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八話 凡人の肉質。











「やっばり、屑が行き着く先はそこら辺になるんだろうねぇ。凶行に対する術に限界が近付けば、途端に愉快な面が顔出す。」


「大人しくしたまえ、見せ掛けの回復で客席は欺けても、対峙する私の目までは誤魔化せない」


不意に浮かべた喜悦に、捲れた内側が血潮を伴って露出した。


「俺が、怖いのか?」


一刻前に吠えて脚を失った武闘家が、瞳には映っている。


「お前の魔法は、宛ら羽だ。首を刈る牙ではなく、目の前の捕食者を遠避けるだけのな」


不足した否定材料では、俺の指摘から目を背けて都合の良い結末に縋る他ない。


「その走ることさえ儘ならない肉体で何を言ったとて、説得力はない」


「どうとでも言えばいい、羽が残っている内は見過ごしてやる。」


何処までも一貫した殺害予告に、竜殺しは遂に俺の不死生にまで危機感を覚え出す。泳ぐ眼球から、自信の色でさえも色褪せてゆく。


「どうやら、この状況が分かっていないらしい。私がその気になれば、貴様の矮小な意識など数秒と持たずに潰えるのだぞ?」


胸に巣食う怯えを巧妙に隠蔽し、尊大な言い回しによって観客席から好奇の目を焚き付ける。街灯に群がる羽虫のように、紙切れを奪い合う屑の関心は次なる要求にへと忠実に吸い寄せられる。


「へー、そいつは楽しみだ」


肉体的損傷は俺の中で意味を持たないことを知って尚も、貼り付ける挑戦的な姿勢に口角が吊り上がった。


「別に吠えるのは構わないが、その幼子のように怯えた目線では、失笑を誘うだけと知れ。」


抗えない暴力の顛末に怯える模造品とは違い、俺は一切合切を許容する度量を諸手を振って見せ付ける。


「俺は渇望する、血湧き肉躍る本物の闘争を!!」


底が見え始めた証拠に、竜殺しは魔法を放つ動作すら行わない。模造品が求めた一方的な蹂躙とは言い難い状況に、腐敗した脳内は楽な方にへと性懲りもなく傾く。


「それに、限界が近いのはお前の方だろう?」


客席の反応を大袈裟に伺い、代わり映えのしない騒音に竜殺しは安堵の息を漏らす。


「魔法も扱えない劣等種風情が何を根拠に宣っているのやら、」


有象無象の関心を集める英雄像を、湧き出す恐怖の間を縫って体現する。滑稽なことに客の八割は奴の掌で踊っていた。


(あー、何も考えることなく肉を裂いて、この怒りを癒したい。不安定な闘争に身を投じることに何の躊躇いもないが、思い描く破壊へ漕ぎ着けるには頭も必要になる。無策に雷を食らえば、肉体の自由を失ってしまう。次も抜け出せる保証は、何処にもない)


俺に魔法は使えない。身を掬う恐怖に都合良く足が竦んでいるようだが、魔法を軸に据えた遠距離戦にへと持ち込まれることこそが、俺の最悪のシナリオと言える。


(明白な力関係を抱えたまま、のこのこと奴が接近戦に応じるとも思えない。)


無意識に吐く焦燥感の裏で、精神の奥底を啄む心理戦を目論む。


「なぁ、俺が異常者に見えるか?」


目に見えた問答に、何を今更と顔を顰める竜殺しの反応は著しく軽薄なものだった。


「自覚の有無は、問題ではない。違うか?」


「どうかな?理解の及ばぬ事象を人類に観測する術はない。でも、物言わぬ精神的異形を巫山戯た病名と準えて、斡旋する寄生虫にこそ問題があるとは思わないか?」


「私には縁のない世界観であるな」


「確かに、世界は異なる。しかし、どの時代でも到達する答えは一緒だ。例え異常者であっても、目指すべき到達地点は同じであると俺は考える。安易に免罪符を与えるべきではないとも、」


