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十三話 鬼の素質






「待って!力を合わせようよ、お願い。もう、お前を頼るしかないの」


「うるさい、一々見窄らしい顔を見せるな。イライラする」


気丈に振る舞っても所詮は子供である。啄けば、露呈する未熟な精神には致命的な隙が伺える。


「外そうか?」


貧相な肉体から湧いた不信感は捩じ伏せて、素直に纏わり付く双子を伴って向かうと、角の生えた女は意味深げに目を伏せる。


「魔法は使える?」


「使えない」


「そう」


一言だけ息を吸うように添えると、角の生えた女は繋ぐ鎖へ手を伸ばす。


「《発火》」


掌と鎖の間で火花が散り、瞬く間に枷を無効化する。


「ありがとう」


足首の名残りを揺すって、自然と緩む口元で礼を述べた。


「いいんだ、新入りのおかげで変化の兆しが訪れた。鋭利な起爆剤が、脳内の重りを消し飛ばしてくれたんだ」


少し前の殴り合いが嘘のように、一言添えただけで無条件の信頼が出迎える。もう一言応えるだけで操作は潤滑に行えると言うのに、滑稽にも腹の奥で燻る嫌悪感を抑えることが出来なかった。


「知らん、俺はムカつくヤツをぶっ殺しただけだ」


ジロジロと伺うような眼球が嫌で歯を食いしばった。ニコニコと顔色を窺って来る双子からも同じく目を逸らし、壁や惨殺死体の周りを漂い、最終的には行き場を失って地へと落ちる。


『ご気分が優れないのですか?』


荒ぶる呼吸と、拭いきれない不快感は無言で噛み殺した。弱体化した人間の安心出来る何かを追い求める脆さには反吐が出る。


「そっか」


不愉快な雰囲気をぶち壊すように、無防備な肉塊へと馴れ合いは無用だと敵意を露骨に叩き付けた。


「じゃあ、私が勝手に感謝しているだけだから、気にしないで」


角の生えた女は困ったように目尻を下げて、まるで積み重なった傷口を労わるような毒気のない笑顔の花を咲かせる。熱を発する何かが胸に絡まり、締め付けられた。この異常を抑える為に殺しを欲したが、ストレス発散用の野盗はとうに死に絶えている。


「精々俺の盾となって死んでくれ」


吐き気がした。


「はい」


腑抜けた雰囲気に堪え兼ねて、皮膚の下を這い回る不快感を掻き毟った。


「クソ鬱陶しい」


腕を回し、纏わり付こうとする肌色の重荷を乱暴に押す。


「あーっ」


拒絶から目を瞑るように、道化師は薄汚れた身を執拗に捻って寄せる。


「自分の枷は外さなくていいのか?」


押し付けがましい強引な好意を腕に収めながら、限定的な逃走手段を憂いて枷の有無を指摘した。


『産まれながらの敗者なのでしょうね』


幽霊の揶揄するような底冷えする眼球は努めて瞼の奥に仕舞う。


「……虐げられた人間は自立出来ないからな」


呟きを拾った道化師は首を傾げて疑問符を浮かべるが、湧いた思いから目を逸らすように俺の首筋に唇を埋める。一息付いて、痩せ細った肉体を眺めつつ腰を据えた。その無関心とは言え、好意を無下にすることのない対応に道化師は瞼を震わせて身を委ねている。人間の側面へと迫る言動は、当人の本質を映す鏡となる。ここで喰らった大体のことには想像がつく。故に両肩の重荷は甘んじて持て余すことにした。


「魔力には限りがある。魔封じの心配はいらないよ、ほら」


と言って角の生えた女が唇から舌を覗かせる。普通だった表と違って、裏には小枝で何度も抉ったような裂傷が入っていた。


「グロい」


眉を顰めて吐き捨てつつも、細部へと目を凝らして初めて規則性を持って描いた魔法陣なのだと思い至った。


「魔封じの枷を無効化するにはこうするしかなかった。憐れな敗者の烙印に見えても、抗った軌跡に後悔はない」


真似するように敗者の烙印を両肩の重荷も覗かせる。荒んだ軌跡から、目を背けるように俺は華奢な肩を強く抱き寄せた。腕を伝う鼓動に首を傾けると、隙間を埋めるように目を細めてより道化師は密着して来る。


