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370/377

370: 見えない調査網

 放課後の図書室。

 静かな空気の中、数名の生徒が本をめくっている。


 その中に、信者の一人が紛れていた。


(……倉庫の搬入記録、やっぱり古い年度だけ抜けてる)


 彼は“物流史の研究”という体で、倉庫の過去の利用記録を自然に読み込んでいた。

 周囲から見れば、ただの真面目な生徒だ。

 

 ***


 別の信者は、帰り道のついでのように校舎裏の細い通路を歩いていた。


(監視カメラの角度……昨日と同じ。死角は変わらず)


 立ち止まらない。

 歩きながら、視線だけで確認する。

 誰も怪しまない。

 

***


 中庭では、別の信者が落ち葉を掃いていた。


「美化委員の手伝い?」

「うん、ちょっとね」


 笑顔で返しながら、彼の視線は倉庫の方向へほんの一瞬だけ滑る。


(……警備員、二名。交代したな)


 誰にも気づかれない。

 

***


 倉庫の前を、帰宅途中の生徒が通り過ぎる。

 その生徒――信者の一人は、扉を一瞥するだけで歩き続けた。


(……警備は一人。リンセ様の言い方だと、もっと厳重なはずだが……)

 

 表情は変わらない。

 ただの帰り道――そう見える。

 

 ――誰一人として、不自然な動きはしていない。


 だが確実に、

 見えない何かが、学園の中で動き始めていた。


***


 学園長室には、重苦しい静けさが満ちていた。

 

 シュンからの報告で、ジュライドの行動は把握している。これといって怪しい動きはない。


 同様に、美化委員が提案してきた植物の増設。

 何か企みがあるのではと警戒していたが、設置された植物にも特筆すべき異常は見当たらなかった。


 ――どこにも、綻びはない。

 それでも、胸の奥に、拭えない違和感が残る。


 机の上には、数枚の書類と簡素な生徒名簿。

 その前に座る学園長代理は、指先で紙の端を軽く叩きながら、ゆっくりと息を吐いた。


(……それに、ノームの件もある)


 ふと、別の思考がよぎる。


 婚約者の留学の願い出。

 理屈としては、筋が通っている。


 アカデミーの教育に興味を持っているという話も聞いている。

 結婚後では難しい以上、今のうちに――というのも理解できる。


 だが。

 あれほど乗り気ではなかった婚約。

 それが、彼女のためにと自ら願い出る――妙に引っかかる。


(……いや)


 小さく息を吐き、思考を切り替える。


(今は、それどころではない)


 シュンから聞き出した、ジュライドと親しい人物の資料へと視線を落とす。


 どれも問題はない。

 素行、成績、交友関係――すべてが“正常”だ。


 指先が、名簿の一点で止まる。

 小さく呟き、目を細める。


 そこに記された名前。

 報告はある――だが、その人物の情報が極端に少ない。


 分かるのは、あまり目立たず、“印象が薄い”ということくらいだ。


 多くの生徒が通うアカデミーだ。

 そういう生徒がいること自体は、珍しくもない。


「ただ……これでは、判断がつかない」

 もう一度、その名前を見る。


「……私の目で、直接確認しておくべきか」

 名簿を閉じた、その瞬間。


 コン、コン――。

 控えめなノック音が響いた。


「どうぞ」


 返事をすると、扉が静かに開く。


「失礼します。美化委員です」


 セオリーは、いつも通りの柔らかな笑みを浮かべていた。

 手には小さなジョウロと、植物の状態を記録する端末。


「観葉植物の水やりに伺いました。学園長室の植物は乾燥しやすいので、こまめに確認を……」


「……そうか。助かるよ」


 代理は微笑み返す。

 だが、その視線はセオリーの動きを細かく追っていた。


 セオリーは気づかないふりをして、窓際の植物に近づき、丁寧に水を与える。


(……自然だ。しかし、油断はしない)


 代理の視線が、わずかに鋭くなる。


(植物をこの部屋に配置し、水やりという名目で出入りする……。何かを企んでいることは間違いない)


(……いつ仕掛けてくる)


 胸の奥に、また小さなざらつきが生まれた。


 セオリーは植物の葉を軽く撫で、端末に何かを記録する。

「水分量、問題ありません」

 報告しながら、セオリーはチラリと机上の資料へと目を向けた。


「ありがとう」


「いえ。では、失礼いたします」

 深く礼をして、静かに退室した。

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