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十二話 飼い慣らせやしない









「……ああ」


鉛のように鈍い意識が浮上するにつれ、肉体を覆う違和感が見過ごせないレベルにまで膨れ上がる。頭を抱えつつ腰を起こして、自由を阻害するように後を追う鎖に眉を顰めた。


「ここは?」


前と代わり映えのしない鉄格子を一瞥し、募った不信感は中に住まう幽霊へと必然的に傾いた。


『盗賊の穴蔵です。様々な要因から派生した不幸により、息を潜めて助けを待っている状態です』


緩やかに首輪の有無を確認して、安堵の息を零した。


「枷は足だけか」


『ですが、今の状態では脱走は困難だと提唱します』


何の疑いもなく手を伸ばして、想像より頑丈な鎖に瞠目する。同時に不死性の消失も知覚した。


『不死性を再現する余り、器の許容量を疎かにしてしまい。力をとどめるどころか、同化するには半分以上を放棄する他なかった』


「善意で計画外のことをやって、使えるものまで失ったってことか」


口角が小馬鹿にした角度を維持する。利益と不利益は表裏一体、目先の利益に目が眩むと碌な結果を招かない。不足した情報を補う為に膝を突くと、身を寄せ合う者共の好意的とは言い難い目が殺到した。


『この責任は必ず負います』


反省の色を滲ませる幽霊には悪いが、ハナから有象無象には何の期待もしていない。故に批難する気も更々なかった。鷹揚に手を振って、軽薄な笑みを浮かべる。


「いいよ、気にしてない」


幽霊と繰り返し行う問答が第三者の目には不自然に映っていたようで、明確な拒絶が瞳の奥に灯る。その色彩は、まるで精神異常者に向けるような禁忌感と似通っていた。


「無駄は省こう。嘘や誤魔化しは無駄でしかない。他に何か言うことは?」


『……今のところは、ないです』


言い淀む真意を図り兼ねて、脅しのような文言を吐く。


「偽りは信頼を失うぞ」


偽装や虚言を一々咎めるつもりもないが、協力関係を結んだ以上は上辺だけでも関係を維持する必要がある。小手先の嘘では欺けないと悟っているのか、甘んじて敵対心を受け入れる幽霊の腹の底は伺えない。


「陳腐な問いに拘っている暇はないし、無駄なら省こうか。今の俺には何が出来る?」


『単純な力比べで答えるなら、一般人と張り合うのが精々でしょうか』


都合の悪い時とは異なる軽快な返答に、つい苦笑いが漏れた。


「魔法は使えないのか?」


『いえ、戒律も手放しました。私にはもう何も残っていません』


瞬間的に嘘だと思った。大音量で俺の勘が警鐘を鳴らしている。とは言え、糾弾したり詮索しようとは思わない。被害者ぶる気もない。契約に及んだ時点で、不利益を了承したのは俺も同じだ。女々しい被害妄想なら他所でやれ、事実は粛々と受け入れるだけだ。


「枷はただの鉄だ、当然か。前と比べて、今の俺は何の脅威にもならない。金の成る木でもなし。一般人に紛れることも出来る、よし、外の常識はこいつをアテにしようか」


「いい加減、その口を閉じろ」


「あ?」


脳内で火花が散る。


「この猿めが」


声の出処に燃えるような修羅を宿す目を向ける。頭部に二本の角が生えた女が不満を叩き付けるように喉を震わせた。熱がどろりと溶け出し、眼球を染める。不十分だった意識に免じて、茹だる熱は一旦瞼の奥に収めた。