「別に信用するのは構わないが、敵に一々腹を晒すな。学べよ。烏合の衆が、馴れ馴れしい。自分以外は総じて敵なんだよ」


刺々しい言葉の数々に両肩の重荷は、母を求める幼子のような必死さを持ってしがみつく。妄信的な好意の裏で肥大した狂気を孕む。曖昧に手を伸ばしたかと思えば、俺の頬を執拗に撫でる動作を繰り返し、湿りを帯びた眼球を引き絞っては『あー、』『うー、』と何かを訴えかけてくる。


「ごめんね、分かったから。余り虐めないであげて、二人はここの暮らしが長いんだ」


「俺に配慮を求めるのは間違っている」


間に入る緩衝材をぶち壊す勢いで、氷柱のように鋭利な言葉を放つと、道化師の表情はより劇的に歪んだ。


「な、え、う、あ、」


道化師の片割れが連ねる意味を為さない音には、否定的な雰囲気を前面に出して終止符を打つ。


「何を言っているのか分からない」


肩を挟んだ道化師の凍える身に角の生えた女が寄り添い、荒んだ髪を梳かし、安心させるように宥めている。その自然な動作一つで、何十回、何百回と角の生えた女が、脆弱な者共の精神的支柱として、自我を守る役割を幾度となく果たしてきたであろうことを、如実に感じさせた。


「ありがとうって言っているんだと思うよ」


「へー、」


「苦渋を舐め合った仲だ、どうか私達の気持ちは疑わないで」


どうせ嘘に決まっていると、無愛想で曖昧な相槌を打つ。


「私が二十九番で、」


膨れ上がる否定的な雰囲気に少しでも好意的な印象をと、角の生えた女は自らが食らった時間を可視化したような番号を口にし出す。


「あの子が三十五」


角の生えた女の指の先へと目を向けると、心底不快げな眼球が俺を出迎えた。番号が順序通りなら、番号順に肉体が劣化している理由にも納得出来る。


「道化師の二人は十一番と十二番と呼ばれている」


双子の肌は所々が爛れ、赤と肌色のコントラストは前の自分の肉体を連想させる。道化師Aの右目には唇へと一直線に届く傷が残っており、道化師Bの喉は潰れ、頬肉には風穴が空いている。共通して涙袋は裂かれ、頬肉へと繋がっていた。


「へー、長生きだね」


「フフフ、他人事だね」


無神経な感想に内心穏やかではないのか、角の生えた女の愛想笑いは不自然に引き攣っていた。構うことなく、無駄な馴れ合いに釘を刺す意図も含めて、配慮に欠けた言葉を吐き捨てる。


「俺に女々しい舐め合いを求めるなよ。お前らの境遇何ぞ、心底どうでもいい。もういいか?俺と同じ道を選ぶのなら、好きにすればいい」


角の生えた女は曖昧な笑顔を浮かべるにとどまり、肩に顔を埋める双子の顔色は伺えない。


「サイテー」


一ヶ所で鳴り止まぬ、糾弾するような声音に口を一文字に結ぶ。敵意なら、許容しよう。批判なら、許容しよう。地下で停滞し、足を引っ張り合いたいだけなら、容赦なく首をへし折る。何通りか見窄らしい眼球を見透かして、同居人の士気を維持する為にも、ここで解決する思いは断腸の思いで却下した。


「この状況で敵意を向ける度胸だけは認めてやる。目を逸らすなよ、俺は雑魚と違って群れる必要がない。ここで殺し合ったとて、何の不都合もない。」


常人とは決して相容れない滅茶苦茶な動機に、見窄らしく被った敵意を塗り替える勢いで瞳の中には畏怖の念が宿った。理解の外へと放たれ、凍り付いた体内は即座に震えを起こす。


