4・オーディション
劇団「蜥蜴」の舞台に心を動かされたルミは、照代と共に本屋に立ち寄り、オーディション関係の記事の載っている雑誌を探した。「明星」など芸能関係の雑誌を見ていたルミに対し、照代は、映画関係の雑誌を次々とめくって目ぼしい記事がないか探し出していた。やがて照代は「あっ!」と大声を上げ、「現代映画」という雑誌のページの片隅に載っている小さな記事を指さした。
「これなんかどう? 今年の年末に上映される『旅の歌』って映画のキャストを募集してるって。えーと、主催はこの映画を制作している『東洋動画』、で、肝心の応募資格は十五歳から十八歳までの女性、締め切りは……今週末までだってさ」
「こ、今週末? もう残り二日しかないよ?」
ルミは照代から雑誌を奪い取ると、目を見開いて記事をむさぼるように読んでいた。
「履歴書に応募動機、それに写真添付か。間にあうかなあ……」
「やってみないことには分からないわよ。しかもこの募集は年齢制限上、今しか応募できないし、共演者もなかなか豪華だし、これを見逃したら一生後悔するかもよ?」
「照代は? あんたも一時期女優になりたいって言ってなかった?」
「私は別にいいや。こういう大手配給会社の映画じゃなくて、『蜥蜴』みたいなアングラ劇団で芝居をしたいからね。真理子さんが言ってた通り、高校卒業しても気持ちが変わらなければ、帯同させてってお願いしようかな?」
そう言うと、照代は手を振ってルミの元を離れていった。
一人取り残されたルミは、雑誌を手にしたまま、しばらくの間どうしようか悩んでいた。まずは、この雑誌を買うか、買うまいか? 他の雑誌も見てみたが、募集記事は見た感じこの雑誌にしか載っていないようだった。
次の電車の時間は刻一刻と迫っていた。ルミが使用しているローカル線は本数が少ない上、あらかじめ電車の到着に合わせて父に駅に迎えに来てくれるようお願いしていたので、次の電車に乗り遅れるわけにはいかなかった。
募集記事の載ったページを改めて見つめた時、真理子が言った言葉が何度も頭の中をよぎった。
「まずは挑戦あるのみ、かな」
ルミは意を決し、手にしていた雑誌を購入してそのまま駅舎へと駆け出していった。
駅舎では、電車が既に線路の上に待機していた。発車時刻はあと一分まで迫っており、危うく乗り遅れる所だった。
「はあ……間に合った」
ルミは雑誌を手に、大きくため息をついた。
最寄り駅で下車したルミは、父・信介の運転する軽トラックに乗り、いつものように険しい山道を駆け抜けていった。
「何だルミ、その雑誌。『現代映画』って、何か気になる映画でもあるのか?」
「ううん、ちょっとね」
「お前、映画なんて観ないだろ? 去年『ある愛の詩』が上映された時も、映画に使う金があればたくろうのコンサートに行きたいって言ってなかったか?」
「言ってたよ」
「じゃあ、どうしてそんな雑誌を?」
「……映画に、出たいから」
ルミは言葉を吐露すると、信介は急ブレーキをかけ、目を大きく広げてルミを睨みつけた。
「今……何て言った?」
「だから、『映画に出たい』って言ったの」
「バカ言うな! お前、自分の今の立場を分かってんのか?」
「高校生で……受験生、だけど」
「だったら、何で映画に出ようなんて思ったんだ。この夏休みは脇目を振らずしっかり勉強しないと、来年の春に泣きを見るのはお前自身なんだぞ?」
「分かってるよ。でも、高校生としての夏休みはこれが最後だし、もう二度と戻ってこないんだよ?」
「その分大学生になってから思い出を作ればいいだろ? 俺だって高校の時は大人しく勉強して、大学に入ってから派手に遊んだんだ」
「……とにかく、今の私は映画に出たい、ただそれだけよ」
すると信介は激しく体中を震わせながら再び車のエンジンをかけた。
「俺は、絶対許さんからな……!」
信介はたった一言そう言うと、その後一切ルミと口を開かなかった。