「なんだその目は、言いたいことがあるなら言えよ」


追い討ちをかけるように紡ぐ愚か者の愚行に、鎮めた筈の炎が新たな火種を元に勢いを取り戻した。血肉を伴う要求が続々と脳内を占領する。


「うるせぇなァ、下らん場所で停滞している蛞蝓風情が」


横目にギャラリーを捉えて眉を顰めた。見窄らしいガキと道化師のような双子は、連ねる暴言に無言で同意していた。


「口を挟むな、お前ら全員だ。叩き潰すぞ」


「なんだと!?」


敵意を剝く角の生えた女と同様に不満を噴出させる者の眼球が横一列に並んだ。


「どんぐり野郎共が、俺の視界を遮るな、鬱陶しい」


敵、敵、敵、慣れ親しんだ景色に到底鎮火することのない闘争心が脳天を突く。


『抑えて、面倒事は盗賊の機嫌を損ねる恐れが』


「関係ない」


距離を潰すと、相手も応えるように進み出た。


「ナメた口をききやがって、このクソ女が」


「俺が女に見えるのか?」


「傑作だ、どうやら頭も足りないらしい」


目先に迫った角の生えた女の眼球を介して、裏側を見透かす。肩を掴む動作を脈々と培った経験からあえて見逃すが、俺の肉体は想定に反して簡単に体勢を崩してしまう。想像以上に弱体化した己の肉体に目を見開く。角の生えた女は憮然とした表情で馬乗りになると、不安定な体勢を股で固定した。


「どきやがれ」


「どう足掻こうと、お前の尊厳は遅かれ早かれ踏み荒らされる。なあ、やめてくれないか、そうやって力の伴わない自信を吊り下げるのは」


そう言って、燃え尽きたように唇から血を滲ませる。苦痛、苦悩、絶望、様々な情景が浮かぶ。構うことなく、股の下へと強引に肩口を滑り込ませることで、意図も容易く体勢を入れ替えた。


「うるせぇ、クソ雑魚がこの俺を見下ろしたんじゃねえよォ」


虚をつかれ、体勢を崩した側面を殴り付ける。前の肉体ならば脳漿を撒き散らしていたが、今となっては過去の産物。その証拠に角の生えた女は何の負荷も負うことなく、膝を起こして不利な体勢を変える。


「やりやがったな!?」


首を掴む軌道には腕を合わせて、腹部に蹴りを入れた。怯むことなく角の生えた女は体重を乗せる。上も下も同じだ。拮抗した低レベルなパワーバランスに目眩がする。互いに殺す気がないのも相まって泥仕合となってしまっていた。


「やり過ぎだ、やめて、アイツが来る」


同居人の中で一番背丈の低い見窄らしいガキの苦言を合図に、不毛な争いから互いに手を引く。


「.....クソ野郎が」


「こんなヤツも満足に殺せないのか……」


弱体化した己の力量に呆然としてしまう。天井の鉱石が妖しく牢屋内を照らし、改めて丸美を帯びた肉体が露になる。暴力を体現した前と比べて、まるで売女のような柔肌に脳内が揺られ、吐き気を催す。


「誰だァ?騒いでんのは」


通路奥から粘り着くような低音が、不意に場を打った。


「ほら、お前のせい」


何者かの来訪に同居人は一様に身を丸めて、ガキは責めるような諦めを孕んだ一瞥を投げ付ける。


「オラァッ、さっさと出て来やがれ。俺が直々に使える口か確かめてやる」


ドタドタと登場した野盗は鉄格子を蹴り付け、恫喝する。見飽きた小物の罪状を鑑賞しようと辺りを見渡して、不必要に怯えている同居人の様子に目を細めた。


「名乗り出れば優しくしてやる」


南京錠を乱暴に外した野盗が扉を開け放ち、着々と不愉快な雰囲気が牢屋内に充満し始める。へばりつくような不快感に、燃え盛る怒りのボルテージが脳天を貫く。


「わ、私じゃない!こいつが、」


「お前は黙ってろ」


「あぐっ、」


無抵抗に蹴りを受けた角の生えた女が眼下を転がる。暴力的な要求に肥えた家畜は、満足することなく次を求めて品性の欠片もない悪癖を膨らませて披露する。


「こいつは殺しがいがあるぜ」


挑発的な呟きに反応して、威嚇するように野盗は低音を鳴らしながら振り返る。口角を吊り上げながら、俺は悪辣とした殺害予告を更に追い打ちとばかりに叩き付けた。


「小悪党がこの俺の前で、自由に闊歩出来ると思うなよ」


「口の利き方がなっていねぇ女だぜ」


しかし俺と目が合った途端に、野盗の肩からは不自然に力が抜けた。


「どうした?かかってこいよ、ぶっ殺してやる」


と暴言を叩き付けても、殺し合いが始まることはなく不可解な空気が場を濁す。想定と違う反応に肩透かしを食らう。道具と同居している時点で俺も同じ扱いなのだと考えていたが、何故か違うらしい。


