んでいた。留学費用のために祖父に営業活動をしたとは恐れ入る。勿論母親の千春の差し金だ。


子どもや孫は自分の思い通りにならなかった。それでも孫達が大過なく成長し、初孫が有名音大を卒業することはやはり敬三にとっては喜びであった。彼の一番の懸案は、自身が起こした鵜飼アルミ建具製造株式会社の後継者問題である。自分の後は長男の幸司が継ぐ。しかしその後は?

「おい幸司、お前の後はどうするんだ。うちの会社は女が出来る仕事じゃねぇだろ?婿でも取るつもりか?」

藍子の父親の幸司は

「そんな先のことは・・・・」

と明言を避ける。敬三は

「先のことじゃねぇだろう。見合いの事も考えておけ。百々子だって藍子だってあっという間に三十だぞ」

「えっ私もですか?」

藍子は思わず声を上げる。

「そうだ。誰かいい人はいないのか」

「いません」

藍子は即答する。

「うむ、そうか」

敬三はつまらなそうなそうな顔をする。そして一つの提案をした。

「じゃあ登紀夫に鵜飼アルミに入社して貰うか?」

登紀夫とは麗華の弟で、去年の四月に大学を入ったばかりだ。当の登紀夫は興味なさげに俯いて携帯電話をいじっている。

それは勘弁してくれと藍子は思う。幸司が跡取りであるからこそ、敬三亡き後の相続では優遇されると聞いていた。しかし幸司の後を登紀夫が継ぐ事になるのならば相続関係がややこしくなる。だったら藍子達三姉妹のうち誰かが婿を取るか。現実的なのは、幸司が老齢になったら事業を畳んで貰うことだ。そうしたら社屋跡地にマンションでも建てて家賃収入で生活出来るのに、と藍子は自分に都合の良い夢想をし、退屈な新年会をやり過ごすのだった。

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