【四章】奴隷2
「・・・・・・なぁに、その声」
地を這うような冷めた言葉に、セルヴィスはルクディアへ視線を戻し硬直した。
先程までの生き生きとした表情は消え去り、まるで穢らわしいモノを前にしているような厭わし気な顔をしている。世間一般的に、愛らしい少女から汚物のように見られれば流石のセルヴィスも言葉を失う。可愛らしい少女の鼻には忌むべき皺が寄っている。
セルヴィスと少女を取り残して、展示品を観賞、購入する人のさざめきが遠く重なる。
彼女の機嫌を害してしまったことに遅まきながら気付き、何か手を打つべきだと打開策を見つける為に視線を周囲に彷徨わせた。すると、彼女の背後で控えていた護衛の一人が何事か耳打ちする。
「・・・・・・そう、まあ仕方が無いわね。気に食わない所は、後で考えましょう」
ルクディアは不満を残しつつも護衛の言葉に身を引いた。
不穏な発言が引っかかるものの、セルヴィスは身体から力を抜いた。契約を破棄されるのではないかと焦燥に駆られた鼓動が漸く落ち着きを取り戻す。
「では、焼印を・・・」
奴隷商人が慣れた手つきで焼きごてを準備する。
売奴されたからには、このやり取りを回避することは出来ない。こればかりは諦めるしかないだろうと嘆息する。
だが、ここでセルヴィスにとっての光明が差した。
「あら、それは必要ないわ。この奴隷には、私自らが焼印をつけるから、このまま連れて帰るわ」
ルクディアがそう言って商人の行動を止める。商人もまた、幼い少女に目尻を柔らかくして簡単に引き下がった。
「承知致しました。お客様に説明は不要かと存じますが、右の二の腕に奴隷の証がございます。その上に重ねる形で焼印をつけていただけますと「売却済み」という証明になります」
商人の太い指がセルヴィスの筋肉に覆われた腕を掴む。奴隷として引き渡された際に、二の腕には円形の印が刻まれた。この中に新たな印を刻むことで売奴されたという意味に変わる。
セルヴィスは、態とらしく未だ火傷に爛れた印へと触れる商人へ苛立ちを募らせる。
商人の男は狡猾で、セルヴィス同様に悪辣でもあった。同属嫌悪にも近しい感情を抱きながら、セルヴィスは傍目にも従順に映るよう己を殺す。
「分かっているわ。それはそうと、私、次は特別な人形が欲しいの。手配、出来るかしら?」
ルクディアは鷹揚に頷き、上目遣いで商人の男を見やった。大人へ甘えるような仕草が妙に少女の愛らしさを引き立てる。
小ぶりな唇から紅い舌が垣間見え、セルヴィスは思わず視線を逸らした。今迄身を置いてきた環境が悪過ぎたのだと己を正当化する。それでも何処か、気不味い思いが残り、暫く宙をぼんやりと眺めた。
「仰せのままに。しかし、特別となりますと些か手配に時間がかかります。その点はご了承ください」
商人も慣れたもので、少女を軽んじることなく丁寧に接している。商人の態度にルクディアは満足しているようだった。
「ふふ、大丈夫よ。入荷したら連絡してちょうだい」
「かしこまりました」
商人の手により足枷が外され、首から垂れる鎖がルクディアの手へと渡る。長さが足りず、引かれるままにセルヴィスは少女の前に膝を着く。
捨てられたプライドが胸中を過ぎり、意識して笑みをかたどった。
地獄から這い出られるなら、プライドを何度でも踏み躙ってセルヴィスは生きていくつもりだ。
視線の高さが逆転し、少女から清廉な花の芳香がした。少女はセルヴィスを上から下まで眺め、手の中で鎖をチャラチャラと遊ばせる。
「うーん・・・、そうだわ!貴方が私の車椅子を押してちょうだい」
ルクディアの思いつきの発言により、護衛に周りを囲まれてセルヴィスが車椅子を押す役割を担った。
奴隷であるセルヴィスに否やを言えるはずも無く、車椅子の軽さにひっそりと眉を顰める。
ルクディアはご機嫌で、その後も幾人か奴隷を購入した。中には同じ小部屋にいた子供と老爺も含まれていた。二人に対しては、さっさと焼印を済ませていく。
セルヴィスは腕を抑えて地面に蹲る二人を見下げた。肌の焦げる臭いが風に乗って鼻を掠める。己の未来を見ているようだった。
「今日はこんなところかしら?じゃあ、帰るわよ」
