chapter1-8
シルキアはあてがわれた兵舎の屋上で風に当たっていた。
シャワーを浴びて火照った体には、初秋の冷たい風が心地よい。
沿岸部での輸送機襲撃作戦を終えた第十九混成航空部隊は、白夜の整備のために基地へとんぼ返り。すぐに次の任務に就きたかったが、人員が少ないため、整備には二、三日かかると若い整備班班長言われた。難色を示すシルキアとイルマ。それに反し、ガシータとアリエッタは久しぶりの非番だと小躍りしていた。
不満を漏らすシルキアに、
「ここ最近、転戦に次ぐ転戦でまともに休みが無かっただろ? 特に姫様は毎回戦闘に出て、だいぶ疲弊してんだろ?」
と、ガシータ。心配には及ばないと啖呵を切ったシルキアだったが、
「青白い顔して隣で飛ばれてもなぁ、こっちが迷惑なんだぁよ」
その言葉に、二の句が継げなくなった。
言われてシルキアは兵舎にすごすごと引っ込んだ。洗面所の鏡に映った自分の顔は、緊張の糸が切れたのか青白く、くだびれていた。彼女はイルマからビタミン剤と睡眠薬を貰い、昨日は早めに就寝。日がだいぶ高くなった今になって、ようやく目が覚めたのだった。
魔女故にそこらの兵士よりは体力に自信があったが、そこは生身の人間である。疲れは確実に堆積し、表面に現れていた。隊員に体の事を心配されるなんて、隊長失格だなと、シルキアは自嘲の笑みを浮かべた。
「よう、姫様。ようやくお目覚めかい?」
物思いにふけっていたシルキアの背中に、声がかかる。
振り返れば、そこには整備員と同じねずみ色のつなぎに身を包んだガシータの姿が。彼女は咥え煙草で、両手に缶コーヒーを携えていた。
その姿を見とめたシルキアは、はあと溜め息を漏らした。
「ちょっとガシータ、仮にも軍曹なんだから身なりには気をつけてよ」
「非番なんだから勘弁しろや」
悪びれる様子も無く、ガシータはケタケタと笑ってシルキアと並んだ。煙草の煙が当たらない様に、さりげなく風下に立った彼女に、シルキアは心の中で微笑した。
「皆は? アリエッタの騒がしい声が聞こえないようだけど?」
缶コーヒーを受け取りながら、シルキアは問うた。
「アリエッタは朝一でショッピングに行ったぁよ。新兵を一人荷物持ちに任命して、ジープまで徴発してな」
「ふふふ、相変わらずね」
「イルマは夜明けまで姫様の部屋の前をウロウロしていてな。『お嬢様が心配です』って言ってるイルマに、お前まで体調を崩されたら困る! って叱り付けて、無理やり寝かせた」
眉間にシワを寄せて、虚空にビシッと指を突き立てるガシータに、シルキアは笑みを零した。
「ごめんなさいね、ガシータ。いろいろ……いろいろ気を遣わせてしまって」
「ん? ああ……」
ガシータはポリポリと頭を掻き、ニヘッと力の無い笑みを浮かべた。
「ウチは暴走する奴が多い部隊だからぁね。私みたいなお姉さん役が居ないと、制御できねぇんだよ」
「あら」
ガシータのその言葉に、シルキアは声を出して笑う。それはどういう意味の笑いなんだよと問われ、
「戦闘で一番暴走してる貴方に世話になっているようじゃ、私達の部隊の名折れね」
と、シルキアは皮肉を返した。
「けっ。戦闘は姫様が制御してくれよ、それが隊長の役目だぁろ?」
「非番の時は貴方が制御してくれるの?」
「ああ、そうそう。それだ、それだ。そうやってバランス取ってんだよ私は。持ちつ持たれず、支えあっていくのが仲間ってぇもんだ」
それから二人はひとしきり笑い合った。ああ、こんなに笑ったのは久しぶりだなと、シルキアは傍らに立つ戦友に感謝した。
「本当、ありがとうねガシータ。貴方には世話になりっぱなしだわ」
「よせやい、気持ち悪い。部隊長ってぇのは、もっとビシッとしてて、横暴にしてなきゃ」
「はい、善処します」
シルキアは缶コーヒーを傍らに置き、指を揃えて最敬礼。その後頭部に、ガシータは苦笑を落とした。
と、ギャリギャリと耳障りな音が響いた。
