表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/82

【四章】奴隷



あぁ、嫌だ嫌だ。

どうして自分がこんな目に合わないといけないのだろうか。


食べ物の()えた匂いと汗、排泄物の悪臭が充満する小部屋には、十数程の人間がひしめき合っている。狭い部屋に閉じ込められれば、座ることも出来ず立ったまま夜を明かすこと数回、既に人としての矜恃(きょうじ)は垂れ流しの糞尿と共に打ち捨てられていた。

小部屋は出入りとなる扉側の面と天井部分が鉄格子で出来ている。

下は十もいかぬ子供から六十をとっくに過ぎた老爺までが収監され、皆疲労と不潔な環境に苛立ちも通り過ぎて生気の抜けた顔をしている。

時折、悪臭を放つ小屋に向かって世話人が水をかける。身を清めることが出来ない状況下では大変有難いものだった。そのまま口を潤せたなら上出来で、我も我もと水掛けが始まると鉄格子側に人が集まる。

この悪環境でさえ、まだ()()の瞬間というものはある。それは先に述べた水掛けと食事、そして、一時の解放である。食事は一日の終わりに一度きり、天井部分から世話人がご丁寧に野菜やらパンやらを全員に行き渡るよう振り掛けるのだ。正直に言えば、顔に降りかかる瞬間が一番不快だが、生きる為には仕方がない。食いっぱぐれることがないだけマシだ。

最後に、週に二~三回、この地獄から解放される。解放されれば横になって休むことが出来るし、汚れた身体を清潔に出来る。身綺麗にされれば、衆目(しゅうもく)の集まる場所で己という商品を披露するのだ。

目的はただ一つ、売奴(ばいど)される為である。


俺達は奴隷だ。


他の奴らが何をしたかは知らない。

盗みを働いたのかもしれないし、人を殺したのかもしれない。だが、俺には関係ないことだ。

セルヴィスは人の海でぎゅうぎゅう詰めにされながら、出来るだけ体力を温存させる。

男臭いーー・・・油断をしてしまえば折角腹に詰めた食糧を吐いてしまうだろう真の地獄で気合を込めて上を向く。こうすれば、吐瀉(としゃ)をある程度防げる。視界の端で老爺が我慢し切れず、耳を防ぎたくなるような汚い音を立てて嘔吐した。

「ヴエェェェ・・・・・・、うっげぇ・・・おっぷ」

周囲にいた奴隷は罵倒を浴びせて可能な限り、距離を置く。青筋を立て、最大の被害を与えた老爺を睨み付ける者は数多くいるが実際に手を出しはしない。

目も当てられない扱いではあるものの、全員が奴隷(商品)であり、傷つけ合うことは許されない。どういう理由であれ、暴力行為により奴隷(商品)(さわ)りが出れば酷な折檻()が待っている。

セルヴィスも一度、ストレスの頂点に達したらしい奴隷同士の喧嘩を見たことがある。直ぐに世話人により止められ、二人とも小部屋から出された。暫くして戻ってきた彼等は火膨れした脚と腕に何度も鞭を受け、皮がズル剥けになっていた。ろくな処置も受けず不衛生な場所へ帰還したが、結局は患部を腐らせて絶命してしまった。

見せしめのつもりもあったのだろう、虫が湧き、腐敗した空気を間近で突き付けられればその効果は絶大である。

「痛えよ・・・・・・痛てぇょ・・・」

「うぁ、虫!虫が!!」

「こんちくしょう!溝鼠(ドブネズミ)め、俺は食いもんじゃねぇぞ!!」

「血が止まんねえ、止まんねえよ」

流れ続ける血、じくじくと痛みを訴える身体、腐りかけた肉に(うじ)が湧く悲愴感、驚声、絶望を傍で見守るしか出来ない無力感は、奴隷達の心を縛るには十分だった。

下手を打てば、次は自分が同じ目にあうのだ。

だからこそ、セルヴィス達はどれだけ憎かろうと相手を殴り付けたりはしない。許される行為は、先程の奴隷のように暴言まで。

この環境に嫌気が差して逃げ出す者は後を絶たない。だが、逃亡した所で監視の目を(くぐ)り抜けることは至難の業だ。捕らえられ、折檻を受けて戻ってくるのが関の山である。

正攻法を選ぶなら、奴隷として買取られるのみ。

それがセルヴィスの狙いである。

口呼吸に努め、目を閉じる。こうしてしまえば、臭いも視界に映る絶望も遠のいて行く。

喉を逸らせるくらいに顔を上げる。身動ぎする度に首輪から垂れた鎖が凍った音を奏でた。鎖の先は両の手枷に繋がっている。長さの無い鎖は腹までしか伸びず、両手を腹の前で組むしかない。

身に付けている衣服は薄汚れた布切れ一枚のみであり、着続け酷使された布からも悪臭が放たれている。こうなれば、何も身につけていない方が幾分かマシなのではないかと考えないでも無かった。

しかし、脳裏に全裸の男達が小部屋に詰められている()を描いて、衣服はあった方がマシだろうと直ぐに結論付けた。

セルヴィスのいる部屋の両隣には、同じような状況の奴らが収容されている。石造りの通路には安い金で雇われていると思われる男が悪臭に辟易しながら、時折酒を(あお)る。監視役兼世話人である彼は奴隷に関心も低く、仲間と度々カードゲームを行い時間を潰していた。

