22話 勇者の扱い
「魔王軍の襲来による被害も甚大であるが、今は最も大きな問題について話し合おうぞ」
「当然だ」
「……つまりは“勇者”についてか」
「よもや、伝説が本当だったとは……」
「儂にはまだ信じがたいが……本当にあの子供が勇者なのか?」
「疑うのならば、勇者の眠っている部屋に行き、傍にある剣を持ってみるがいい。もし持てたならば、全てが嘘という事だ」
「……そうか、あの子供はあの聖剣を抜いたのだったな」
「台座から抜かれて以降も、誰も剣を持つ事が出来ない。伝説は正しかったようだ」
「見た者の言葉が真実ならば、魔王軍の指揮官とやらを討ち取ったのは、その勇者らしいな」
「しかも、ドラゴンまでも従えていた……とか」
「伝説のオンパレードだな」
「だが、ドラゴンに関しては目撃情報が少ない。それに、今は姿が確認できないとなれば、扱いも難しいぞ」
「では、それについては保留にしよう。まずは勇者の扱いについてだ」
「聖剣教団より、身柄を引き渡すようにと要請が来ている」
「何を馬鹿な事を! あの聖剣が我が国で発見されたものだ! 何故、奴等に引き渡さなければならん!」
「そう。つまり、あれを引き抜いた勇者は我が国のものという事だ。引き渡すなど考えられん」
「調べた所、勇者も我が国の出身らしいな。魔の森付近の辺境の村との事だが」
「ならばなおさら問題は無い。あれは我が国のものだ」
「もし、引き渡せばどうなる?」
「教団によれば、勇者は魔王を倒す為の旅に出る事になるらしいな」
「当然、その前に様々な修行を行う事になるだろう」
「……そうか。ならば、その修行とやらを我が国で行えば何の問題もあるまい」
「なるほど! 我が国にも腕の立つ騎士は存在する。その者が勇者を鍛えれば良いだけの話だ」
「それで……どうするのだ? 勇者を魔王退治の旅に向かわせるのか?」
「まさか。勇者は我が国の戦力とする」
「当然だ。魔王軍を撃退出来る程の力を持つ者を、手放す理由が見当たらん」
「勇者には当面、我が国の防衛に当たらせる。いずれ、魔王軍に対処するための連合軍が発足するだろうが、他国の奴等もいよいよにならねば重い腰はあげんだろう」
「その際、勇者というカードを持つ我等がリーダーとなれば、魔王を倒した後の世界の統治も夢ではあるまい」
「ああ。魔王にはせいぜい他国の戦力を削ってもらうとしよう。頃合いを見計らって、勇者を旗印とした連合軍を発足する」
「しかし、勇者は果たして言う事を聞きますか?」
「何、あれは所詮子供であろう。ならば、洗脳……いや教育も容易い」
「勇者が子供と聞いた時は耳を疑いましたが、そうであるなら子供の方が都合が良いと言うものですな」
「全くだ!」
ガハガハという耳障りな笑い声を聞きながら、聖剣グランカリバーことカリンはふかーい溜息をついた。
魔王軍の襲来の騒動が終結し、およそ二日が過ぎていた。
此処、襲撃を受けたブルーネ王国の王都……その王城の一室で、とある会議が行われてると聞き、こうしてこっそりとその会議とやらを拝聴していたのであるが、その中身がこれである。
いかにも悪徳大臣という面構えの者達が顔を寄せ合い、これまたいかにもという感じの悪だくみを話し合っていた。
『ないわー……これはないわー』
腐ってやがるマジで。
ここまで胸糞の悪い会話を聞いたのは初めてである。
勇者なんてものが現実に現れたら、国家戦力として使われるのは現実的かもしれないけど、こういうのを聞くとファンタジーの世界に夢も希望もあったものではないな。
『……帰ろ』
まぁ奴等の誤算は、勇者がただ使われるだけの存在では無い。こうして意思のある剣と、とんでもない魔力を持つ幽霊が傍に居る事だ。
『へっ、今に見ていやがれー』
カリンは視覚と聴覚の意識を解くと、本体である剣の身体に戻って行った。
これぞ、所有者を得た事で聖剣としての力が新たに覚醒した能力の一つ……いわゆる千里眼である!