「尊厳を失い自暴自棄になり、不安定な状態で、己を保つこともままならない、理解は出来るが、何かのせいにして、停滞するのは愚の骨頂だ。悪循環に陥ると簡単には抜け出せない、凡人なら尚更な。不要な感情は飼い慣らせ、地獄に囚われるな、住人になれ、」


牙とは相応に備わっているものではない、信念を持って研ぐものだ。迫られ、ただ盲目に順番を待つ、甘い汁だけを吸いたい愚か者に、何かを変える資格はない。ただ不平不満を膨らませ、足を引っ張り合うだけの燃えるゴミに口を挟む権利などないのだ。


「枷は外した、次にすることはあるか?」


「下準備の状態でぽっと出のお前が狼煙を上げたんだ。次なんかあるはずがないだろ」


無策で吠える愚か者から、マシな意見を求めて周りに目配せを送った。


「私は新入りに任せるよ」


従う意向を示す角の生えた女に、道化師のような双子も続く。


「少し、離れてくれ」


両肩の重荷を押しとどめて、惨殺死体の身ぐるみを剥がす。意を汲み、背後で待つ道化師を一瞥し、剥ぎ取った衣服とナイフを手にした。


「騒音を立てて、来たのは一人だけ。もし異常を察知されたのなら、上は死地になる。」


「正面から出るの?」


「ここの構造を知っているのか?」


「いいえ」


「なら、道を逸れている時間などない」


俺含め同居人は裸同然の格好だ。当然の如く目に映る地獄の痕に、凄まじい嫌悪感を覚えた。肩口から連動し、ナイフの柄がミシミシと音を発する。


「この肉が邪魔だな」


上着からナイフで作った布切れで、胸を固く縛り付ける。


「はい、やる」


同じく邪魔な肉塊をぶら下げている角の生えた女にも布切れを渡した。


「貰っていいの?」


手を重ねて、恭しく布切れを受け取った角の生えた女は一抹の笑顔を覗かせる。


「ありがとう」


無駄な押し問答を無言で省くと背を向けた。通路を進むにつれ、両肩の重荷は固唾を呑んで身構えていた。


「殺しがバレてなかったら、武器を探す余裕がある。寝首を搔く暇もあるかもしれない。問題は待ち構えている場合だ。混戦になったら、守る余裕はなくなる」


迫る殺伐とした雰囲気に双子の瞳にはトラウマが走る。俺以外の支えを欲して、精神的支柱へと眼球を傾けた。胸を縛り終えた角の生えた女は、応えるように歯を剥いて闘気を迸らせる。


「戦えるよ、足手まといにはならない。確りついていく」


半信半疑でその頼りない体躯を眺めて、口角を伸ばした。


「ハッ、そうか」


足を止めて、視線を掃き溜めの更に奥へと落とす。


「停滞しても迎える末路は変わらない」


未だに牢屋内で膝を抱えている愚か者へ、地獄に慣れ、更なる地獄に転落することを恐れ、運命をクソ共に委ねている家畜へ最後の警告を送った。


「さっさと来い、委ねるな。とどまって死ぬか、生存出来る一縷の望みに賭けるかだ」


与えられた口実をどう解釈したのかは定かではないが、見窄らしいガキは思いの外容易く徒然に後を追って来る。影に覆われ、顔色は伺えないが欲した言葉に身震いしているのは見透せた。


「もし、脱獄に失敗したらどうする?」


「どうもしない。ただ失敗したとしても、折れない方がいい。そこだけは、肝に銘じろ」


「命なら惜しくはない、大丈夫。リスクは了承した上で背負っているつもりだ」


百点の答えだった。角の生えた女からは終始人間的な教養を感じられ、警戒心の薄さを省けば、地下牢の中は相応しくないと珍しく思えた。


「やっぱり加担するよりも、下で待っている方が罰は軽く済むと思うんだ」


未練がましく地下を見送る臆病者の頭には、既に饐えた泥舟に片足を突っ込んでいるという意識が有能な者とは異なり欠けているのだろう。腑抜けた意見を『ありえない』と切り捨てた角の生えた女は、溜まりに溜まった鬱憤を腸から噴出させる。