鉄格子には錠が掛けられているので部屋にいる間は確かに逃亡の危険もない。それでも、もう少し真面目に働いても良いのではないかと失笑が浮かぶ。或いは、()()()奴隷に瓶に残る酒を恵んで欲しいものだ。


建物の構造も関係するが、部屋には窓が設けられていない。時間を知る(すべ)は食事の時だけになる。

通路の壁に灯された蝋燭の灯りが瞼を焦がす。今日の食事は既に終え、出来るだけ身体を休ませようと努める。完全に眠れる訳では無いが、密かに背後の人間に(もた)れかかり足の負担を和らげた。

暗い世界で纏まりもない思考を繰り返す。疲れ果てた肉体が静かに悲鳴を上げた。それに引き摺られ、過去の失敗が際限なく思い返される。

セルヴィスは元々盗賊団の一味として生活を送っていた。

両親のことは知らない。

物心ついた頃には既にそこで下働きをしていたのだから、売られたか、拾われたか、奪ったか、そこらの女に(はら)ませたかして出来たのだろう。

そんな些細なことはどうでも良く、盗賊団で生活してきたセルヴィスには騙し、襲い、殺し、犯す、盗む以外の生き方を学んでこなかった。馴らされたか、元より素養があったのか、粗野(そや)な盗賊達も略奪者としての生き方も性に合っていた。

盗賊業に下積みという表現もおかしなものであるそれを終えて、慣れ親しんだ兄貴分と共に何度も集落や馬車を強襲した。着実に盗賊としての階段をかけ上がっていたセルヴィスだが、派手に活動していたことが裏目に出て、冒険者達に捕らえられてしまう。結果として何処ぞの貴族を介して奴隷商に引取られた。恐らくは、他の仲間達も奴隷の身分に落とされていることだろう。

仲間達とはここに来てから顔も合わせていない。上手いこと部屋を振り分けたものだと感心する。

セルヴィスは無言で解放の時を待つ。己を買おうと考える、()()()主に出会えるだろうと希望を抱いて。

そして、実際にその酔狂な主とは直ぐに出会うこととなる。

奴隷商により、定期的に繰り広げられる展示会で彼女はセルヴィスを買い取った。


「あらぁ!とっても(たくま)しい身体付きね!とぉっても、強そうだわ!!」


栗色の髪をハーフアップにした彼女は、群青と自然の色が混ざる瞳に朗色(ろうしょく)を湛えて子供のように微笑んだ。身なりの良いドレスを着込み、両手を顔の前で合わせ喜ぶ姿は真実、子供であった。

彼女の傍には、護衛であろう男達が数人控えている。それよりもセルヴィスの目を引いたのは、彼女が車椅子に座していたことだ。

年端もいかぬ少女は、使用人に車椅子を押させて展示品(奴隷)を見て回り、セルヴィスに目を止めると(ただ)ちに商人と売買の契約に入った。受け渡しの細かな説明については不要とばかりに契約書類にサインだけ済ませ、後の対応を使用人に放り投げセルヴィスの傍へとやって来る。

一目で貴族の子と分かる少女は全体的に幼さを残した容姿をしているものの、大輪の花が開花する前の魅力を併せ持っていた。女気どころか男だらけの地獄にいた身としては、女というだけで視界が華やぐ。

セルヴィスは内心で僥倖(ぎょうこう)を噛み締めた。

誰に買われるかは完全なる運任せであり、セルヴィスの意向等関与しない。叶うなら、女に買われることを望んでいた。

女であれば、先ず以て奴隷購入の目的が性欲の()(ぐち)、若しくは身辺の護衛等が主だからだ。反面、男であると悪環境でボロ雑巾のような労働、魔物への巻餌(まきえ)等々思い付く限りでは危険性が高い事柄に使い捨ての奴隷を・・・と望む者が多い。勿論、女であれその可能性が無いとは言えないが男の方がその傾向がより強い。

元より、奴隷を購入する者は貴族やそれなりに金のある人間に限られるのだから、金持ちの道楽がどういったものかセルヴィスは大凡(おおよそ)の検討がついていた。彼女も遊び相手や護衛の一人としてセルヴィスを買い取ったのだろう。

護衛の多さが課題であるものの、少女の元へ行けば今よりも格段に逃亡の道がひらける。

セルヴィスは気合いを込めて、なるべく人好きのする笑みを浮かべた。久方振りに動かす表情筋が(みじ)めな悲鳴を上げる。無理を強いてでも、少女に気に入られるべきだと打算的な思考が働く。

少女は一瞬ポカンとした顔をしたが、直ぐに気を取り戻して話し出した。

「ふふ、良い子。私の名前はルクディアよ、宜しくね?貴方のお名前は何かしら?」

子供へ向けるような発言に内心ムッとしながらも、セルヴィスは乾いた唇を舐めて自身の名前を告げた。

「ゼルヴィ・・・・・・げほっ、セルヴィス、です」

表情同様、久方振りに発した声はガサガサで普段に増して他者の耳を不快にさせる。顔を背けて「あー」と何度も発声するが、過ごした環境が悪過ぎたのだろう、直ぐに戻る状況では無い。



「・・・・・・なぁに、その声」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