「自分が安全だと分かるや否や調子に乗りやがって、痛め付けてやってもいいんだぞ?」


扱い難い雰囲気を醸し出し、脅し文句を吐く。身に覚えのない言動には素直に疑問を呈した。


「何の話だ?」


『既に話は終えています。数日後には無事に教団へと引き渡しされる手筈ですので、ご安心を』


「俺は一人で解決出来る。勝手に手を出すなよ、イラつくな」


『すみません』


品定めでもするかのように、幽霊と繰り返し行う問答を静観していた野盗が不快感を全面に押し出しながら話にならないとばかりに吐き捨てる。


「イカれ野郎が」


用はないと一方的に目を逸らした野盗の背後に、依然として衰えることのない殺意を握り締めて追い縋る。


「三十五番、お前には」


野盗と女の前を遮ってやる。すると野盗の敵意が始めて俺を捉えた。


「オイ、何のつもりだ?いい加減にしやがれ」


不穏な空気を察して、同居人はガタガタと震えている。


「俺から目を逸らすなよ、そんなヤツ放っておけ。呑気に交尾している暇はないぜ」


「萎える女だ、」


平手打ちが頬を打つ。貧弱な肉体は簡単に傾き、眼球がグルグルと回転した。


「血だ」


伝う鮮血が顎を滴り落ちる。口角が吊り上がり、三日月を描く。常識を覆す狂人の発露に野盗の表情は刻々と曇ってゆき、終いには拳を振るうに至る。


「ぐっ!」

「っ!?」


苦悶の声と共に後方に仰け反った野盗は思わぬ反撃に瞠目していた。別に何も特別なことはしていない。避けることなく打撃を受け入れ、目前に迫った顔面を同時に殴り返しただけのこと。


「どうした、何を驚いている?俺が黙って従うと本気で思っていたのか?マジでぶっ殺してやるよ、喜べ、殺し合いだ」


飛び散った鼻血を拭うと、商品へ傷を付けまいと手心を加える野盗に血腥い要求を携えて躍りかかった。俺を侮った傲慢のツケは利子付きで支払って貰う。


「チッ、あの話はどうなる!お前の上司が身代金を持って来る手筈だろ!?」


相手の打撃を肩で防御し、首や胸部を付け狙う。肘を構え、絶好の隙を伺う。貧弱な肉体でも骨は十二分に武器に成り得る。必要なら自分の骨だろうと抉り出して、敵にぶっ刺してやる。


「お前らと言葉を交わしたヤツと俺は別人なんだよなァ」


「人格破綻者め!クソ、ここまで、イカれているなら手脚を削いでおくべきだったんだ」


打撃戦では埒が明かないとタックルし、野盗は膂力によるゴリ押しを図る。合わせて腰を落とし、俺が拳を後頭部に叩き付けるよりも先に野盗の一手が速い。腰へ手を伸ばし、組み付いてくる。


「捕まえたぞォ!絶対に離さねぇ」


一発二発の打撃では、引き剥がすことは困難を極める。狙うべきは急所だ。首や後頭部、搦手として鼓膜や眼球も合わせて狙う。


「接近戦は圧倒的に不利だが、背を晒すのはプライドが許さねぇ」


火力不足を補う為に側頭部へ、脳震盪が狙いの打撃をぶち込む。


「貰ったァッ!」


誘われていたのか、打撃の瞬間に体勢を入れ替えられ、限界まで捻り上げられた腕が回転した。


「へし折ってやる」


「その必要はない」


どう足掻いても今の俺の膂力では引き剥がせない。一切の躊躇いを挟むことなく軋む腕を自らへし折り、拘束を無効化した。利き手を抑えたことで気が緩んでいた野盗の表情が凍り付く。肩口を回して畳んだ肘を、振り向き様に無防備な鎖骨にぶっ刺した。


「ぃいッ!?」


仰け反る野盗の脇に上半身を通して、肘を後頭部に添える。体勢を入れ替えるついでに肘ごと地面に叩き付ける。続けて萎えることのない残虐性が背後に忍び寄る。倒れ伏す野盗の腕を股に挟み、片手を添え、肘関節を破壊した。


