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抜け殻の旅路







戦火の絶えない国々の境界線にある辺境の都市を目指す。曰く金さえあれば、全てが容認されている地獄都市。曰く世捨て人の終着駅。曰く地下闘技場を運営する奴隷商人が町を牛耳っているとか。


「曰く名も無き狂人が地下の王として君臨し続けているらしい」


血肉の絶えない軌跡に膝を着き、眼下に広がる澱んだ光景に一摘みの同情を。


「噂を聞く限り、かなり類似しているが自信はない。本物か、はたまた贋作か。要らぬ心配か」


仏に手を合わせ、胸ぐらを漁る。腐った飯と、血塗れた御守りが手に入った。板に象った文字は焼き切れ、生前何を望んでいたのか読み解くことは難しい。


「貰ってゆくぞ」


奪う前に一言呟いて、屍の山を踏み締めてゆく。素足に纏わり付く油分と腐敗臭は、絶え間なく変形し、指の間を気色悪く埋める。


「何の感慨も湧くことはない、生前も今も肉であることに変わりはない。一体何を疑っている。儂も耄碌してしまったか、不要な考えは踏み潰してしまえ」


隙間を探す無駄な行動を、自嘲しながら足を汚す。辺りが暗く染まる頃には野営をし、日が昇る前に出発する。空腹は死者の忘れ形見を漁ることで、活力を維持し続けた。


「儂の存在意義とは、なんだろうか」


人目を憚らず、溢れ出る衰えた言葉の数々に、自信を喪失してしまっていることを改めて痛感した。


「主の怒りを鎮める為の疑似人格、前世を知る地獄の体験者。貴方は忘れてしまったのか、ああ、行かねばな」


辿ってゆく内に、新鮮な血の軌跡へと追い付いた。怒号が鳴り、爆発音が劈く。空は赤く澱んでおり、焦げ臭い。死者の残り香が足下にしがみついて来る。煙の下は野戦の真っ只中のようで、簡易的な城も築いてある。


「遠回りする気はないし、弱者に儂の旅路を阻む権利もないな」


土嚢の山を這い上がり、防衛部隊の後方部へと侵入を果たす。目が合った兵士の顔色は即座に変化した。


「待て」


静止を待たずして、兵士は異常事態を伝える。


「伏兵!伏兵を確認!」


目と鼻の先に控える数十人規模の兵隊が反応した。規則性を持った一糸乱れぬ動きで矢を番え、射る。続け様に、槍を構えた兵士が突撃する。


「当然か、止むを得なし」


諸手を挙げて矢の雨を甘んじて受け入れた。続けて隙間を消すように矢尻に覆われた躰には次々と槍が殺到する。防御力は人間と遜色ないが、驚異的なのはその生命力である。


「儂に人の刃が届くものか」


貫通した槍は体内でへし折れ、脈動する血肉に押し出される。中身が露出した箇所も数刻で塞がり、失った臓物も新しいものへと生まれ変わる。目と鼻の先で、その全てを目の当たりにした歩兵は引き攣った悲鳴を噛み殺しながら腰を抜かした。


「なっ、なっ、」


矢が何本刺さったところで意味はない。もぎ取った歩兵の髑髏を小脇に抱え、降り頻る矢の雨の中を悠々と踏み付け、小賢しい人間の包囲網を容易く突破した。


「うわぁぁっ!!」

「引けぇッー!引けぇッー!」

「うるせぇっ、てめぇがどきやがれ!」

「俺が先だ!隊列を乱すな!馬鹿者がッー!!」


異常事態に及び腰になりながらも勇気を出して武器を構えるが、複数の兵士が逃亡したことで陣形は総崩れとなり、逆流する逃亡者の波に抗う者は須らく地面の染みへと変わる。


「止まれ、我が命令に背く者は斬り捨てる!」


身の丈を超える薙刀を構える巨漢の兵士が流れに逆らい、雪崩込む数の奔流を意図も容易く打ち払った。


「人間よ、儂の前に立つな」


人の波が途切れ、血の霧が発生する。抗えぬ自然災害の如き力に挟まれ、退路を見失った兵士は屈して祈る。己の無事を。作り出した都合のいい存在へと。


「戦え、それ即ち!王が貴様ら愚民に課した責務である」


屈する兵士の首が飛ぶ。薙刀が煌めくと暴風が発生し、続けて血肉の雨が降り注ぐ。


「勇ましいことだ。悪いことは言わん、清く退け。儂の視界を遮るな」


生臭い液体に塗れた薙刀が不意に停止し、部外者へと向く。吉か不幸か、一刻の猶予を与えられた脱走兵は己の無事を噛み締め、都合のいい何かへと手を合わせて祈りを捧げている。宛ら決壊する寸前の脆弱な精神を守る為の一種の防衛本能のような、未熟な現実逃避である。


「我が国に不利益を齎した罪人を、みすみす逃がす訳がなかろう!」


薙刀を滑らせて、柄を地面に叩き付ける。響き渡る轟音に地を這う者共は、矛先が自分へと向くことを恐れて更に身を低く沈めた。


「これは天命に違いない。後方で燻っていた不遇な我の前に、貴様は神が寄越した贄である!貴様が何者かなど些細なことよ。取り零してなるものか、逃さず喰らってやらねば!」


