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十七歳の冒険・1972夏  作者: freedomlife
第1章 夢が始まる時
5/10

5・一通の手紙

 ぎらぎらと太陽が輝く中、ルミは畑の草取りを手伝っていた。夏休み中、受験勉強ばかりでは身体がなまってしまうだろうと、毎日の日課として両親がルミに課していた。真夏の草取りは肌が焼けるので正直気が進まなかったが、僅かながら日当という名目で御駄賃がもらえるので、小遣いが欲しいルミは麦わら帽子を被ってタオルを顔半分まで巻き、汗にまみれながら膝丈まで伸びる草を鎌で刈り取っていた。

 その時、遠くからエンジン音を立てて一台のバイクが現れた。バイクはルミの家の前で停まると、制服姿の郵便局員が新聞受けに一通の封書を投函していた。


「まさか」


 これは自分宛てのものではないか?——ルミは直感で思い立った。

 持っていた鎌を地面に置き、長靴で足を取られながらも新聞受けに向かって駆け出した。 

 新聞受けに無造作に投函されていた一通の手紙には「小野田ルミ様」と、手書でルミの名前が記されていた。ルミは封をゆっくりと剥がし、中に入っていた一通の手紙を取り出した。


「……え?」


 手紙には、映画「旅の歌」の書類審査に合格したこと、撮影が再来週から十日間程度京都で行われるので、撮影開始日までに現地に来ること、宿は制作会社側で手配し、宿代や交通費は支給するものの、生活に必要な荷物一式は全て自分で用意するようにとのことだった。

 何が決め手になって合格したかは書かれておらず、また、配役については現地で説明するとのことだった。

 手紙からは読み取れないことが多く、不安は尽きないものの、全国から数多の高校生が応募する中から自分が選ばれたことは紛れもない事実だった。


「おーい、ルミ。どうした? 草取りは終わったのか?」


 背後から信介の声が響いた。以前信介がルミの映画出演に反対していたことを覚えていたので、公表していいものか戸惑ったものの、これから長期間家を留守にしなくてはならないので隠し通すことができないと思い、制作会社からの手紙を信介に見せた。


「ルミ……お前」

「ごめんね。やっぱり諦めきれなくて、申し込んだんだ」


 信介は手紙を読み終えると、地面の上に投げ捨てた。


「俺は断固反対だ。十日間? 京都? 受験勉強しなくちゃいけないのに、時間の無駄だし、そもそも遠い所に一人でお前を行かせることなんてできるわけないだろ?」

「分かってるよ。でも、こんな体験、一生に一度出来るかどうか分からないよ」

「ふざけるな! 俺は何があっても阻止するからな」


 信介の叫び声を聞き、近くで草取りをしていた何事かと思って節子が近づいてきた。


「どうしたの、何をそんなに怒っているの?」

「これ読め。映画のキャスト募集に俺たちに内緒で申し込んで、合格したんだとよ。しかも京都だとさ」


 節子は手紙を読み、うーんと唸りながら首を左右に傾けていた。


「いいんじゃない? 映画に出られるなんて素敵よね。きっとカッコいい俳優さん達にも会えるのよね? しかも京都に行けるんでしょ? 私が行きたい位だよ」

「でしょ? お母さんもそう思うよね?」


 しかし、信介は怪訝そうな顔で首を左右に振っていた。


「ダメと言ったらダメだ。節子、ルミはこれから大学受験なんだぞ。夏休み遊びほうけて、その結果来年の春に涙を流すのはほかならぬルミなんだ。それに、女の子一人でそんな遠い所に出せるか? 道中、変な男に言い寄られたらどうするんだ?」

「ま、まあ……そうね」

「お前が黙ってこの土地から勝手に抜け出すことがないように、これから消防団や駐在さんにも話をして、《《包囲網》》を作っておくからな。。お前がここに来たばかりの時、田舎が嫌だからって何度も家出をしようとしていたの、俺が忘れたと思うか? どうしても行く気なら、そのことは覚悟のうえでな!」


 信介は再び鎌を片手に畑に戻っていった。

 ルミは、投げ捨てられた手紙を拾い、土を払った。自分のやりたいことや、せっかく勝ち取った映画への出演を全く理解してくれないことに悔し涙を流した。


「どうしたんですか、泣いたりして」


 ルミの真後ろから、聞き覚えのある声がした。

 目を向けると、そこにはヘルメットを被り、スポーツバイクのハンドルを握る則夫の姿があった。


「な、何でもないよ……」


 ルミはタオルで涙を拭きとると、則夫の前で白い歯を出して作り笑いを見せた。


「あ、そうそう。則夫さんの写真のお陰で、私、映画出演の審査に無事合格したよ」

「本当ですか? やったぁ、僕の写真が役に立てて嬉しいです!」


 則夫はヘルメットを外すと、髪を掻いて照れ笑いを浮かべていた。

 則夫の無垢な表情と立派なスポーツバイクを見ているうちに、ルミの頭の中に突如妙案が浮かび上がった。則夫に写真を依頼する際、彼との間に「審査に合格したら一日デートしてあげる」という約束をしていた。

 これを逆手にとって、大人たちの包囲網から上手く逃げられるかもしれない……そう思ったルミは、薄笑いを浮かべながら則夫を手招きした。


「ねえ則夫さん、覚えてる? 映画出演の審査に合格したら、一日デートするっていう約束」

「ああ、もちろんですとも。だから僕、毎日のように我が家の神棚にお祈りしたんです。『ルミさんが無事に審査に合格して、デートできますように』って」

「じゃあ、約束は守らなくちゃ悪いわよね。来週の金曜日なんだけど、どうかしら?」

「金曜日? 大丈夫です! アルバイトも休みですし」

「じゃあ、この日の午前十時までに私を迎えに来てくれる?」

「オッケー! いやあ、楽しみだなあ。何を着ていこうかなぁ」


 則夫はヘルメットを片手に、興奮気味に語っていた。

 ちなみに来週の金曜日とは京都での映画撮影開始日の前日であり、ルミはこの日に家を出発することを考えていた。家族が一目置いている則夫とのデートという理由であれば、ルミが京都に行くことに気づかれないだろうという目算である。

 本当にデートするわけないのに、本気で信じてはしゃいでいる則夫を不憫に思いつつ……。

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