四話 竜殺し 対 元邪神
「そのような理想論は、私のような実績のある権威者が言葉にして初めて意味を持つのだよ」
軽薄な手応えに、食い破った表情筋から噴き出す血潮が、俺の相貌を鏖殺に相応しいものにへと塗り変えた。
「なら、貰う。この模造品を喰らった実績を担保に、何者の目にも鮮明な弛まない恐怖を、この俺が買い叩いてやる。」
勢い余って口角を支えた指先は頬肉を貫通した。どす黒く捲れ上がった皮膚を食い破った血肉が伝う。
「出来るものなら、やってみろ」
脈々と引き絞った体幹から絞り出した爆発的な力を、踏み締めた肉片諸共蹴破ることで解放する。
「舐めやがって」
絶対に殺すと、煮え滾る憤怒に誓って歯を食いしばった。目前に控える甘美な感触に指先は踊り狂っている。
「違うな、ただ慣れ親しんだ力に何の感情も浮かばぬだけ」
拳の内側へと侵入を果たした竜殺しは、捉えた手首を外側にへと引く。そこで盾を失った右半身は、格好の獲物となった。
(回避行動を挟む余地はなし)
首の角度を調節し、口を開く。
「愚かな選択だ」
俺の意図を了承した上で、躊躇いなく竜殺しは手刀を振り抜く。
「その首、蛮勇の代償として頂戴する」
淀みなく頭蓋骨を捉えた衝撃に、膨張する首の筋肉繊維が次から次に弾け飛ぶが、噛み締めた口元だけは露も揺らぐことなく肉を喰らっていた。自らを犠牲に手にした甘美なる感触でさえも嬉々として喰らう修羅に、相対する者の瞳には怯えが滲む。
「離せっ!」
晒した首筋に迫るギロチンには、喰い千切った肉片を戦利品として退くことにした。
「噛む度に甘味が増すようで、味わい深い。干物かな?」
挑発に応えるように、竜殺しは息を吸う暇もなく肉薄する。
「矮小な家畜風情が、手を出していい代物ではない。」
嬉々として出迎えた諸手の中に、侵入した竜殺しは接近戦を強いるようで、腰が引けていた。打撃、斬撃、組みだけではなく、未知の獣に対する意識に怯えが透けている証拠だ。
「この代償は高くつく」
「唾でもつけとけ」
不遜な言葉に不満を訴えつつも、竜殺しは肉を打つ打撃ではなく、致命的な隙を晒すことのない斬撃を意図して選んでいた。
「腰が入っていない」
舞う血飛沫に構うことなく、俺は捕まえた腕を捻って竜殺しの上半身を手繰り寄せた。
「俺を殺したいのなら、肉ではなく意識を刈れ」
合わせた肘打ちに、竜殺しは人体の構造を度外視した可動域を披露する。
「はっ!?」
肉を喰らうことなく、滑った肘打ちの浮遊時間が狙われ、脇腹へと走ったカウンターが淀みなく俺の顔面を捉える。
「ヴッッ!!?」
尋常ではない耐久力を誇る俺の首が、余りの衝撃に跳ね上がった。支えを失った脳味噌はその時に深刻なダメージを負う。崩れた体勢が狙われ、意識を取り戻した時には既に引き絞った拳が映っていた。
「ォォォオ!」
余韻を味合う暇もなく吐瀉物と化した頭蓋骨を支えて、打撃と内臓の間に肩口を挟むことで抉る衝撃を緩和した。人間の耐久力を遥かに凌ぐ俺の肉体内部にまで響く脅威的な打撃の余波が、質量を伴って頬を通過する。
「まるで二足歩行の獣と、獣を狩る術を持つ狩人の如き、似て非なる攻防だ!」
俺の勢いが乗ったカウンターはこの防御力も容易く突破し、内部にまで手を伸ばす威力へと昇華する。不用意に食らえば、一発で試合が傾く危険性を孕む。
「やはり、この者に常識は通用しない!制御不能!卓越した技術を兼ね備えた狩人の攻撃を、この男は!何処までも野蛮な一手で凌いでゆく!!竜を狩った者の技術が、地獄の修羅には通用しないとでもいうのか!!?」
「何を躊躇っている」
常人の理解を超えた凶行を賛美する観客に、俺の行いを咎める権利などない。
「同じ穴の狢だろう。」
都合のいい皮を多用し、異常性を擦り付ける観客席の醜態を一蹴する。
「羽虫が血を好むように、俺も殺しを楽しむ。何の問題もない。」
押し寄せる罵詈雑言の嵐を変わることのない嘲笑で迎えた。
「殺到するこの辛辣な視線は、己の本来の価値を思い知る良い機会になる。」
拡散する負の情念から、自身が宿す概念をイメージする。言葉は必要なし。予め定められた性質に則り、俺も客も同じ運命を司っている。
「同じ穴の狢?勘違いも甚だしい。貴様の衝動を、高尚な理念に則って、娯楽として消費してやっている。」
「虫唾の走る解釈だ。」