時代とは、移ろいで行く。その時代に沿ったものに価値観や倫理観は自然と理想を追って行くように出来ている。しかし、それらの時代背景に関係なく、求めるべき願いは国の礎となった英霊達と何ら遜色ない。


「洗脳とは案外身近に潜んでいたし、金を含む綺麗事と左巻きの親和性や、大義名分を謳い自国の行いを美化する自称愛国者とやらに、隣の芝生を我が物顔で食い荒らす劣等種の群れ。何の憂いもなく甘露を貪った連中ほど、蓄えた想像力に欠ける目出度い考えでゴミを歓迎するのだ。」


蓄積した不満の嵐を眺める竜殺しは、聞くに堪えないとばかりに天を仰ぐ。


「すまぬな、貴様とは何を介したとて無意味である。正常な思考回路を持つのなら、例え不死だったとしても貴様のような使い方はしないだろう。この状況下で、前へ進むなど。狂っていると言わずしてなんと表現する。」


俺ではなく、客席にへと視線を注ぐその様は英雄などではなく役者を彷彿とさせる。


「何より、どう足掻こうとも貴様は偉業を成し遂げる英雄の影にしかなれない。底辺を這うに相応しい獣よ、大人しく人に傅くのだ。そして、咽び泣け、矮小な命を慈悲によって拾ったことに、許しを乞え」


高尚な理念を脊髄反射で謳い、勝手に絶頂する醜い精神構造に、血肉を這う不快感が異物を伴って体内から飛び出した。


「屑に傅けば人となり、逆らえば獣となるのか。」


幾十にも入った切り込みの内側から露見した修羅は絶え間なく敵の血肉を求めて蠢いている。噴く血潮と吸着する皮膚細胞の織り成す生命の理に逆らうような悍ましくも神秘的な光景に、客席の目は釘付けとなっていた。


「湯水の如く他者を消費出来る権力を持ち、従わぬ異端者を総じて異常者と吐き捨てるお前らには、嘸かし俺を糾弾するだけの高尚な理念とやらが備わっているんだろうねえ」


俺の考える異常者とは、凡ゆる機能が欠如し、機能不全を起こしている燃えるゴミ。優先的に踏み潰すべき悪性腫瘍を指す。


「私が知りうる狂人の中でも、貴様の異常性は群を抜いているが?」


「答えがないのが、正解なんだ。」


「違うな、底辺を這うに相応しい獣如きが私の問いを否定すること自体が烏滸がましいのだ」


自由を履き違えた愚か者とは、自らの偏った考えを疑うこともなく何かと大声で品評し出すが、別に価値観の差別化は悪ではない。分かり合えると嘯く詐欺師の綺麗事に、盲目な愚か者は目を輝かせる。無能でも数が揃えば、一定量の力を持つのだから厄介だ。


「凡人の本質は、やっぱり何処も同じなのかもな。『抗議する!』『人権侵害だ!』『弱者を犠牲にする世の中でいいんですかー?』楽観主義者、烏合の衆、肥えた羽虫。彼ら曰く、自称弱者は無条件で救済されるべきなのだと、煩くてかなわねぇ」


「ほう、弱者が肥える世界か?怠慢だな。」


「そう!怠慢だ。売り捌いた血税に飽き足らず、利権の為に複雑化した制度でさえも、奪い合う始末。皮肉なことに大層な民主主義とやらが、国民ではなく、そいつらを守っている。」


「何が不満なのだ?異世界人は揃って言うではないか、人権がどうのこうのと。同じ星の住民ならば、愛でてやれ。実体の伴わない飾りだけの年功序列による、尊敬や主義主張の押し売りは、如何にも劣等種らしくて、愛くるしいではないか。」