「やっと鉛に沈んだ自由の実体を一時的とはいえ、掴むことが出来たんだ。手放すものか、戻るくらいなら一人でも多く奴らを道連れにして死ぬよ。今なら何人だって殺せる気がするわ」


「お願いだから、僕を一人にしないで」


同族意識の根付く同居人に縋り付き、小賢しく身代わりを欲している浅ましい性質に、愚か者の評価を言葉を介す肉から更に一段階低い蛞蝓にへと改めた。


「先を考えるより遺言でも考えたらどうだ?どうせ、心配は杞憂に終わる」


命を擲つ有能な者とは対照的に、命を握り締める無能へと向けた皮肉に臆病者は過剰に反応する。


「お前さえ来なければ、もっと、最適なタイミングで!」


元凶に責任を押し付けることで自我を保つ脆弱な精神性を暴きつつ、次に吐く暴言でも喉元に募らせる俺の前を、不意に角の生えた女が遮った。


「いい加減にして」


仲間だと思っていた者からの苦言に、見窄らしいガキは信じられないとばかりに言葉を詰まらせる。何かの間違いだと、左右の道化師へと理解を求めるが思い描くような賛同は得られない。


「遅かれ早かれ、こうなっていた。私は限界だった。何かにつけて理由を付け、停滞する悪循環の中で皆腐っていた。新入りのおかげで、決心が着いたんだ。計画だって、苦痛を和らげる為の精神安定剤に成り下がっていたじゃないか」


「でも、」


「まずは認めるべきだ」


俺を糾弾する筈が滑稽にも首を振られ、充満する好意的とは言い難い雰囲気に、一人疎外感を味わう見窄らしいガキは覚束なく壁に寄りかかる。


「ケケケッ、目眩がするか?」


経験則だが、感情論を正論で諭すのは余り芳しくない。糾弾とは無能にとっては口実でしかない。嫉妬し、虚栄心を発揮し、群れ、縋る何かを求め、何の責任も負ったこともないような屑が囃し立てる。無能でも数が揃えば力を発揮する。一度味を占めると馬鹿の一つ覚えで繰り返す習性を持つ。


「どうした、元気出せよ」


嘲りを遮断するように背を向ける愚か者に代わって、角の生えた女が口を挟む。


「新入りがいなければ、抜け出す決断は下せなかった」


しょうもない世辞の真偽は兎も角、俺は賞賛や優劣で増長し満足するような矮小な身ではない。底抜けに冷めた一瞥を与え、前だけを見据える。


「ここが最上階か、」


最後の段差に片足を乗せて、後方を振り返る。奥の方では微かに談笑する声が聞こえる。不穏な雰囲気を察した同居人の顔は一様に不安へと移り変わる。


「お前らの想定する最悪とは、俺の機嫌を損ね、途中で捨てられることか?」


降って湧いた疑問に、図星なのか、ガキを含めた全員の内心の震えが劇的に顔を出した。


「そんなことするの?」


滑稽な表情だった。その腑抜けた反応に脳内がドロドロと煮え滾って、人差し指を眉間に添える。前の肉体なら貫通していた。


「何回言えば分かる。俺に何の期待をしているのか知らないが、惨めったらしく敵を信用するな」


洗脳とは、身近に潜んでいる。劣悪な鞭に打ち付けられ、似たようなクソを飴だと錯覚するような脆弱な精神ならば、ハッキリ言って救う価値がない。杜撰な視野は自己責任を果たすことなく、必ず愚民の一部として再燃し、健全者の家を焼き尽くすだろう。


「もし、次も敵の前で腑抜けた面を晒すのなら、俺は容赦なく切り捨てるから」


「そ、そうだったね。ごめんなさい」


階段付近で段差を利用し、辺りの様子を伺う。敵の前で纏わり付こうとする重荷は即座に跳ね除けた。体勢を崩した双子は揃って縺れ込むように腰を強打する。口をへの字に曲げて、涙目で這う道化師に嫌気がさす。


