メサイアコンプレックスの彼―1
フィクション初投稿。男性視点第1話。
『ねぇ、今休憩時間でしょ?少し話さない?』『既読、つかないね』『どうかした?』『最近、冷たくない?』
FINEのその大量のメッセージを、柄にもなく未読スルーしてしまい、一瞬パニックになった。
体調を崩したのは、本当だったんだ。少し仕事が忙しくて。
中小企業のエンジニアの端くれだが、元々無謀なスケジュールを組まれているのに納期直前になってクライアントの追加要望による仕様変更だの何だのが繰り返され、そこを修正すると今度は他の場所にバグが出る。所謂”デスマーチ”というやつだ。
何とか山は越えたものの、終電を逃していた僕は朝の始発で家に帰り、気が付いたらそのまま寝落ちしていた。
『ごめん、疲れて寝てしまってた。榛子、大丈夫?』
目が覚めてからようやく送ったその謝罪文を、彼女が受け容れるはずがないのは当然だった。
『遅い!私がどんなに寂しくしてたかも知らないで、本当は他のオンナと遊んでたんじゃないの!?もういいよ、悠樹なんて!そんなに他のことが大事なら好きにすればいいじゃない!』
大体そんな内容なのは予想していた。返事が来るならいいんだ。だけどここで退いてはいけない。もういいよ、好きにすればいいじゃない――それは彼女の本心ではないからだ。むしろ、引き留めてくれと言っているのだ。
『もちろん、好きにするよ。寂しくさせたことは、ごめん。今回の埋め合わせを今度の土曜日にしよう。榛子の都合はどう?』
彼女を見捨てることはできないのだ。それは自分自身を見捨てることと同義であるから。そう決まっている。あの日から。
津久葉榛子とは、スマホのソーシャルゲームで知り合った。仕事や家事の片手間にちょっとログインして遊ぶ、というのにちょうどいいものだった。
ゲームは、味方パーティで協力してボスを倒すというものだった。敵側にもパーティがいて、こちらの作戦を阻止してくるわけである。先にボスを倒したチームが勝利になる。1戦あたり長くても5分程度で終わるので一見手軽な反面、チャット機能が実装されており、そこではたびたび名指しで愚痴が書かれたりトラブルが発生していた。戦犯探しである。
彼女はそれに巻き込まれ、非難されているところだった。「お前のせいで負けた」「立ち回り勉強してこい」「足手まといになるなら募集出すな」――何度かパーティを組んだことがあるが、明るく剽軽で熱心にコミュニケーションをする姿に、別段問題があるとは思わなかった。あまりの言われように、思わず擁護のコメントを書いていた。
「たかがゲームの勝ち負けでそんなに言うことはないだろ」「カバーできなかったタンクやヒーラーにも問題があるんじゃないのか」
だがこれが引き金になったのだった。榛子…当時のキャラクター名「HaruKo」…は、以降しきりにこちらとの固定パーティを希望するようになり、特に断る理由もないので時間が合うときは引き受けていた。
このときはまだ知らなかった。彼女が、社会から拒絶されることを死ぬほどのレベルで恐れているということを。あのソシャゲは、彼女が社会と繋がる足掛かりだったということを。彼女がこれまで、心の底から誰かに守られたことがなかったということを。
そして僕もまた、かつて大切な人を守れなかった罪悪感を、心の隅にずっと抱え続けていた。
―――『助けて』
あの日、メッセージを開けなかったばかりに。あの日、返事ができなかったばかりに。
今度こそ同じことは繰り返さない。たとえ榛子が赤の他人であっても。




