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chapter1-7

 情報の濁流の中にエリカは居た。

 世界を構成するあまたの情報が、際限なく、間断なく押し寄せる。無限と思えるそれらの情報をエリカは知覚し、精査する。自身にとって必要と思える情報だけを搾取する。目の前のトラックを狙撃する、ただのそれだけのために必要な、必要最低限の情報を。

 その作業をする間にも、時間は流れていく。その度に、情報は更新され、押し寄せる。エリカは自身の思考能力を加速する。常人なら数瞬の内に発狂しそうな速度でエリカは思考する。

 その作業を繰り消す内に、エリカの情報処理能力が一線を越えた時、世界は静止した。エリカの能力が、時間を超越したのだ。

 本来の時間軸と生物が知覚する時間では、前者の方が幾分か早い。生物は目から入ってきた情報を脳が認識し、それを意識下に投影した『像』を見ているからだ。故に脳が情報を処理して像を結ぶまでの、0コンマ数秒のタイムラグが発生するのだ。これは高等生物と言われる人間にも当てはまる。エリカはそれを追い越し、追い抜いたのだ。

 それは生物にとって、物理世界にとってあってはならないことである。

 なにせ存在しないはずの未来の光景を見ているのだ、それは物理法則に対する越権行為である。そしてその行為に対して、世界は静止するという行動を起こしたのだ。物理法則の矛盾を補完するために。

 これが、エリカの能力である。

 彼女は静止した世界をグルリと見渡し、己の仕事の仕上がりに満足した。

「ああ……。疲れた」

 エリカは声にならない、音にならない呟きを漏らす。なにせ世界は静止しているのだ、空気が震える事は無い。

 彼女は意識を前方のトラックに集中した。すると、視界がそこにズームアップし、あたかもトラックが眼前にあるように見ることが出来た。

 エリカは今や目の前の迫ったトラックをしげしげと眺める。そして、それが防弾性のタイヤを装着している事を看破した。

「タイヤはダメか……」

 さてどうしたものかと、エリカは隙間無く鉄板で補強された軍用トラックを睨みつける。と、彼女は後輪の車軸の一部に、錆があるのを発見した。もとからそうなっていたのか、古いトラックを騙し騙し使っていただけなのか。兎に角車軸の一部に劣化が見られた。

 エリカは心の中でほくそ笑んだ。

 彼女は車軸の錆、大きさにして横幅二センチ足らずのその部分に狙いを定めた。走行中のトラックの車軸を狙撃するなどという芸当、本来なら不可能ではあるが、なにせエリカには未来の情景が見えているのだ。トラックが移動するはずの位置に向かって撃てば、後は世界がそのように成るだけだ。

 エリカは呼吸を止め、全身を緊張させる。

 そして、術を解いた。

 刹那、世界はワッと騒がしくなった。

 風が流れる。鳥が羽ばたく。人々は駆け。トラックは走り出した。動き出した世界の中で、エリカは銃口を右に一センチほど動かし、引き金を引いた。狙いを定めるでもなく、無造作に。

 弾丸はキュルキュルと回転しながら空を切り、真っ直ぐに飛んでいく。そして、錆びた車軸の上半分を抉り、己の仕事を終えた。車軸が自重を支えられなくなってポキリと折れ、左の後輪を派手に飛ばした。急に支えを失った車は強かに尻を打ち、突然の衝撃に運転手が誤ってハンドルを切ったためにクルクルと回転した。そして滑走路にブレーキ跡で落書きをしながら、静止した。

 エリカが憲兵から銃を奪って発砲し、トラックが止まるまで十秒も経っていない。しかもギャラリーはエリカが時間を止めた下りは知らないため、彼女が急に寝転んで急に発砲したようにしか見えない。

 目の前の事があまりに信じられなくて、その場に居た全員が立ち尽くしていた。

 と、

「確保ぉ!!」

 エリカが叫んだ。その声で我に返った兵士達は武器を手に取り、トラックに向かって猛ダッシュ。思い出したように、基地内に警報が鳴り響いた。

 エリカは大きな溜め息を一つ。ライフルからマガジンを外し、薬室から空薬莢を排莢。ストラップを肩にかけ直し、ライフルを背中に回した。

「……銃を撃ったの、お母さんとキジ狩りに行って以来ね」

 と、先ほどまで動向を伺っていたギャラリーがエリカをワッと取り囲んだ。皆口々に感嘆と賞賛の声を浴びせる。中にはよほど感動したのか、エリカに握手を求める者までいた。ある男が胴上げをしようと言い出したが、エリカはスカートだからと丁重にお断りした。

「それにしても凄かったな。お嬢さん、実は軍関係者だとか?」

「いえ、母が趣味でその、スポーツ射撃をやっていて。私も小さい時に仕込まれたんですよ」

「趣味でやって、あんな遠くを走っていたトラックに当てられるんだな……」

「お嬢さんはきっと才能があるんだな。来年の世界大会に出たらどうだ?」

 一同に笑いが起こった。皆上機嫌である。これは暫く開放してもらえないなと、エリカは苦笑いを浮かべた。

 しかしその予想は意外な形で裏切られた。

 エリカはその後駆けつけた機動隊によって囲まれ、程なくして連行された。

 『魔女の箒』の強奪事件の直後である。基地関係者はエリカもスパイ、もしくはその関係者ではないかと睨み、彼女を拘束したのだ。自分はただの女学生であると弁明したが、走行中のトラックを狙撃できる女学生はなかなか居ない。その発言は、すぐに却下された。

 これ以上拘留されては敵わないと、エリカは自身がポリッシア・コンターチェの娘だと明かした。

 そして、尋問官の男に土下座されたのだった。


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