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三話 英雄の模造品









「さぁっ、刮目せよ!敗者の血肉で潤した、この大地に、永きに渡り待ち望んだ英雄が遂に足を踏み入れる!客席への攻撃以外、縛りはなし!生死は問わない!勝者は敗者の生首を掲げ!知らしめろ!食物連鎖の頂に立つに相応しい者が何者であるのかを!!」


「「「ォォォォォッッーー!!!」」」


縦揺れを起こす客席の異様な熱気から、次なる災禍へ対する期待値の高さが存分に伺える。


「どうやら、前座を務めた新入りがお気に召したらしい。」


昨夜の老人が捕食者の前でも、性善説を口説く姿を想像して溜め息を吐く。


「上澄みでの成功体験が、基礎となっている。何処の世界線でも、ありふれた話だ。有能な者から消えて行き、長々と居座る恥知らずだけが残る。」


捕食者のいない成熟した環境は、結果的に他者を媒介とするゴミの根城と化す。循環させるには、殺すしかない。ゴミとは所詮、生かすに値しない、他者の善性に期待しているだけの烏合の衆でしかないのだから。


「そうだ、地球のゴミをここへ招待するのはどうだろう。」


自由を履き違えたゴミの巣窟、地球へ頭蓋骨を捲ると、今でも鮮明に蘇る。


「肥えた自意識から凡ゆる権利を剥奪し、捕食者の前に叩き出す。」


或いは、ゴミ同士に手頃な武器を与えて殺し合わせるか。


「ここの上位者が二つの世界を行き来出来るのなら、俺にも出来る筈だ」


首輪へと指先を添えて、舌先で伏した続きを転がす。


『ーー薬中の獣とは一線を画す、悪意の結晶!最初こそ、痛快であった!しかし、日を追う度に新たな要求が大衆意識に芽生えるのを、私は知覚した!』




『彼奴に捕食者としての素質を問う必要は、もはやあるまい!次なる指針は既に決まっている。報復だ!我々の庭を土足で踏み荒らした報いを、彼奴の首で贖うのだ!』



勢い良く宙で身を翻して登場した男を、実況席の女が諸手を振って讃える。


反対側から勢い良く飛び出した男は軽々と身を翻し、何の躊躇いもなく前座の血肉の上に降り立つ。




「自らを神と自称する不遜な奴隷に、鉄槌を下すべく参上した正義の使者!人々は畏怖の念を込めて、御方をこう呼ぶ。竜殺しと!」


嫌でも目に入る不自然な手脚に宿した漠然とした違和感が頭蓋骨を擡げた。繋ぎ目から下の皮膚は罅割れ、病的に細く朽ちた手脚の質感にへと疑いの目は続く。


「なんでい、ありゃあ!」


運営の宣った内容と、群衆の中で酷い齟齬が生じた結果、咀嚼出来なかった不満が賞賛を挟む間もなく挑戦者を出迎えることとなる。波紋のように広がる疑いの目は、一秒と時間を費やすことなく客席全体にまで伝染した。


「金に目が眩んだ愚か者が寄越した八百長紛いの影武者か?」


一度だけ、台本を渡されたことがある。欠損を伴う敗北も、不死身の俺なら適任だと考えてのことだろう。勿論拒否権はない。故に、俺の世界に土足で足を踏み入れた詐欺師には、言葉ではなく冷酷無比なぶっ殺しで応えることにしている。その日以来、俺の元に台本が届くことは二度となかった。