二人が何事かと見れば、近くの格納庫から一台のトラックが飛び出したところだった。トラックは二人の足元を走り抜け、滑走路を疾走している。
おお、とガシータが声を上げた。
「なんだ、なんだ? 随分と物騒じゃないかぁ?」
物騒だと言いながら、その瞳はキラキラと輝いていた。状況を楽しんでいるなと、シルキアは思った。
そのすぐ後、同じ格納庫から女の子が飛び出した。長い栗色の髪を風に遊ばせる、どこにでも居そうな普通の少女はしかし、ライフルを小脇に抱えていた。その様子に、さすがのシルキアもギョッと目を剥いた。
困惑に目を白黒させるシルキア。期待で目を輝かせるガシータ。二人の目の前で、少女はペタンと地面に伏せ、出し抜けに発砲した。
次いで、トラックがコマの様にクルクルと回り、停止した。
その光景に、
「おお!!」
とガシータは叫び、手摺から身を乗り出した。
「この距離で当てたのか、あの子!? すげぇ! すげぇ!」
彼女は沸きあがる興奮を抑えられず、子供のようにピョンピョンと飛び跳ねる。
「なあ、すげぇよな、姫様? 何者だろうなあの子?」
言いながらガシータが振り返ると、シルキアは絶句していた。目の前の光景が信じられないといった様子で、その場に立ち尽くしていた。その様子に、ガシータは怪訝な表情を作る。
「……姫様?」
「本当、たまには休みを取らないとダメね。思わぬ拾い物をしてしまったわ……」
ブツブツとうわ言を呟くシルキア。ガシータは彼女の肩をポンポンと叩き、顔を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
その言葉にハッと我に返ったシルキアは、コホンと咳払いをし、ガシータに向き直った。
「あの子、『邪眼』を使ったわ」
「邪眼? ああ、邪眼かぁ……。てぇ事はあの子は魔女って事だぁな。驚いて損したぜ」
「あの子、時間を止めたわ」
その言葉に、ガシータは「は?」と間の抜けた声を上げた。
「邪眼の力を使って時間を止めたのよ。流石に時間が止まった事は知覚出来なかったけど、時間の減速と加速は感じ取れたわ」
ガシータはその言葉を聞き、たっぷり数秒かけてその言葉を反芻した。そして、苦い表情を作った。どうやら、シルキアと同じ考えに至った様だ。
「姫様……。私はユーモアは分かるつもりだが、それは冗談がすぎるぜ? 邪眼使いで時間を止める力を持っているのはぁ、連邦に一人しか居ないぜ?」
「確か、娘さんが居たはずよ。もし、その娘に能力が引き継がれていたら?」
その言葉に、ガシータはハッとなる。そして、口の端を持ち上げてニヤリと笑った。
「そいつぁ、最高に面白い事になりそうだなぁ?」
唐突に、警報が鳴り響いた。
今更ながら、兵舎から兵士がワラワラと飛び出し、トラックに殺到する。
それから十数秒置いて、
「お嬢様、ご無事ですか!?」
と、ホットパンツにキャミソール姿で、肩にジャケットをかけたイルマが屋上に飛び出してきた。
「前をしめなさい!」
とシルキアに叱責され、イルマは慌ててジャケットのボタンをしめた。
「それより、この警報は何事ですか!?」
「もう事は終わっているわ。そんな事より、こっちに来なさい」
シルキアはイルマの腕を引っ張り、屋上の縁から眼下を見た。すると事態は急展開を見せており、先ほどの少女が完全武装の憲兵に両脇を固められ、連行されているところだった。
状況を把握できないイルマは、目の前の光景に怪訝な表情を作った。
「あの、お嬢様、これは一体……」
「あの子の正体を調べなさい、出来るだけ早く、確実に、基地関係者の誰よりも早く。そして、可能なら私の前に連れてきなさい」
なぜと問おうとして、しかしイルマはその言葉を飲み込んだ。シルキアが、いつになく真剣で、それでいて楽しそうな顔をしていたからだ。その向こう側で、ガシータも同じ表情をしていた。
二人の顔を見やり、イルマはたった一言
「了解」
と応えた。
「なるべく急ぎなさいイルマ。さもなくば、次の作戦の台風の目を、みすみす逃す事になりかねないわ」




