369: 視線を逸らす布石
翌日の放課後――
365号室の扉を開けた瞬間、信者たちの熱が爆ぜた。
シクレは何食わぬ顔で防音装置を発動させると、部屋の奥へと向かう。
「リンセ様ッ!!」
「兄君、お戻りを……!」
「義兄上! 我ら、次の命令を……!」
シクレは軽く手を上げ、熱を静める。
「植物の増設は――成功だ」
「おおおおお……!!」
「凛ちゃん様のために……!」
「兄君の采配、見事にございます!」
シクレは淡々と続ける。
「そして……“次の段階”が分かった」
信者たちが息を呑む。
(……本当は何も開示されてないけどね)
「旧校舎に、幽閉されている少女を救い出すのが次のミッションだ。……凛の侵食は、その少女と関係している可能性が高い」
信者たちの反応は、予想通り。
「旧校舎……!」
「立ち入り禁止区域……!」
「危険度が高いということか……!」
「凛ちゃん様のためなら、地獄でも行く!」
シクレはゆっくりと視線を巡らせた。
それだけで、熱は自然と静まっていく。
「でも、絶対に近づかないでほしい」
その声は静かだが、刃のように鋭かった。
「前回の植物増設ミッションと同様に学園側に勘づかれた時点で――終わりだと思っておいた方がいい」
脳筋たちの顔色が変わる。
「お、俺が行ったら……凛ちゃんが……!?」
「そ、それは……絶対に避けねば……!」
「兄君の足を引っ張るわけには……!」
(……よし。これで突撃は封じた)
シクレは続ける。
「例えば、俺たちの狙いが旧校舎だと悟られた瞬間、少女は処分される可能性もあるからね」
信者たちの背筋が一斉に伸びる。
「処分……!?」
「そんな……!」
「兄君、どうかご命令を……!」
「だから――君たちの役目は“旧校舎以外で動くこと”だ」
信者たちは一瞬理解できずに固まる。
「……旧校舎以外……?」
「兄君、それは……どういう……?」
シクレは淡々と説明する。
「旧校舎は学園長代理が監視している。だから、今の段階で旧校舎に近づくのは得策じゃない。そこに踏み込むのは――“最終段階”だ。今、君たちの役目は“旧校舎から目を逸らすための準備”だ。陽動、環境整備、情報収集……すべては“最終段階”のための布石になる」
信者たちの表情が変わる。
「陽動……!」
「兄君のために影で動く……!」
「なるほど……旧校舎に近づかないことが使命……!」
「具体的には――旧校舎とは関係のない場所を重点的に調べてほしい。特に、植物を保管していた倉庫だ」
信者たちがざわめく。
「倉庫……?」
「兄君、倉庫なんかを探って何が……」
「いや、旧校舎からは一番離れているしな」
シクレは静かに頷いた。
「そう。あの倉庫は、旧校舎から最も離れた建物だ――本命から視線を逸らすには、都合がいい。それに、“植物搬入のために急遽警備システムを増やした”にしても、不自然なほど厳重だった。……つまり、元から何かを隠していた可能性が高い」
信者たちの目が鋭くなる。
「学園長代理が……何かを……?」
「兄君、まさか倉庫にも秘密が……!」
「断定はできない。だが――学園側に“俺たちの狙いは倉庫だ”と思わせるには十分だ」
信者たちの表情が一斉に引き締まる。
「兄君の狙いを隠すための……陽動……!」
「倉庫を調べれば、学園側の視線がそちらに向く……!」
「旧校舎から目を逸らす……なるほど……!」
シクレは指を一本立てた。
「けど、あからさまに“倉庫を探しています”と見せつけたら、それこそ陽動だとバレバレだ。……だから、君たちには“本気で倉庫の秘密を暴くつもり”で動いてほしい」
信者たちが息を呑む。
「その秘密が、凛を救い出すための重要なカードになるかもしれないしね」
シクレがにこりと微笑む。
信者たちは一斉に膝をついた。
「兄君……! 義兄上……! 倉庫の陽動、必ずや成功させてみせます!」
「これまで通り、指揮はセオリー、監視はハウンドに任せる。皆も彼らの指示に従って動いてほしい」
シクレは静かに頷くと、フードを深く被り、部屋から出ていく。
(……よし。陽動はこれで十分だ)