「やる?」


小首を傾げる角の生えた女を省いて、辺りを見渡した。五十メートル先で二人の大男が杯を交えていた。酔いはかなり回っているらしく上機嫌に鼻歌まで歌っている。


「一人でやる、待っとけ」


「足手まといにはならない、新入りは深手を負っているでしょ。」


不意に痛々しく変色している右腕を撫でられ、肩が跳ねた。噴き出す不快感に目尻が吊り上がる。


「おい、ぶっ殺すぞ」


角の生えた女は明確な拒絶に構うことなく患部を労るように引き止める。


「何回も言わせるな、俺は一人でやると言っている」


俺は引かない、ハナから尊重する意思がないのだから当たり前だ。


「分かった、でも危ないと思ったら行くから」


と言い残して角の生えた女は清く身を引く。俺のヘイトを悪戯に集めても意味はないのだから、平行線を辿る押し問答に固執しないのは賢明な判断だと言えた。


「勝手にやれ」


腑抜けた雰囲気を振り払うと共に、光源を目印に壁を伝う。二十メートルに距離は縮む。愚かなことに目敏く俺の姿を捉えたにも関わらず、野盗側が臨戦態勢を整えることはなかった。


「なんで、お前が?」


まるで羊を前にした獣のように、血走る眼球が無防備な肉を捉えて離さない。堂々と染み出す殺意にも、薬とアルコールによって低下した判断力に身を任せて、どうやら脅威はないと愚か者共は高を括っているようだ。肉が変わっても、中に巣食う鬼の動機に変化はない。縛りのないシチュエーションで、あまつさえ敵は得物を握るどころか、腰を据えて酔っ払っている。


「面倒を増やしやがって、見張りは何をやっている」


ご馳走だ。何をやっても、その行為を咎める者はいない。口角が凶悪に歪む。愉快で、爽快で、否が応にも羊の警戒心を刺激してしまうような猟奇的な喜びを抑えることが出来ない。


「この皮は使えるな」


対照的な雰囲気に頬を緩めながら、刻々と緩慢に距離を潰す。


「なんだァ、酒が欲しいのか?」


何の障害も挟むことなくテーブルの前に易々と辿り着くと、眼球から染み出す衝動が弾けた。範囲内に狂人の侵入を許す危険性を、愚か者はその身を持って知ることとなる。


「欲を貪るよりも、俺は殺し合いがしたい」


異常な発露を受けて、不信げに腰を浮かせるがもう遅い。握り締めた凶器を一切の躊躇いを挟むことなく叩き付けた。


「いでぇっ」


掌ごとテーブルを貫通したナイフは野盗の腕を容易く固定した。混乱状態の頭部を越えて、背中に乗る斧を掴んだ。


「危機管理不足だ」


背に装備した武器を引かれ、金具で繋がる上半身はテーブルに引き摺り倒される。酒瓶や杯が一掃され、反対側の野盗が反射的に身を起こす。即座に親指で金具を外し、振り抜いた。回転した刃は反動に乗って、酩酊と混乱状態で反応が遅れた反対側の野盗の頭部を切り飛ばす。


「は、ハァ!?ま、待って!」


飛ぶ血肉に、伏せる野盗が吠える。重量に振られ、激突した刃は壁に食い込み静止した。骨折した右腕では制御出来なかった。抵抗を強める野盗の首筋へと蹴りを入れて、身の丈に合わない武器を手放した。野盗は木製のテーブルごと腕を持ち上げて、臨戦態勢を整えつつある。