「そんな烏合の衆を、脅威に感じるのか?」


「何が言いたい。」


「対話とは、対等でないと成立しない。言葉を介す価値はないと嘯きつつも、未だに身が伴っていないこの矛盾をどう説明する。」


嵐の前の静けさのように、騒然としていた筈の観客席がいつしか紙切れを忘れて固唾を飲み場内を見守っていた。ダメージの蓄積か、はたまた別の要因か、竜殺しの脚は震えていた。


「何を言い出すかと思えば、」


崩落する瓦礫の落石音に竜殺しの目線は音の出所にへと、跳ねるように外れる。


「俺が暴力に訴えたとする。」


掲げた影から溢れ出した答えに、竜殺しの頭蓋は情けなく震え出す。


「羽だけでは、交渉の余地はない。制止に構うことなく地を蹴り、振り抜いた拳が、饐えた臓物を捉えたとする。肉は陥没し、肋骨が花開くだろう。甘美なる命乞いと、内容物がとめどなく溢れ出し、」


謳う凶行が徐々に現実味を帯びてゆく圧迫感に、半ば反射的に竜殺しは指先を鳴らす。同時に躱す以外の防御手段を持たぬ肉体が眼下に露呈した。


「ハズレ」


刹那に飛び出すかを思案し、踏み留まった地面が砕ける。無防備となった肉体には、あえて突撃することなく様子を伺うことにする。


「やっぱり、底が見えてきたか。」


噴き出す脂汗を怯えを色濃く映す顔を伝う。俺を遠避ける為の抑止力が瓦解した瞬間から、剥き出しの肉体が捕食者の目には何の障害も挟むことなく映っていた。


「心配するな、俺の不死生にも限りがある。首を断ち切れ、簡単なことだ。」


原始的な秩序を体現しつつ、内に庇う眼球を嘲笑ってやる。どうやら怒りを触発するどころか、拭えない恐怖を植え付けてしまったらしい。


「このシチュエーションに興奮ではなく、恐怖を浮かべるとは。所詮は肉を喰らう手段によって、肥えただけの羊でしかなかったという訳だ。」


入り混じる圧倒的な悪意。神格を手放して尚も、直視した者の膝を折り、貞淑な信徒にへと精神を固定する存在感は幾許も衰えていない。指先で頬を摘み、剥がすジェスチャーをする。


「その抑止力が通用しないと知りながら、捕食者と対峙する気分はどうだ?」


抑止力を上回る自然治癒力に、捕食者と自身を隔てる羽が本来の機能を失い、地を這う屑と同じ醜態が露呈する。


「笑わせるな」


身を総べる動揺を鎮めるように、竜殺しは深い呼吸で肺を満たす。


「貴様など、何の脅威にもなりえぬ」


灯った好奇心の赴くままに感情を覗いて、震えから射貫く健気な眼光を嘲笑う。


「よし、分かった。毟ってやるよ」


耐え忍ぶ客席諸共更なる重圧が襲った。


「否定も、肯定も、真実を暴く前の甘味料に過ぎない。」


甘露に群がる羽虫には、荷が重い不可視化の業火が眼下で鬩ぎ合っている。一つは凡人が思い描く様相で着飾り、一つは無駄を何処までも省いた肉質を誇った。耐え難い重圧に意識を手放す者が客席には続出した。


「誤魔化しているつもりか?」


竜殺しの憤怒が俺の考えに触れてしまった途端に萎んでゆくのが目に見えて分かった。


「模造品の怒りなど、所詮はそんなもの。本物の残り香にさえ及ばぬ、贋作以下の塵芥だ」


俺の目は、相対する眼球を捉えて瞬き一つ挟まない。中身のない者の眼球は悶えるような怯えを孕み、簡単に目を背ける。俺の中で、模造品に対する評価が一段階更に地の底にへと沈んだ。


「お前みたいな詐欺師は必ず炙り出す。着飾り、御託を並べる。家畜には俺が何者か教えてやるよ」











主人公の言う欠陥品とは肉体的ではなく精神的な問題

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