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世界樹より




そこは謂わば、最果ての地である。


荒れ狂う波を越え、嵐が滞在する地を抜けて、吹雪と落雷が支配する雪山を駆け、人も魔物ですら寄り付かぬ土地に()()()があった。

崖から突き出した足場は、細い道となり天空に浮かぶ孤島に繋がっている。孤島には緑が生い茂り、苔のはった岩に(いろ)トカゲがゆったりと顔を出す。

彩トカゲは表皮を赤や黄色と派手に変化させては周囲を威嚇し戯れていた。

どのくらいそうしていたか、不意に晴間から地面へと光が降り注ぎ、(うろこ)に覆われた皮膚が輝く。それに機嫌を良くした彩トカゲがより日光浴に適した場所を目指して動き出した。

道草に潜む昆虫や羽虫を腹に収めて孤島の中心ーー大樹の元へと這い登る。

幾つもの層を重ねた岩石に根を張り、寿命を迎えた木さえも巻き込んで天へと雄々しく屹立する大樹には何処か神秘的な雰囲気すら漂っている。

大樹を支える岩石は生物の亡骸や砕屑物(さいせつぶつ)等が蓄積し、或いは表面を風や雨で削られ黒々とした鉱物として鎮座していた。

彩トカゲからしてみれば、終わりの見えない壁に等しい岩石であるが、心得たとばかりにすいすいと登って行く。

苔むした場所から小さな虫が這い、1m以上の百足(ムカデ)が活発に動き回る。多くの生物が息づく孤島の存在を人は知る術も無い。そして、知る必要も無いのだ。

彩トカゲは蔦が巻き付いた場所を取っ掛りに上へと目指す。長い時間をかけて大樹の天辺に辿り着くと、喜色を浮かべるように赤や青、紫とその身を変色させた。

青々とした鋸歯状(きょしじょう)の葉の隙間から顔を覗かせ、燦々と降り注ぐ太陽を享受する。

枝には鳥の巣も幾つか設けられており、テリトリーにさ迷い込んだ彩トカゲを興味深げに眺めるものもいる。

油断しきった獲物の尾を咥え、巣へと持ち帰ろうとした黒鳥が泡を吹いて地面へと転がり落ちた。彩トカゲの尾は咥えられた瞬間に千切れ、また新たな尾が瞬時に生えかわる。

自身よりも遥かに巨体である外敵を返り討ちにした彩トカゲは鼻高々に、そしてどこか挑発的に毒の詰まった尾を右へ左へと揺らした。

彩トカゲの無い鼻が折られるのは直ぐだった。


孤島全体を大きな揺れが襲ったのだ。


低く胃の腑に直撃する地響きは、孤島に住み着く生物に「終わり」を感じさせた。

崖へと繋がる細道へ逃亡するもの、翼があるものは大樹から離れ空をさ迷った。動物達の悲鳴が空に虚しく拡がる。

彼らの嘆きなど知ったことではないと、岩石を中心に大地が裂け、隆起する。砂煙(さえん)が立ち込め、大樹の枝に張り付いた彩トカゲには下界の様子を確認することが出来なかった。

本能がこのまま安全な場所で隠れているべきだと警鐘を鳴らす。思考が停止した状況でろくに行動を移すことも出来ず、葉が密集した場所で辛うじて息を潜めているばかりであった。

しかし、彩トカゲは絶望で身体を震わせることになる。

最後の命綱とばかりに張り付いていた大樹がメキメキと崩壊の音をたて始めたのだ。縦に入る亀裂が大樹を真二つにする。

孤島のシンボル、或いは生物にとっての聖地であり住処であった大樹が力を失い、ゆっくりと傾いていく。

このまましがみついていては元も子も無い。それこそ言葉通り共倒れとなるだろう。命の危険を悟ると彩トカゲは勇気を振り絞り飛び出した。

空気が反抗するような轟々(ごうごう)と重たい叫びを全身で受け、地上からの巻き上がった煙で浮かびあがった身体が、瞬く間に地面へと惹き付けられていく。切望していた地上がぐんぐんと近付き、死を覚悟した彩トカゲの鼓膜にハッキリと声が届いた。


『ーー小さき者共よ・・・』


落下していた彩トカゲの身体が空中で停止する。地上から数十mある上空で落ち着きなく視線だけを四方に巡らせた。

周囲の先に逃げ出した動物や空に飛び立った鳥、見るも無残な大樹でさえも静止している。この空間だけが時の流れから切り離されているようだった。


『案ずるな、貴様らの住処までは奪わぬ』


パニックに陥る彩トカゲは、地上から聞こえるその声の主を探した。落ち着き払った声は、大樹が根を下ろしていた岩石から発されている。

(いまし)めのような存在を無くした岩石に(ひび)が入る。重たい音を轟かせながら、罅に沿って岩石の表面が崩れ落ちていく。それは雛の誕生に酷似していた。

黒石を周囲に撒き散らせ、煙舞の中、産まれ落ちたモノを彩トカゲは理解した。

岩石ーー彩トカゲ達がそう思っていたものは一匹のドラゴンだった。


『神木よ、感謝する』


固まった両翼を広げ筋肉を解すように羽ばたかせる。軽い羽ばたきだけで猛風が起こり砂煙が一瞬で霧散する。

クリアな視界に漆黒の鱗に覆われたドラゴンが薄い翼を広げ、血のような双眸を周囲へ向けていた。頭部から首にかけて(たてがみ)が生え、曲線を描く尾には棘がひしめき合っている。後脚で立ち上がり蛇を思わせる動作で鎌首を上げた。

瞳孔が縦に細められ、生物の頂点に君臨する強者の覇気を漂わせている。

彩トカゲは王者の風格を持ち合わせた存在を前に戦慄し、反面、剛健質実とした様に視線を外せないでいた。


『ーー・・・ふむ、ちと派手にやり過ぎたようだな』


周囲の被害を確認した黒竜は、喉奥で笑いを噛み殺す。剥き出しになった鋭い牙が反射して凶悪な顔付きをしていた。


『神よ、これで最後だ。力を借りるぞ』


黒竜が宣言した途端に彩トカゲの全身に()()()()()。黒竜を中心に視えない力が集中していた。視えないそれを本能が感じ取る。次いで、力の中に未知のーー高次元の存在が潜んでいた。


まるで、神の御手が添えられているような・・・・・・。


再度、ブルリと身体を震わせた彩トカゲは言葉を失った。

鼻腔に嗅ぎなれた草の香りが流れる。身体に付き纏う冷風は跡形もなく消え去り、穏やかさを取り戻していた。己の四肢が湿った土をとらえる。瞬きを繰り返し、鈍い頭でも地上に舞い戻っていることを理解した。

そよ風にさわさわと草木が声を鳴らしているのを置いてけぼりにされた気分で見守る。

彩トカゲが恐る恐る黒竜の居た場所を見上げると、そこには何もいなかった。代わりに、無惨な姿を晒していた大樹が無傷で屹立しているばかりであった。

パチクリと目を瞬かせる彩トカゲは白昼夢でも視たのだろうと思考を放棄し、巣穴に戻って行った。

孤島にいる小動物らも、同様に理解の範疇を越えた事象について悩むことを止めた。

命の危険が去ったことに安堵の息をつく生物を見下ろす大樹の足元に、岩石は無い。太い根は地面へと深く下ろされている。

岩石の存在を思い出す生物は居ない。



天空の孤島から音もなく飛び立った黒竜を大樹だけが見送った。


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