身の丈を超える薙刀を軽々と扱う。腕を軸にして旋回させ、へばり着く血と脂を吹き飛ばす。


「いざ、我が出世街道の踏み台となれ」


妖しく光る刀身に映り込む老人の口は弧を描いていた。


「塵芥が喚くでない、底が知れるぞ」


殺意を孕んで脈動する体内に叩き上げられ、肩口が凶悪に膨らむ。決して相容れることのない二つの自我が混ざり合い空間を汚染してゆく。


「《能力解放》《一閃》」


踏み込みで地面が陥没した。身の丈を超える重厚な武器を、軽々と扱う鬼神の如き一閃が、猛烈な勢いで迫ってくる。


「やるよ」


握り潰した髑髏を通過地点に投げ付ける。半壊し、内容物が漏れる血肉と刃が交差する。


「小癪なっ!」


手を翳して、視界を庇ったことにより一瞬の隙が発生する。急所を僅かに逃した薙刀は、肩口を通過して地面と激突した。斬り捨てられた右腕がズルリと滑り落ちる。不利な間合いを一気に潰す。


「儂の間合だ」


薙刀を構え直す隙はないと悟ったのか、不格好ながら拳を構えて衝撃に備える。


「そんな躰で何ができるっ!」


自らの肉体に絶対の自信を持つ巨漢の兵士は、目先に迫った老体を捉えながら嘲笑う。


「《能力解放》《硬化》」


銀色の高尺を宿し、更に肉体が膨れ上がる。地面が一段沈んだ。


「関係ない」


歯を食いしばった。肩口を添えて、肘を曲げる。脈動する殺意を統率し、眼下の獲物へと握り締めた拳を振り下ろした。戦場に飛来したのは肉を穿つ甘美な音ではなく、鉄と激突したかのような鈍い衝撃音だった。


「げぇぇっー!?」


鋼鉄と化した首筋は陥没し、その余りの衝撃に舌と眼球が引き摺られるように飛び出した。貫通した打撃の衝撃は更なる高波となって、内部を悉く破壊する。硬化によって衝撃を受け流すことに失敗し、内部にまで浸透した波は引くことなく全身を揺らし続けている。


「うぼぉぉぉっ!!」


銀色のオーラが途絶え、膝を折ると凄まじい勢いで辺りに血反吐を撒き散らす。凄惨な雰囲気に、主の欠片が陽炎のように揺らめき反応する。


「愉快愉快、中途半端に硬い人間はこうなるのか」


「ま、待っへ!」


静止に構うことなく、鉄槌を振り下ろして、追撃を加える。地へと沈む上官を虚に収めた傍観者共は等しく平伏した。


「清々しい気分だ、主への理解が深まる」


許しを乞う敗者へと凄惨な目を向ける。意図を察した傍観者共は、一斉に凍り付いた。


「こうさん、降参する。どうか、命だけは」


虫の息で命を握り締める敗者の上へと馬乗りになる。抗えぬ荒々しい気配を前に、愚か者は首を回して傍観者共へと救いを求める。


「おまえら、なにをしている!はやく、たすけろ!」


捕食者の関心の行方に、怯え、等しく平伏していた傍観者共は自らへとスポットライトが向いた瞬間、全速力で駆け出した。


「待てぇぇっ!」


一人を生贄に捧げることで自らが逃げる時間を稼ぐ決断を、示し合ったかのように敗走兵は無言で了承していた。挟んだ足腰で暴れる反動をコントロールしながら、情け容赦なく、生贄へと極限まで手加減をした鉄槌の雨を降らす。


「い、命だけは、」


殴打によって、強者然とした肉体は敗者に相応しい相貌へと変わり果てていた。既に抗う意思は欠片も感じられないが、依然として命を握り締める矮小な意思だけは伝わってくる。


「愉快な面じゃ。よし、喋れねぇと聞けねぇからな、勘弁してやる」


「ありがとう、ございます」


灯った希望に息も絶え絶えで、敗者は感嘆の息を零す。


「いい、許す、滑稽な人間は嫌いじゃねぇ。この辺りで鬼と出会わなかったか?」


凄惨な雰囲気が霧散し、血肉に目を瞑れば何の変哲もない日常的な雰囲気が辺りに漂う。肩に手を添えると、内心の震えが形となって伝わってくる。


「黒髪で、赤い皮膚を持ち、背丈は大体二メートルぐらいの男だ」


蓄えた髭を纏めて、朧げな主の面影を漁る。


「答え次第では、」


「待ってください、このままでは死んじまう」


遮られたことで、友好的な雰囲気が一変し、数刻前の捕食者が顔を出した。腰を浮かせると、意図を目敏く察した愚か者は身を引き摺ってでも懇願する。


「うるせえ」


平伏する盲目な阿呆の右手首を地面ごと容赦なく踏み抜いた。野太い絶叫が木霊する。


「元気じゃねぇか、忠告する。口はな、使えるうちに使った方がいい」


「ひぃ、ひぃ、知らねぇよ!あ、ああ、寒い、イヤだ!死にたくねぇよお、助けてくれ」


「情けなど、とうの昔に捨ててしまったわ。物言わぬ、抜け殻に何を期待している、この愚か者めが」


「どうかお情けを、」


「まあ、でも、トドメは勘弁してやる」


「ぇっ、」


情けを誘う乞食の唇から疑い混じりの吐息が零れる。


「安心するがいい、運命に身を任せろ。貴様が必要ならば、神が施しを与えるだろうよ」


本体以外の怒りや飢えは瞞しだ。所詮は贋作でしかないのだが、眠る本体の残り香が血肉に反応し、欠片の自我を脅かしているのだ。


「命を弄ぶのは望まない、次の犠牲者が出る前に儂は行くよ」


壊滅的な被害を被った防衛地点は、物資と共に崩れ、息絶え、機能していない。大国は証言を元に遅かれ早かれ犯人へと辿り着くことだろう。


「儂と敵対する傲慢のツケは血で贖え。降りかかる火の粉には、容赦のない絶望を焚べてやる」


満身創痍の兵士の残骸を残して、闇に溶け込み、自由を阻害する者共へ静かな闘争心を灯しながら微笑んだ。






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