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六話 肉の盾











「そうか、それは惜しいな」


帯電した魔力を伴う、指先を眼下にへと掲げた。


「だが、貴様の了承は必要ない。その肉体も、勝者が所有権を有するのだから。」


擡げる悪寒に従って鈍い脚を引き摺ってでも、被害を最小限に抑えようと魔法の範囲外にへと飛ぶが、自由を制限した状態では捕食者の脚には及ばない。


「どれ、壊れぬ程度に殺してやろう」


轟く衝撃に縫い付けられ、限界を超えて食い縛った歯が砕け散った。伸縮する異常な質力に肉体の主導権は彼方へと沈み、点滅する視界が意識を常闇にへと誘う。


『邪神様、この度は一体どのような御用で?」


そう言って金の亡者が形式だけの祈りを献ずる。信者の泡銭で腐敗した教団内部は、高価な彫刻に美術品、嗜好品や洗脳済みの家畜といった趣味の悪い廃棄物の巣窟と化していた。


『俺の目を誤魔化せると、本気で思っていたのか?』


血を吐くが如く、言外に告げる言葉の真意は無抵抗に毟られていた信者に対する『懺悔』でもあった。無粋な意図を挟むことのない箱庭を用意し、そこで行われる営みによって最後の審判を下す。


『何年、何十年が妥当か。答えを模索する中で蛆虫共の本性を知って尚も、その考えを一向に改心しようとは思えなかった。この日までは、』


『何やら、不測の事態に心を痛めている御様子。どうでしょう、頑丈な贄でも用意させましょうか?』


『それで、いいんだな?』


『貴方様の忠実なる下僕である私に、どうか尊い気付きの一節だけでも啓蒙しては貰えませんか?貴方様に及ばないにしても、対話によって、改善の余地があるとは思いませんか?』


『それが、遺言か』


問答無用で距離を潰すと、俺の怒気を悟った羽虫の絶叫が教団内部に木霊した。


『いえっ、おまちください!』


『御託はいい。とりあえず五十発でいい、殴らせろ』


俺の善意を不愉快な解釈で穢した教祖の顔面を、二度と舐めた口が利けぬように、拳を打ち付けて破壊した。絶え間ない暴力に教祖の顔面は、凹凸が消え失せた屑に相応しい相貌に変貌を遂げていた。


(悪を正す天罰にしては、酷く野蛮な所業に思えた)


浮上した意識に引っ張られるように、闘争の舞台へと帰還を果たす。


(折角、異界の地へと渡ったのなら、やるべきことは一つしかないだろう。)


スポットライトに浮かぶ悪意が脈動する魔力の輪郭を縁取った。


(鏖殺だ)


内部を駆け巡る驚異的な自然治癒力が、俺の続行の意を汲み、血肉を絶え間なく供給する。


(敵、敵、敵。悪意だけ、悪意だけが俺の隣人だった)


代わり映えのしない陳腐な罵詈雑言で装飾した世界に、普遍的な憤怒を携えて地を這う。


「ならば多少の欠損は致し方なし、不釣り合いな己の生命力を呪うがいい」


点滅する予備動作から魔法の発生速度を予測し、潰えた肉体で的を蹴ってズラす。瞬間的に巻き起こった突風が後頭部を掠める。僅かな間隔を挟んだ地面は余りの出力に砂塵と化していた。


(表面的な答えに価値はない。凡ゆる損傷でさえも了承するこの意識は、肉体ではなく精神に宿るのだから)


行方を眩ませた緩衝材の代わりに歯茎を食い縛って、液状化した内臓を強引にでも引き摺ると、竜殺しの顔色が目に見えて曇り出す。


「抗うな」


噴き出す血潮は、集う憤怒の情念に比例して勢いを増す。目一杯肺に酸素を捻じ込み、吼えた。


「ぶっ殺す!!」


際限なく血肉を供給する驚異的な肉体に、色褪せることのない憤怒を携えて突進する。


「死に損ないが」


地面を貫く落雷の衝撃に拭えない焦燥感が肌身を伝う。


「俺にはこれしかない、仕方ねぇ!一丁前に逃げたところで、やることがねぇからな」


自ら魔力の渦に飛び込み、組み付くと、その身を顧みることのない蛮勇に観客席から響めきが広がる。


「死にたいのか?」


纏う魔力の余波に、無防備な肉体の内部からは絶え間なく炎が噴き上がる。


「魂の具現化!」


巻き込む筋肉の伸縮でさえも抑え付けて、強引に拳を振り抜く。小手先の打撃は容易く絡め取られ、カウンターの手刀が喉仏を狙う。


「今の俺は、この意識と一体化している!」


肉を切らせて骨を断つ。躱すどころか自ら血潮の噴き荒ぶ嵐の中心にへと身を投じて行く。


「《雷の鞭》」


纏う魔力が実体を持ち、振り下ろした俺の打撃諸共腕を絡め取った。無防備となった右半身を捉えた竜殺しと、視線が交錯する。


「いい加減に眠れ」


喉仏へと走る手刀に対抗して、崩れた体勢のまま畳んだ肘鉄を合わせる。驚異的な回復力を誇る俺にしか許されない荒技である。相打ちでは、被る不利益の方が遥かに高い。迫る肘鉄に露出した腕を緩衝材として挟み込む判断を竜殺しは即座に下す。