「うごぉぉぉっ、ま、まっえ」


上半身を起こした野盗の前歯はへし折れ、舌は絡まり、鼻は行方不明になっていた。


「待てない」


「い、痛てぇ、お願いだから、す、少し、待ってくれ」


「ダメだ、戦え、戦いは敵を殺すまでは終わらんぞ」


患部を押さえる敗者へ貧弱な肉体を引き絞り、容赦なく拳を叩き付けた。流血はしても、潰れも、ぶっ飛びもしない。地味な光景に、前の肉体を羨む。


「弱ぇな、力が足りない。もっと、血飛沫をあげて、破壊してやりたい。まァ、シチュエーションには満足だ」


蹲り、頭を庇う臆病者の前にドス黒い悪意を剥き出しにする。


「ヒヒヒ、小悪党は殴って命乞いさせるに限る。やっぱり勘違いした雑魚の絶望した顔は最高だ」


「少しだけ混ざってもいいだろうか?」


「どうした、改まって」


憮然とした雰囲気を纏う角の生えた女を、訝しげに眺めて首を傾げた。俺に罵詈雑言を叩き付けた時とも、野盗の前で震えていた時とも異なり、瞳には生半可な苦痛なしでは到底映ることはないであろう修羅が映り込んでいた。


「頼む」


既に、勝負は決している。折れた弱者には何の執着もないので、無言で特等席を譲った。


「感謝する」


そう言い残して、俺と入れ替わるように歩み寄る不気味な熱に野盗は脂汗を滲ませて、卑屈な笑みを浮かべる。


「落ち着け、俺とお前の仲じゃねぇか」


「ああ、ホントお前との交尾は最悪だったよ。男が憎い、尊厳を失い、付け上がる男共の責め苦に耐え忍ぶ他なかった、自分自身が何より憎い。微かな希望に縋るしかなくて、抗うことをやめた。でも昔の自分を、新入りが拾い集めてくれたんだ」


「待て、イカれ野郎を捕まえるのを手伝え、自由をやる。な、いいだろ?」


「そんな権限は下っ端に備わっていないと思うが?」


足枷を引き千切る勢いで、角の生えた女は屈辱を噛み締めた憤怒の狼煙を灯して野盗の上にのしかかると、両手で顔面を押さえた。


「いぎゃぁぁっ!」


進む親指は両目に浸かって尚も、更に奥を目指す。野盗は苦痛に呻いて、バタバタと角の生えた女の顔を引っ掻いて抵抗する。


「ぐぅぅぅ」


ドス黒く淀んだ眼球が傾く。視力を失った野盗は迫る悪意に気が付いていない。角の生えた女が喉を鳴らした刹那、暴れる手先を白の羅列が一瞬にして奈落へと呑み込んだのだ。


「あああ、やめてくれぇぇ」


情けない命乞いに角の生えた女は喜悦を噛み締めながら、含んだ異物を噛みちぎる。


「いやぁぁーっ」


もがき苦しみ、消えた指を庇い蹲る。小悪党の絶叫に頬が緩む。深紅に染まった唇から、噛みちぎった指先が飛ぶ。


「満足したか?」


「助かる、凄くスッキリしたわ」


小悪党の血で塗りたくった地獄の中心で心から笑い合う。足下で痙攣し、跳ね、濁音を奏でる邪魔な野盗を蹴り飛ばす。


「見応えがあったぜ、いいぶっ殺しっぷりだ」


「えー、嬉しくない」


と言いつつ満更でもないのか、角の生えた女は目尻を下げる。


「今夜、決行するべきだよ」


思い詰めたように頭を抱える見窄らしいガキに、道化師のような双子は焦燥した面持ちで首を何度も縦に振っている。


「脱獄するのか」


「ずっと前から、脱獄する用意を少しずつ進めていたの」


見窄らしいガキはそこで言葉を区切り、角の生えた女に視線を投げかける。


「一人殺してしまったんだ、他人事じゃない。残ったら、連帯責任で罰を受けることになる」


「俺はお前らがどうなろうが知ったこっちゃない」


「僕も、同じだよ。お前には嫌悪感しか湧かない。でも、分かった、脱獄にはお前が必要だ。」


一体何を投影しているのか、初対面とは思えない憎悪がガキの眼球を介して垣間見える。


「俺が従うとでも?」


「戦えはするが、英雄には及ばない。お前にも仲間は必要だろ」


「俺に不可能はない」


と小賢しい意図を一蹴し、檻の外へと足を踏み出すと、縋り付くような本心が簡単に顔を出した。


「ま、待って!力を合わせようよ、お願い。もう、お前を頼るしかないの」


「うるさい、一々見窄らしい顔を見せるな、イライラする」


気丈に振る舞っても所詮は子供である。啄けば、露呈する未熟な精神には致命的な隙が伺える。







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