その様子を見て、これ以上信介に話しても無駄だと感じたルミは、親には内緒で応募しようと決意した。応募が通り、出演することが決まれば、親も何も文句を言えないだろうと思った。
家に帰るとルミは自分の部屋に直行し、必死に募集動機を紙に書きなぐった。今まで演劇の経験がないし、俳優になろうという決意も弱かったため、動機を書こうにもなかなか納得のいくものが書けなかった。気が付くと、ルミの部屋のくずかごは丸めて捨てた募集動機を書いた紙で一杯になっていた。
周囲の空が茜色に染まり始めた頃、ようやく自分で納得のいくものが出来た。
あとは、自分の写真である。映画に出演し被写体になる以上は、いつもの化粧っ気のないラフな写真を出しても一発で蹴られてしまうに違いない。おそらく、全国から何千、いや、何万人もの若者がこの映画に応募していることを想像すると、他人より何か目を引くものがないと見向きもされないと思った。しかし、手持ちのアルバムや写真をいくら探しても、納得いく写真は見つからなかった。ルミは元々カメラを向けられることが嫌いだったため、どの写真も不機嫌でけだるそうな顔をしていた。
「ルミ~! 則夫さんが来てるわよ!」
玄関から、大声で母親の節子がルミの名前を呼んでいた。そして、「則夫」という、正直言って会いたいと思わない人物の名前も。
「今日は帰ってもらっていい?」
「何言ってるの? 則夫さん、どうしてもルミに聞いてもらいたいことがあるって言ってるのに、帰ってもらうなんて失礼でしょ?」
「はあ?」
ルミは顔をしかめた。則夫は一体何をルミに言いたいんだろうか? 正直気は進まないが、冷たく追い返すことで節子を怒らせたくはないので、ルミは髪をかき乱しながら玄関へと向かった。
そこには、ギターを手にしてはにかむ則夫の姿があった。
「へへへ、おばんでやんす。お休みの所、ごめんなさいね。こないだルミさんが言ってたたくろうの新曲、一生懸命練習してやーっとまともに弾けるようになったんです。いの一番にルミさんに聴いてもらいたくて」
「ひょっとして、『聞いてもらいたい』って……ギターのこと?」
「そうですけど」
ルミは顔に手を当て、大きなため息をついた。
「ちょっとルミ、せっかく来てくれた則夫さんの前で何ため息ついてんのよ。則夫さん、そこで立ってないで家にあがっていいわよ。冷たい麦茶と獲れたてのスイカを用意するから、よばれていってちょうだい」
「あ、ありがとうございます!」
「ところで則夫さん、今年も神社の例大祭の写真撮影、お願いできる? 則夫さん、この集落では一番良いカメラ持ってるもんね」
「良いですとも! 昔から写真撮影が好きで、お金を貯めて一眼レフを買ったんですよ。今年も協力しますから、いつでも言ってください!」
カメラの話を聞いたルミの頭の中に、突如何かが閃いた。
映画応募用の写真が無く困っていたルミにとっては、救いの一手になるかもしれなかった。
「則夫さん、ちょっといい?」
「な、何でしょう?」
「悪いけど、ギターよりお願いしたいことがあるの」
「はいはい、何でも、いかようにも」
「あなたの立派なカメラで、私の写真を撮ってほしい」
「ルミさんを……ですか?」
「そう。撮影した写真で、今度映画のキャストに応募するから、いい写真をお願いね」
「で、でも、僕なんかじゃ……」
「信頼してるよ、則夫さん。無事に審査を通過したら、一日デートしてあ・げ・る」
「本当ですか? じゃあ、頑張っちゃいます。今からカメラ持ってくるんで、待っててください!」
則夫はギターを演奏することなく、自宅へと帰ってしまった。
「ルミ、則夫さんは? せっかく冷たい麦茶とスイカを用意したのに」
台所から麦茶の入ったコップとスイカを持って出てきた節子は、ゆっくり滞在することも無く外へと駆け出していってしまった則夫の背中を心配そうに見ていた。
「ううん、すぐ戻ってくると思うよ。ギターじゃなく、カメラを持ってね」
「どういうことなの?」
「フフッ、ちょっとね」
ルミは額にかかった髪を左右に搔き分けながら、心配そうな顔をする節子に笑いかけた。