「いや、あれから俺の元に台本が届いたことは、二度となかった。」


金に傅く人間の中から影武者を用意することなら容易いが、喰われることを了承し、尚且つ依頼通りの演技を命尽きる瞬間まで敢行する者が果たして居るだろうか。


「噂とは全然違えじゃねぇか!?大丈夫なのかよ!」


自身に甘い蜜を吸わせる筈の英雄に対する何処までも腐敗した被害者意識は、意味不明な論理を用いて返金を強請る。


「有り金ぶち込んでしまったじゃねえか!」

「なんだあのふざけた身体はッ!?」

「こんな商売が罷り通ると思うなよ!!?」


噴出する不信感に同調した烏合の衆は、一つの輪となって共鳴する。僅かな隙間から侵入を果たす虫唾の走る光景に、許容量のない模造品の悪癖を嫌でも思い出した。


「無能でも数が揃えば厄介だ。客商売なら、尚更な。」


社会的な秩序とは、飼い慣らした群衆の依然関係に色濃く帰結する。大衆意識の中で紐付く飴が不足すると、社会という虚像は簡単に崩壊する。


「自己責任で終わる常識も、無能が大半を占める底辺では、屡々機能しなくなることがある。」


「皆様方!静粛に!何ら不自然なことはありません!」


群衆を味方に付けたと思い上がっている小心者は、静止に構うことなく自らの不利益を擦り付ける愚かな先駆者に続いて吠えた。


「うるせぇっ!黙って、金を寄越しやがれ!」


「いえいえ、私としましても、ここで皆様方に心ない処分を下すのは胸が痛む限りなのです。」


と言って、常駐する護衛に静かな一瞥を実況席の女が投げ掛けた。その何気ない動作一つで、愚か者共は舐めた態度を一変させる。


「伊達に、歳を食った訳ではないようだな」


自身に迫る危険を目敏く察知した者から、次々に不満を訴える乞食共々内部分裂を起こし、群衆の中で息を潜めて事態の収集を図るに至る。


「冒険者の夢である。竜を狩りし、英傑なのです。今、貴方が座っているその席に、どれだけの価値があるとお思いでしょうか?人類史に名を刻む世紀の一戦を前に、一体貴方は何を迷っているのでしょう!私は不思議でなりません!!」


甘美な誘い文句に乗せられ、静寂から再燃した血を血で洗う闘争にへと集う終着点。そこは、言葉を必要としない。力こそが善となる。冷酷無比な世界だった。


「根底で血を欲する人間はやはり扱い易い。餌に忠実なその精神構造は、一種の奴隷だ。」


愚民とは、その自制心の欠如を伴った感性に縺れ込み、痛みを伴う真実ではなく、甘い理想論に感銘を受ける傾向がある。


「俺は、信じてるぜ!」

「負けたら承知しねぇからな!」

「金が戻って来るなんて今日はついてるぜ!」

「ギャハハッ!そいつはいいな!!」


否定も肯定も、最底辺では何の意味を持たなくなる。只管に反吐が出るような解釈を用いて、都合の良い結末を盲信するのみ。


「想像力に欠ける楽観主義者の末路は決まって、品性下劣な罪状の清算を求められる。」


皮膚の下で蠢く殺意を、抱き抱えるようにして抑え込む。二の腕を抉る指先は肉を喰らって尚も、更なる贄を絶え間なく欲して踊り狂う。


「聞こえますか!?この熱気が!今夜の修羅は、一味違う!これは荒ぶる憤怒の化身の煮え滾った本能の飛沫が、我々の三半規管にまで影響を及ぼしている証拠なのです!!!」


「「「ォォォーッ!!」」」


歓声に応えて引き千切った鉄塊を潜り抜けると、眼球を焼くようなスポットライトが肉体を刺した。


「肉、肉、肉。上には着飾った肉、下には剥き出しの肉。とても、心地の良い臭いだ。肥えた蛆虫共の、絶叫が目に浮かぶ。」


木霊する侮辱的な雑音に、目の前の獲物ではなく客席にへと衝動的に意識が走り出した。


「首輪さえ、邪魔を挟まなければ、俺は!」


視界を遮る羽虫共に燻る本能を焚べて、燃え上がる憎悪を目の前の男に叩き付けた。


「貴様が、噂に聞く不死身の悪鬼とやらか?」


佇む不自然な肉体を間近に捉えて、俺が腹に収まっている捕食者にも及ばない模造品であると判断した。


「天下の英雄様が、こんな掃き溜めに何の用で?」


一般的に大衆意識とは、虚言と妄想の狭間で自らを美化して生き永らえている。何不自由ない表舞台の住民が、不利益の温床たる掃き溜めに足を運ぶのは不自然と考えてのことだ。