「貴様には関係のない話だが、併せ持つ趣味嗜好を咎める権利など、何の権利も持たない屑には与えられていないのだよ。」
どうやら人類へ与えられる当然の権利とやらが、溝を這うボロ雑巾には備わっていないらしい。
「肉の中で絶え間なく躍る悪意。欲に囚われた憐れな家畜。自決を求められた愛すべき無能と、甘露を何の憂いもなく貪る燃えるゴミ。」
俺も、客席の屑も、目の前の模造品も含めて、兼ね備えた自責の念の有無を除けば、同じ穴の狢と表現する他ない。
「何で着飾ったところで、中身は一緒だ。」
この目で収めて来た様々な情景が、拭うことの出来ない不快感を伴って浮かび上がって来る。
「支えが、免罪符となり。安心が、金に変わる。許容量のないゴミでは、何者の理解者にもなれやしない。」
理解を超えた凶行の裏で、垂れ流される聞き覚えのある弱者の理論に、相対する者の眼球が自負する強者としての矜持から優越感を孕んだ。
「博愛主義に、理想主義。次は万人を愛せとでも言うつもりか?」
「俺の言葉も、ゴミが略せば陳腐に聞こえるな。まるで何の義務も果たさぬ蛞蝓の分際で、泡銭を片手に、巫山戯た病名の理解とやらを謳う、饐えた地球人のようだ。」
大衆の面前で雫を垂らせば、本来救うべき者を押し退けて、必然的にゴミが殺到する。故に、本気で何かを救おうと尽力した者は、救えないことを知っている。
「俺は、愛する自分の為に、不愉快な羽虫は容赦なく蹴り殺すことにしている。」
どうやら例え血に飢えた住民であっても、吐き出した鮮度抜群の自我には戦慄を禁じ得ないらしい。自らを英雄だと自称する者が、内に怯えを庇うような目線を送っていた。
「何の意味もない命に、俺なら意味を与えることが出来る」
増幅する破壊衝動から何も考えることなく距離を潰した俺を、貼り付けた余裕を擲つ勢いの鬼気迫る打撃が出迎える。
「おっと、」
もはや、回避行動を挟む必要もない。生々しい咀嚼音を発する首筋を強引に持ち直して、飛んだ視界を確保する。既に接近戦は分が悪いと判断した竜殺しは俺の間合いから離脱を果たしていた。
「どうした、肉を捉えて満足しているようでは、何十時間と費やしたところで俺の意識が潰えることはないぞ」
「答えを求めているのは、貴様の方ではないか」
「これに、答えはないんだよ。」
「いや、誰よりも救済を求めているのは、」
「俺は、楽しんでいる」
焚べられた敵対意思とは別種の燃料を糧に、脈動する筋肉が際限なく肉体の身体機能を底上げする。その蓄えた衝動を舞台の最前線にへと、解き放つ。
「血肉を啜ることこそが、憤怒に取り憑かれた俺の生存戦略!」
獣のように飛び出した無茶苦茶な体勢から、拳諸共肩口をぶちかます。神格を失ったことで、凡ゆる権能は消えたが、肉体という檻の中で未だに憤怒の化身は発散の機会を伺い、燻っていた。
「肉体を鍛えることで、人間でもこの境地に至るか」
自ら飛ぶことで衝撃を緩和した竜殺しは、瓦礫の山から身を乗り出して砕けた腕に構うことなく感嘆の息を零す。
「人間如きに、そのような可能性はない。」
鮮血に塗れた眉間には皺が刻まれた。
「悪魔に魂を売ったとでも?」
「さぁ?」
中段へ蹴りを放つ。身を削ってでも、回避に専念する竜殺しの片腕は二度と使えぬ肉の塊にへと成り下がってしまっていた。
「やはり、行き着く先は同じという訳か。」
相打ち覚悟の打撃に、何事もなく次の予備動作に入る俺とは異なり、発生した脳震盪に乗っ取られた竜殺しは大きく仰け反った。
「脆いな!」
無防備となった内臓へと、三日月蹴りを刺す。竜の手脚と違い、自前の肉は易々と軋み内臓に莫大なダメージを通す。
「満身創痍!肉体性能に、こうも差があるとは!絶体絶命!目の前には血肉を貪る悪鬼が既に控えています!!!我々は、このまま英雄が脱落する瞬間の目撃者となってしまうのでしょうか!!?」
血反吐を吐いて、竜殺しは遂に膝を着いた。場内を漂う幕引きの予感に、紙切れを握り締めた観客が吠える。
「ふざけるんじゃねえ!てめぇには、俺の全財産がかかっているんだぞ!!」
蓄積したダメージに朦朧としている肉塊を喰らわんと、甘美な感触を思い描く指先が容赦なく迫る。
「まさか、《起動》することにはなるとはな。」
突如として無防備だった脳天から、降り掛かった眩い魔力の本流が全身を駆け巡った。
「悪魔に魂を売ったのが、貴様だけだとは思わないことだ。」




