九話 人肉炙り二丁
俺の目は、相対する眼球を捉えて瞬き一つ挟まない。中身のない者の眼球は悶えるような怯えを孕み、無条件降伏を讃える。
「お前のような模造品は必ず炙り出す。着飾り、御託を述べる余韻もなく、啓蒙してやる。俺が何者なのか、理解出来るようになるまで、何度でも」
虚仮威しの威嚇とは一線を画す、一ミリ足りとも揺らぐことのない意思に模造品の口は途端に絡まり出した。
「あえええっ!ま、待って!」
客席からは浮かんだゴミを一瞥するような底冷えする視線が、咄嗟に露呈した醜態にへと殺到した。
「だから言っただろう。信念のない木偶の坊は、自身の手の及ばない事柄に直面した時、必ず命を乞うことになるって。」
信念の為に命を擲つことも厭わない者と、都合の良い結末を思い描いて命を握り締める矮小な屑。対峙し、前者が勝つのは自明の理。
「以前の威厳を取り戻したいなら、俺の屍を越えて行けばいい。凡人を介す仮初の名誉とやらは時間で解決する。」
濃密な本能に意識を手放すどころか、憤慨している一人の観客が泡を吹く売女の首を鷲掴むと、何の躊躇いもなく前席に叩き付けた。客席を咥え込んだ売女の顔面は歯茎諸共下半分が弾け飛ぶ。
「この耄碌爺め!こっちはテメェの縮こまったタマ見に来てんじゃねぇんだぞっ!!」
麗しい売女の顔面は消費者たる男の凶行によって、美術品のように輝かしいパーツが削げ落ち、輪郭は再起不能な状態にへと陥る。どのような言葉で取り繕っても、所詮は替えが効く消耗品。男のストレス発散で簡単に潰える携帯袋だ。
「カッカッカッ!もっと逃げ惑え、酒が進むわい!」
他人の不幸は蜜の味。酒樽を膝で抱える老人は愉快愉快と、飲み口へと吸い付く。
「さ、流石に小賢しかったか。腑抜けのフリをして、虎視眈々と首を狙う算段は、」
魑魅魍魎の中で一際異彩を放つ実力者の本能は、模造品の御託で拭えるような代物ではない。小癪な口八丁は観客のフラストレーションを煽るだけにとどまる。
「さっさと、ぶっ殺せ!」
悪辣とした悪鬼の容赦のない捕食シーンを想像して、狼狽える情けない顔色は芝居を打った頃とは異なり苦渋に満ち足りていた。
「提案がある。」
『嬲り殺せー!』と血肉を欲する者の野次が質量を持って飛ぶ。
「シッ!聞くな!」
殺伐とした雑音に被せるように息を荒げる竜殺しの、到底偉業を成した英雄とは思えない胡散臭い言動に口を一文字に結ぶ。
「単刀直入に言う。八百長だ、八百長に協力して欲しい」
自身の行いを白状するが如く、竜殺しは滑稽にも懇願する。『どうか、命だけは』と。腸を駆け巡る激情を抑え込み、酷く大袈裟な笑みで骨格を模った。
「言ってみろ」
「わ、分かった!」
束の間の了承を得られたことで、俺の冷えた一瞥を跳ねるような満面の笑みが出迎える。
「負けたフリをするだけだ。他に煩わしいことは、一切求めぬ。首輪の鍵がその報酬だ」
得意げに『喉から手が出るほど自由が欲しいんだろ?』と持ち掛ける竜殺しには悪いが、契約の基本とは信用である。
「で?あいつが金のなる木を安易に手放すとはとても思えないが?」
不足した材料を隠蔽する為に叫ぶ。子供騙しの口車を前に、俺の口角は意地が悪く吊り上がっていた。
「そもそも、約束を守る保証はどこにあるんだろうねえ?」
「現実的に考えろ!ここで、証明しろなどと宣う方が無茶だ!!」
縋り付いた希望が潰えたことで、溢れ出した醜態は高波となって観客席にまで到達する。
「おっと、」
弧を描く唇を覆いながら、模造品の目線を指先で後方へと導く。そこには、凡ゆる悪感情が渦巻いていた。