「く、クソ、頭が回らねぇ」


肉を抉る刃に顔を顰めながら試行錯誤しているが、材質や角度と言った要因が絡み虚しくも徒労に終わる。


「どうなってやがる」


「何が?命を奪う側の言葉には思えないな」


揺らぐことのない殺意を宿し、依然として混乱状態の野盗に躙り寄る。


「顔付きが別人じゃねぇか」


地面を蹴った。迎え撃つように野盗はテーブルを力任せに振る。肩口で衝撃を受け止め、木製の脚を掴んで回す。予想外の動きに屈して、野盗は片膝を着いた。


「そんなことは重要じゃない」


貫くナイフの柄を掴むと、前後に体重を乗せて乱暴に外す。吸着するテーブルが削れ、挟まる肉塊はズタズタに抉り切れる。


「むぅぁぁあーっ!!」


至近距離に勝機を見出した野盗は両手を広げる。腸に沈む要求を癒すような光景に喜悦を噛み締めて、迎え打つ。覆い被さる山の如し巨躯と交差するようにナイフを滑らせる。首筋を押さえるが、時既に遅し。噴き出す血潮が地面を打つ。


「血に染まるこの感覚だけが、夥しい怒りを鎮める特効薬になる。」


光を失い奈落へと沈んでゆく巨体を蹴り飛ばす。肉体に絡む充足感に肩口を回して、脂を振り払う。


「凄かったよ、助けは要らなかったようだね」


警戒しつつも惨状へと足を踏み入れた角の生えた女は嘘偽りのない賞賛を述べた。その横で道化師のような双子は両手を振って興奮している。


「うえぇ」


対照的に暴力が支配したが故の惨状に見窄らしいガキは拒否反応を起こしていた。俺を見詰める目にも怒りを塗り潰すように強烈な怯えが混じっている。


「漁ろう、使える物は集めてくれ」


「分かった」


「う、うん」


同居人が惨殺死体を漁っている間に、俺は抜け穴や残党を探す。


「不自然だ」


具に見渡しながら進み、数十メートル先に二股に別れた道を確認した。


「見られたな」


道の中間地点に不自然な湿りを発見する。


「一人か」


目の前まで近付くと臭いは鮮明になる。アルコールに混じって、アンモニア臭がした。


「追っても無駄か、もう手遅れだな。少しは様子を見るべきだったか」


唇を噛み締め、親指の腹を中指で削る。数十人か数百人か正確な数字は不透明だが、必ず増援が来る。今の俺に数を覆す圧倒的な力はない。


「下にとどまっても燻し出されるだけ。横道に逸れ、奇跡的な生還?バカバカしい。小賢しく女共を売り、活路を見出す?この俺が?ありえねぇ、アイツらはそもそも戦えるのか?ダメだ、信用出来ない」


重荷に引っ張られ、抱えそうになるのを胸を張って抑え込み、深紅の内装へと戻る。血肉の上に立つ女共と目が合うと、漁り終えたのか手を振って知らせてくる。


「槍とナイフと金か」


早々に頭部を破壊した野盗の槍と、携帯していたナイフが三本。


「斧は外れなかった」


「いいよ、槍が使えるヤツは?」


視線を漂わせるだけで手を上げる者はいない。


「武器は人数分ある。そうだな、槍はアンタに任せる」


指名を受けた角の生えた女は頷くと静かに闘志を燃やす。


「枷は今すぐ外せ」


逃走する場合を想定し、俺は道化師Aの鎖にナイフを入れながら命令した。僅かな灯りが妖しく背後に近寄る影を映し出す。


「一本じゃ足りないだろ、僕の分はお前にやる」


「いらん、持っとけ」


黄土色の鎖をナイフで捻り切る。かなりの年季が入った道具は軋み、易々と垂れ下がる。


「自衛手段は持つに越したことはない、必要な場面がすぐに来る」


道化師Bの方へと向かい、鎖を掴むと同じようにナイフを入れる。角の生えた女は槍に体重を器用に乗せて鎖を断ち切っていた。


「持っていても扱えなかったら意味はないと僕は思うけどねー」


能天気に武器を持て余し、解決しない不満を零す未熟者へ俺は爆弾を投下する。


「脱獄がバレた。腹を括れ、殺し合いが始まるぞ」









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