……まぁ、今の所そんなに遠くまでは見通せないけどね。せいぜい、半径500メートルくらいが限界。
そんな短い距離で何が出来るんだという意見もあるだろうが、こうした同じ建物内を覗くという行為であるならば、実に便利な力だったりする。
この力が台座に突き刺さっている時にもあれば……と思わなくもないが、まぁ昔は昔、今は今という事だ。
元の場所に戻ると、カリンの身体は王城のとある一室にあった。正確には、その部屋の床に突き刺さっている剣……それが彼女の本体だ。
それなりに豪勢な客室……その部屋の中心にこれまた豪勢なベッドが置かれ、そのベッドにはこの二日間で見慣れた顔が眠っていた。
カリンとレイが個人的な事情で勇者にしてしまった子供……エリス。
スースーと静かな寝息を立ててエリスは眠っていた。
うむ。ボロボロだった衣服や髪は整えられ、顔の汚れも落ちた状態を見ると、かなり可愛い顔立ちをしている。
これが巷を騒がしている勇者だというのだから、あのジジイどもが利用できると甘く考える気持ちも分からなくは無い。
『でも、アタシ達が傍に居る間は、絶対にそんな事させないかんね!』
カリンは存在しない拳を握りしめた。
そして、その後にぼんやりと外を眺める。
室内にレイの姿は無い。やはり、まだ目覚めてはいないのだろう。
このままふわーっと現れるのを期待しているが、いくら時間が経ってもその気配は訪れなかった。
レイが眠りについた後、レッドドラゴン・ケルヴィンは意識を失ったエリスの身体を元の広場へと戻し、静かに大地の上に下す。
そして「がうっ」とカリンに後は任せたと挨拶し、そのまま二竜と共に去って行った。
カリンはと言えば、エリスの手から離れるとそのまま大地に突き刺さり、レイとの約束通りにこの子の身体を守っていた。
その後は当然ながらどえらい騒ぎとなった。
エリスを見つけて騒ぎ出す者……拝む者……祈る者……どさくさに紛れてカリンの本体を盗もうとする者(当然抜ける筈もないので、冒険者たちに見つかって袋叩きにされた)
やがて、王国の騎士団らしき者達が現れ、エリスの身体を丁重に扱いつつ、そのまま城へと運ぼうとする。
まぁ、城ならば問題は無いだろうと考え、特に手を出す事はしなかった。
聖剣であるカリンの事も当然共に運ぼうとしたが、魔力値の足りない騎士なんぞにカリンが抜ける筈もない。
数人がかりで抜こうとしていたが、やがて諦めてエリスだけを運ぼうとする。……が、カリンの現在の所有者はエリスである。
カリンがエリスから100メートル程離れた所でカリンは大地より、まるで投擲されたの如き勢いで飛び出し、そのままエリスの傍へと突き刺さった。
エリスを護送していた騎士達は襲撃かと当然慌てたものだが、100メートルおきにカリンが自動的に飛んでくる事に気付き、やがてそういうものなのだと認識したようだ。
ちなみに一応説明しておくと、これは別に自動的に発動するものでは無い。
一応所有者はエリスという事で、距離が離れているとムズムズするというか、落ち着かない気分にはなるのであるが、自動的に飛ぶという事はない。
また、レイより教わった(というか見様見真似)サイコキネシスによって、自分の本体を持ち上げてふわふわ浮いて移動する事は可能だったりする。
だが、エリスに下手な事すると、このまま飛んでぶさりと行くよーとの牽制も込めて、飛んでは突き刺さり、飛んでは突き刺さり……の移動を繰り返していた。
その甲斐あってか、エリスの身体はまるで割れ壊れやすい美術品でも扱うかのように丁重に扱われ、国内でも最高峰の治療を受けたのだった。
だが、エリスは目覚める事は無かった。
恐らくは、一時的に人の限界を超える力を得た影響なのだろうと思われる。レイが、必要以上にMPを使用したら急激に眠気を感じるのと同じ事だろう。
カリンとしても休ませてあげたいのは山々ではあるのだが、さっきの悪だくみを聞いてしまった以上、迅速にこの城……というかこの国を離れたいと思ってしまうのだ。
そうして何度目かの溜息をついていた時……
「う……ううん……」
『ぬおっ!?』
エリスが目を覚ました!!
むっくりと上半身を起こし、ぼんやりとした顔で室内を見渡している。
(やっべぇ! いざ、その時が来ると何て声を掛けたらいいか、言葉がでねぇ!!)
レイの時は突然だった事もあってか、素直に声を掛ける事が出来たが、なまじ第一声はどうしよっかなーと考えていた時間が長かっただけに、言葉の選択に迷いが出た。
だが、エリスが何かしら行動に出る前に声を掛けねばならん。
何せ、部屋の外にはとんでもないVIPを警護しているかの如き兵士さん達がずらーっと並んでいるのだ。何か物音でもしたら、そのまま室内に飛び込んでくるだろう。
……ええい、何を迷うカリン! レイにこの子の事を守ると約束したのではないか。
いつものコミュ力を総動員して、この子に声を掛けるのだ。
『あ、やっほー! 声、聞こえてるかな? そこの今ベッドの中から目覚めたばかりの君だよー』
「はえ?」
エリスは突然の呼びかけに首を傾げ、声の主を探すべくキョロキョロと辺りを見回す。
やはり、所有者となった状態であれば、カリンの声は届くのだ!
「えーと、誰ですか?」
『こっちこっち!』
「こっち?」
エリスは声のする方向に視線を向ける。
そこにあるのは、見覚えがあるような気がする剣。……それが、床に突き刺さっていた。
『ハッハッハ! 遂に気が付いたな! 足元の床に突き刺さった剣……それがアタシだ!!』
ばーん! と効果音がつくかの如き勢いで、カリンは自らの存在を示す。
エリスはきょとんとしながらも言われた言葉の意味を理解しようと宙を見つめている。
そしてやがて……
「え……ええええええぇぇぇぇっ!!!?」
室内に大絶叫が響き渡った。
カリンの部屋の外に待機している者達に気付かれないように声を掛けよう作戦は、失敗に終わったのだった。