「謀ったなッ!?」
「虚構の次は、そうやって責任転嫁を図るのか。」
露呈した小物らしい醜態に、観客席を包む不満には更なる拍車が掛かる。俺を含めた目撃者は、そこで薄皮を省いた模造品の罪状を暴きつつある。
「模造品にも、使い用はある。俺の希望を述べるのなら、数刻前の栄光に執着することなく、そのまま道化として俺のストレス発散に努めて欲しいね。」
「何の利益にもならない闘争に、命を懸けろというのか!?」
殺到する視線に、生首を掲げる英雄の証明ではなく、過去の栄光にしがみつく方法を模造品は性懲りもなく模索していた。
「何の利益にもならない闘争に、命を懸けろというのか!?」
「この御馳走に目を輝かせるどころか、命を握り締めるとはな」
俺の中で闘争とは、何物にも代え難い嗜好品としての地位を確立しているが、捕食者としての責務を果たすことなく、手にした血肉を姑息に処理をする羊には勿体ない甘露であったようだ。
「拮抗する互いが命を削ってしまえば、勝者も無事では済まない!考え直せ、何者でもない貴様に名誉やらの柵に縛られることもないだろう!貴様さえ首を振れば、飼い主に取り合ってやると言っているのだ!」
「どうやら、何の疑問も抱かず享受していた贅沢の中で、痛みさえ忘れてしまったらしいなァ。」
やはり、模造品。昨夜の愚か者共と、同じ価値観を奥底では恥ずかしげもなく共有している。
「お前は、一緒だよ。ここで朽ちる家畜と、」
下には地獄が広がっている。腐敗した肉片には既に蛆が集っている。危機管理能力の欠如した家畜の成れの果てだ。
「借り物の力で惨めなヤツだ」
凡人とは特別感に酔うが、特別な者は普通を装った。持つ者とは常日頃から鬱陶しい凡人の嫉妬に辟易している。
「特別なのは手脚だけ、自前の肉は柔らけぇ。借り物の力で、よく自尊心なんてものが育つよ。そこだけは感心する。」
都合のいい解釈で塗装し、虚栄心を発揮する。許容量のない欠陥品とは、必然的に与えられるべき甘露でさえも虚無と化してしまうだろう。そのゴミ特有の精神構造は、俺の深層意識を酷く刺激した。
「無能が、」
威厳を失った模造品の側面に影が入る。木霊する嗄れた愉悦へ目を向けると酒樽を抱えるように持つ老人が恍惚としていた。
「《能力解放》」
突如として巻き起こる数刻前とは一線を画す魔力量が、闘技場全体を縦に揺らす。
「貴様は、必ずこの場で殺す。」
竜の手脚を媒介として、その爆発的な魔力量を肉体内部にまで供給することで、数段階上の完成度で竜の再来を果たす。
(力を抑えていたか。)
身の丈に合わない力は自身にも牙を剥く諸刃の剣。竜殺しの肉体は早くも、崩壊を始めていた。
(さて、どう来る。高密度の魔力を放ち客諸共俺を消し飛ばすか、愚かにも接近戦を挑んで来るか)
既に格付けは済んでいる。羽虫の範疇で図るのであれば答えは目に見えているが、細部にまで目を配ると強ち答えは単純である可能性の方が高い。
(いいや、そうだな、虚栄心に傾倒する奴の脳味噌が目撃者という名の甘い蜜を手放すはずがない。俺には、分かるぞ。矮小な羽虫の考えが。腐敗臭を漂わせるお前の思考回路が、)
以前の威厳を取り戻すには、俺の生首を掲げて証明するしかない。食物連鎖の頂に至るに相応しい者が何者かを。
「《能力解放》《感覚共有》」
後方にて鎮座する竜の片腕が応えるように天を向き、帯電する微弱な魔力と竜殺し自身が発する魔力が点と線で繋がる。
「来るッッ!!」