ルクディアに従い、彼女の屋敷へと向かう。中流階級の規模と思われる屋敷は広く、手入れも隅々まで行き届いている。屋敷の主の希望なのか、華美な装飾はあまり見かけない。質素とまではいかないものの、屋敷の規模と比較すると際立って見えた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
少女の帰宅に使用人総出で迎えられる。ルクディアの車椅子を押しながら、セルヴィスは密かに使用人の様子を窺う。皆一様に顔を伏せ、無表情を取り繕う仮面の裏には隠しきれない「恐れ」が覗いている。
セルヴィスは静かに唾液を嚥下した。ルクディアを乗せた車椅子を押す持ち手に自然と力が入る。
緊張していた。
ルクディアは、にこやかに出迎えの使用人へと気安く手を振っている。しかし、弱者を踏み付け、君臨する暴君の空気を察知したセルヴィスは唇を噛んだ。
何度となく感じた違和感にセルヴィスは敢えて目を瞑ってきた。地獄から逃げ出す為とは言え、眼前に餌をぶら下げられ付随する不都合を餌諸共飲み込んだ。今更、己が大きな過ちを犯してしまったのではないかと不安が胸を占める。
護衛を付けているとしても、少女が奴隷を買いに行くその動機は、セルヴィスが予想しているようなものなのか。
奴隷商との慣れたやりとり、複数売奴された者達、少女への恐怖を押し込めた使用人達ーー・・・・・・。
幾つもの疑問が降り積もり、セルヴィスは切り捨てることにした。盗賊として身を置いてきた時に、信用のおけない者には背後から切りかかられることもあった。
信用が出来なければ、殺せばいい。
それがシンプルで、最もセルヴィスにとって安全な選択である。
幸いなことに、焼印を一時的にでも回避出来た。焼印は呪印としての効果も付属されている。売奴された証明とそのご主人様に従順となる呪いだ。呪印については、一般に広まっていない事実である。奴隷と購入者の関係を考慮すれば、呪印の効果についても納得出来る。奴隷が命令に背かない保証は無い。購入したとしても、使い物にならなければ意味がなく、このようなシステムが構築されるのも当然の結果だった。
だからこそ、呪印の無い今が少女を殺す絶好の機会と言えた。
何時だ?何時殺す?今か?人が居る、一人で倒せるか?いや、出来ない、なら何時だ?せめて護衛が離れた時か。どうやって殺す?この細首を折るか、絞めるか。撲殺でも刺殺でも構わない、殺す、殺す!絶対に、殺す!!
「押し黙ってどうしたの?悪いことでも考えてるの?」
カラカラと車椅子の車輪が鳴る。
セルヴィスは数拍、答えることが出来なかった。少女が言っていることを理解出来なかったからだ。鈍臭い頭が意味を把握した時には既に手遅れだった。
「ーーっっ、い、いえ。そういうわけじゃ・・・」
「返答が、遅い」
慌てて取り繕うセルヴィスの言葉を遮ってルクディアが言い放つ。
彼女は振り返ることなく、セルヴィスは茫然と小さな旋毛を見つめた。言い訳をすべき場面だと分かっていながら、何が有効打となるかさえも見当がつかない。
「・・・・・・・・・っ」
瞬時に凍る空間に、ただセルヴィスは居心地悪く身動ぎをするしかない。廊下に控えた使用人達は顔を伏せ、主人の命を待っている。
囁かな呼吸音しか物音の無い建物に、追い込まれていく感覚が足元からせり上がってくる。
「ーー・・・人の、悪事を暴く喜びというものもあるのよね。・・・・・・明日にしようとも思ったけれど、今からにしましょう。この子を遊び部屋に連れて行ってちょうだい」
セルヴィスは、後ろから羽交い締めにされ、抵抗する暇もなく少女と引き離される。遠ざかるルクディアの小さな背中ーー・・・髪を結ぶ赤いリボンが目に焼き付いた。
ブクマ、評価等々何時もありがとうございます。
これから資格取得に向けて動くことになりましたので、1年程更新がほとんど出来なくなります。
恐らくは少しづつであれば、ちょこっと更新が出来るかなと思います。が、今までのような頻度では困難となりますのでご理解下さい。
とりあえず、終わらせるつもりは無いので待っていてもらえたらと思います。