「最高の気分だ!」


血肉が爆ぜて、鉄臭い霧が発生する。捻れた関節から以前の名残りを覗かせて、体制を崩した竜殺しは、本能的に肩口を庇う。


「雑魚が俺の視界を遮るから、こうなる。」


唇が三日月を描く。今なら、どんな攻撃でも刺さる気がした。体勢を整えようと踠く側には時既に狂気が控えていた。


「はい、蛞蝓一丁」


容赦なく乱雑に引き千切られた筋肉繊維は、夥しい量の鮮血を噴き出しながら、背筋が凍り付く音色を奏でる。


「ッッ《障壁》」


懐へと入った凶行を中心に脈動する魔力の奔流を、自らが自負する自然治癒力に対する信頼から、相打ち覚悟で歓迎する。


「《放出》」


しかし距離を置くことが前提の爆ぜる衝撃に、投げ出された足腰は制御不能に陥り、羽虫が集う観客席にへと無抵抗に突き刺さる結果を招くこととなる。


「ッゥゥー!?」


一時的に発生した真紅の雨が降り注ぎ、背中には肉を轢いた感触がべったりと付き纏っていた。


「きゃぁぁっー!?」

「うぁぁぁ!?」


俺の下敷きとなる末路を幸運にも回避した五体満足の羽虫の悲鳴が木霊する。


「おっと、待った」


挽肉の前で呆然と立ち尽くしていた手頃な人間を抱き寄せて、追撃を加えんとする竜殺しの前に焚き付ける。


「客への攻撃はご法度なんだろう?」


身の危険を感じた観客共は、潰れた脚を引き摺ってでも脱兎の如く散って行く。


「一瞬にして客席が阿鼻叫喚の地獄の様相を呈しています!故意ではないとしても、これはいけません!速やかに場内にお戻りください」


「俺を縛ることが出来るのは、この首輪だけ」


殺しは、イコール損失にへと繋がる。首輪は服従させる為の手段であって、俺の命を奪う目的はない。観客席の一部が崩落した責任の一端も、主催者側にあり、命を削る当事者が咎められる謂れはない。


「別に反旗を翻す意図もない。雑魚が死んだから何だというのだ、どうせ大した金も持ち合わせていない」


言い訳の染みた文言を舌先で転がしながら、失った血肉の回復に専念する。


「兄貴、」


無気力だった肉の盾は、必然的に収めた挽肉を前にした途端に雰囲気が顕著に切り替わる。絶望に喘ぎ、潰えた挽肉を拾いに行こうと暴れ出したのだ。


「兄貴ッ!!」


どうやら、俺の下敷きとなった者の中には人質の仲間も含まれていたらしい。とは言え、俺の拘束から脱する膂力が羽虫に備わっている筈もなく、不自由に踠く他ない。


「気に病むことはない」


至近距離で圧倒的な暴力の香りを体験することとなった人質は、形式だけでも瞳を手で遮って拒絶する。


「身の丈に合わねぇ嗜好品に手を出してしまった、無相応な屑の末路だ。」


「違う、ここには今日が初めてで」


「そんなことは、関係ない。これは、縮こまって媚を売るしか能がない蛆虫風情が、俺の世界を我が物顔で闊歩した罰だ」


日常的行動に伴う不利益とは、当事者の了承なく訪れるものだ。何を主食にするかによって危険度は異なるが、何の武器も持たない羊風情が、飢えた獣の獲物に群がること自体が間違っている。


「身の程を知れ」


与えられる常人の理解を超えた価値観に、耐性のない一般人の精神は際限なく呑み込まれる。


「うああああ」


心地の良い発狂に舌鼓を打ちながら、拾った酒瓶を一気に煽った。


「クソみてぇな味だが、いい。何不自由なく肥えた蛆虫にはこの俺が火を放って、心を与えてやる」


首を一周する輪状の爆弾から一定間隔で発せられる警告音に従い、人質を解放した。


「最低限の回復は果たした。」


客席を蹴り付けて舞い戻ると、ギャラリーは途端に元気を取り戻す。


「客ごとトドメを刺すべきだったぜ、後悔することになる」


客諸共消し炭に変えても不思議ではない竜殺しが律儀に待っていた理由の大半は承認要求に起因している。









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