「不思議かね」


「今更、金に靡くとは思えないのでな」


俺を最底辺に座す屑とするなら、眼下の男は凡人の思い描く願望を叶えた、文字通り住む世界が違う存在と言える。


「少々、頑丈な練習台が欲しかった。次の偉業の礎となる、踏み台がな。不死身とは都合がいい」


その虚栄心を養う如何にも凡人らしい答えを聞いて、納得した。


「おまえ、血湧き肉躍る血の祭典に興じたことがないだろう?」


命を喰らいながら自らの命をも削る俺の日常に、竜殺しは明確な軽蔑を浮かべた。


「貴様のような血に飢えた獣と、同じ尺度で人を図るな」


「目の前の甘露を疑うことなく、貪ることが出来るゴミのことを、俺は総じて凡人と呼称し軽蔑した。」


何者でもない俺の侮辱に相対するように、竜殺しの後方にはギャラリーが付き従っている。与えられる羨望の眼差しが、中身のない隙間を際限なく満たす。


「この俺を前にしても、一方的に貪ることが出来ると本気で思っているのか?」


「貴様を、脅威には感じられないからな」


「盲目的な群衆を飼い慣らし、肥えた欺瞞の産物を同類共と結託して美化することで、腐敗を待つだけの燃えるゴミを、後続に崇めさせた。これだけは、断言出来る。本物が力に酔うことはない。」


俺の答えを嘲笑うが如く、絶対的な力に傅く低俗な眼球が後方にへと傾倒する。


「ずいぶん矮小な世界で生きているようだ。」


「どうも、首輪が邪魔で観光気分にはならないのでね」


あえて、蔑む内心を見せ付けるように腕を勿体ぶって揺らす。


「まあ、この俺を雑魚だと思ったことは後悔させてやる」


荒々しくも繊細な違和感に、竜殺しの片眉がピクリと反応した。


「哲学で命が買えるのかね?」


目には、好奇心が宿っている。


「如何にも、滑稽で、最底辺に属する者が好みそうな話だ」


自らを生贄とする自己犠牲の精神を、勝者の理論ではないと竜殺しは嘲笑う。常人の理解を超えた凶行を賛美する一方で、手にした甘露を制限するような在り方は、視界を埋め尽くす羽虫の群れには受け入れられることはない。


「忠告する。」


沈む横隔膜を縫い留めて、張り詰める肉体を引き摺った。


「信念のない木偶の坊は、自身の手の及ばない事柄に直面した時、必ず命に縋り付くことになる。」


俺は、知っている。命に縋っている内は、例え何十年と費やしたとて中身は赤子のまま進化の兆しを迎えることが出来ないことを。


『俺が、肯定しよう。真に欲するものを言え、その腑抜けた頭蓋から絞り出せ!』


断片的に疼く、この継ぎ接ぎの記憶が異界にへと至った経緯を紐解く鍵を握っている。俺は、この世界以前に自分自身のことさえ覚束ない。俺には、信憑性のある記憶が邪神である証拠を残して他にないのだから。


「そのような理想論は、私のような実績のある権威者が言葉にして初めて意味を持つのだよ」


軽薄な手応えに、食い破った表情筋から噴き出す血潮が、俺の相貌を鏖殺に相応しいものにへと塗り変えた。


「なら、貰う。この模造品を喰らった実績を担保に、何者の目にも鮮明な弛まない恐怖を、この俺が買い叩いてやる。」








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