癒着し合う胸元へ指先を捩じ込み、引き裂く。飛散した血液が宙を舞う。咄嗟に身を庇う回避行動が間に合う筈もなく、竜殺しは血の雨を全身に被った。特別性の血肉に駆け巡る供給回路が侵され、一瞬にして燃え上がる。
「ーーッッ!!?」
内臓にまでも手を伸ばす灼熱の業火の中にへと、俺は避けるどころか突撃した。首根っこを鷲掴み、地面に叩き付ける。鋭利な指先は易々と喉仏を貫通する。
「ふがァッ!?」
圧迫された眼球からは、次々と血管が浮き出る。
「もう魔法は使えない」
膝で腰を押し潰し、振り被った全身全霊の一発をぶち込む。竜殺しは首を捩って紙一重で躱す。地面が一段沈んだ。
「フシュゥーッ、フシュゥーッ」
首を掴む腕を竜殺しは非力な力で掴み返して抵抗する。力めば力むほど、ゴポゴポと逆流する鮮血の海に溺れる。
「カヒュゥーッ」
首から清く手を離した。痛みが去り安堵するのも束の間、最後の腕に手を添え、捻り切ってやった。雑巾絞りの要領で肉が捻れ、水分を叩き出す。
「ゥヴーッッ!!?」
バタバタと暴れる足首を軸にして、遠心力をフルに使ってぶん投げる。竜殺しは無防備に頭から壁に衝突した。客席の一部がガラガラと崩落し、勢いよく砂塵が舞う。瓦礫の山から投げ出された右半身は痙攣していた。
「簡単に死んでくれるなよ。脚も残っているんだ」
地面を蹴って、痙攣する竜殺しへ向かって飛翔する。重力に従って着地した瓦礫ごと中身を踏み潰す。八十キロの体重に加え、凄まじい推進力が衝撃波を生み、瓦礫の山を砂屑へと変える。
「カヒュー、カヒュー」
人間をミンチに変えようが萎えることのない殺意に従い、瓦礫の山から竜殺しを引っ張り出した。肉は千切れ、骨や臓器はグチャグチャに潰れ、液状化している。
「許してくださいって鳴けよ、気分次第で許してやるかもねぇ」
絶え間なく滴るボロ雑巾を勢いよく地面に叩き付けた。無抵抗の肉がグロテスクな濁音を奏でる。その相貌から口を動かすことさえ億劫なのか、得意の口八丁すらもなりを潜めていた。
「もう終わるのか?もっと抗え、抵抗するんだ。最初の勢いはどうした」
か細い呼吸音の出元を乱暴に鷲掴み、笑えるような命乞いを期待して持ち上げた。欠片も加減のない暴力に、耐え抜いた強靱な首筋も限界を目に見えて訴え始めている。
「ほ、ひょ、」
「なんだ?」
竜殺しの潰れた眼球が妖しく点滅する。
「《放電》」
「ォォッ!?」
雷が迸り、一瞬で意識は真っ白な世界へとぶっ飛んだ。鈍い泥沼の中を裸一貫で彷徨う。
(喉の潰しが甘かったか)
半ナマの肉が炙られ、内蔵にも触れた。
(何かを得るには、何かを捨てなければならない。決断を迫られた時には、もう遅い)
俺と違って、竜殺しにこの雷を耐え切れる耐久力はない。
(幕引きだ)
肉体を押さえる抵抗感が消えると、自ずと視界も回復した。
「……ハァ…ハァ」
眼下の焼死体の首から下は液状化し、脚だけが形を保っていた。丸焦げの膝に手を添え、腰を上げる。
「この高揚感を抱えたまま着飾った皮を剥がして、底抜けに嬲ってやりたい。本格的に、そろそろ脱獄の準備でも始めようかな」
衝動的に客席に居座る贋作共の偉そうな面が、二度と機能しないレベルの破壊衝動に駆られた。甘美な妄想に浸る、粘着質な眼球が客席を執拗に舐め付けた。修復を繰り返し、癒着しかけている皮膚は脆く、少しの動作でちぎれ、血潮を飛ばす。
「俺は誰の手も借りない、自由なら己の力で勝ち取ってやる。迎えに行ってやるよ」
浴びせかけられる強者の圧を一瞥し、満足げに首輪を撫でた。




