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chapter1-6

 言いだしっぺなだけはあり、若い兵士のガイドは中々のものだった。案内する所など皆無なため、道中のほとんどは移動時間だったが、それでも彼は皆を飽きさせまいと、時々ジョークを交えながら休み無く口を動かした。その間、エリカの隣にピッタリとくっ付いていたが、折角の好意を無下にしてはいけないと、彼女は耐えた。

「さあ、本日のメインイベントです。会場はこちら〜」

 そう言って兵士が案内したのは、一棟の格納庫。見た目は他の格納庫と変わりないが、一歩その中に足を踏み入れ、一同は目を剥いた。

 そこにあったのは『魔女の箒』。しかも三機。

 一同は歓声を上げた。

「すげぇ、『魔女の箒』だ! 生で初めて見た!」

「まさかこんな田舎の基地で見れるなんて……。式典でしか見れないと思ってたのに!」

 皆箒に駆け寄り、兵士に制止された。

「はいはい気持ちは分かりますけど、これ以上近づかないで下さいね? 見せるだけでもギリギリなんですから」

 そこはまるで、遊園地か動物園。いい年の大人が目をキラキラさせて、箒を見つめている。その中で、やはりと言うか、エリカだけが苦い顔をしていた。『魔女の箒』がここにあるという事は、その乗り手である魔女が居ると言う事。もしその魔女に会ってしまったら、たちまちの内に正体を看破されかねない。

 今日はこの基地の客間を借りて一泊し、明日観光地を巡って帰るつもりだった。しかし、状況が状況である。エリカはその場から逃げ出したくてたまらなくなった。しかし及び腰な所を若い兵士にエスコートされ、一団の先頭に連れて来られた。

「ここなら箒がよく見えるでしょ?」

 白い歯を見せて笑う兵士に、

「こんな物、実家の納屋に置いてあるわ!」

 と言い返したいエリカだったが、すんでのところで言葉を飲み込んだ。

「本当なら魔女の皆さんを紹介したかったんですが、長旅の帰りで今は休んでおられます。そこで、不肖私めがこの『魔女の箒』をご紹介させていただきます」

 恭しく頭を下げる兵士に、一同は拍手を送る。エリカは遠くを見ている。

 若い兵士の話を掻い摘んで列記しよう。

 三機の内の一機、白亜の機体。名は『白夜』。『魔女の箒』の中で最もポピュラーな機体であり、連邦に所属するほとんどの魔女が愛用している信頼性の高い物である。特徴は二基の大型エンジン。機体のほとんどを占めるそれは長距離の行軍にも耐え、燃料タンクを搭載すれば大洋を横断する事も出来る。単座と複座が存在し、今目の前にあるのは複座である。

 もう一機、青色の機体。名は『碧瑠璃』。相当に古い機体であり、またその特異な設計思想から使用者はほとんど居ないという。特徴は両側に据え付けられた機関銃。仰々しいそれは、もともと拠点防衛の対戦車用の物らしい。碧瑠璃は制空権を掌握するための機体で、大型の重火器を搭載する事を主眼に置いた機体らしい。故に動きは鈍重で、あまり人気はないという。

 最後の一機、真っ赤な機体。名は『緋連雀』。他の規格と一線を置く、前衛的な機体。特徴は本体下部に取り付けられた、重さ二百キログラムの質量刀。対魔女の箒を想定した空中での白兵戦用の機体で、主な攻撃方法は自突。質量刀を相手に突き刺し、そのまま両断する。それが無理な場合、質量刀をパージして相手にぶつけるという。ただでさえ操縦の難しい魔女の箒に、二百キロの刀なんて物を搭載しているため、当然の事ながら使用者は少ない。ただその威力は絶大で、緋連雀が戦場に居るだけで相手には相当なプレッシャーになるという。

 最後に、ここに並んだ機体は使用者が多大に改造を加えたため、既製品とはまるで別物になっていると付け加えた。

 一同はその説明に「おお」とか、「ふうん」とか感嘆の声を上げるが、エリカにとってはほとんどが既知の事ばかりなので、話半分で聞いていた。それよりもいつ魔女が現れるのかと、周囲に気を配る事に必死だった。

「兵士さん、そっちのトラックは何だい?」

 と、ロビーで話をしていた男がトラックを指差す。それは軍用の真っ黒なトラックで、荷台には幌がかかっていた。

「ああ、これですか? これはついさっき届いた物で、なんでも白夜の新型パーツとかなんとか……」

「へえ、そう……」

 しげしげといった様子で、男はトラックに歩み寄る。兵士が慌てて駆け寄った。

「ああ、いけません! さっき近づいたらいけないと言ったじゃないですか!」

「ああ、そうだった。そうだったな。だけど、そればっかりは聞けないな」

「……はい?」

 兵士が怪訝な表情を作ると、そのまま後ろに卒倒した。突然倒れた兵士に呆然とする一同。次の瞬間には、

「動くなあ!!」

 と叫ぶ男に、銃を突きつけられていた。

 一連の動きを、エリカだけはしかと見ていた。近づいてきた兵士に対して、男は掌底を放った。脳を綺麗に揺さぶられた兵士はそのまま気を失った。男は傾いで後ろに倒れる兵士のホルスターから銃を奪い、素早く安全装置を外してエリカ達に向けたのだった。

「へへへ……。仕事とは言え、人を殺すのはあまり好きじゃないんだ。大人しくしてくれよ?」

 男はエリカ達を遠巻きに見ていた兵士達に叫ぶ。

「おい、鍵だ、鍵を持って来い! そこのトラックの鍵だ!」

 騒ぎを聞きつけて兵士が集ってくるが、揃いも揃って新兵ばかり。ライフルで武装した憲兵も居たが、対処に困っている様子だった。

 しびれを切らし、男が再び叫ぶ。

「おい新兵ども、よく聞け! そこのトラックの鍵を大人しく渡すか、民間人の死体を十体積み上げるかだ! 考えなくても分かるだろうが!」

 男の恫喝に、憲兵が鍵を掲げた。男はその鍵を投げて寄越すように言い、憲兵はそれに従った。トラックに乗り込む直前、自分を見つめる人々をグルリと見渡し、

「この新型パーツ、ペルーチア帝国が頂いた!」

 男は声高らかに宣言し、トラックを走らせた。

 トラックは何も出来ずに立ち尽くしていた兵士達の隣を抜け、悠々と格納庫から走り去っていった。

 一同、呆然である。

「ああ、追いかけないと……」

「どうやって?」

「ああ、それならまず本部に連絡を……」

「もう、なにボサッとしてんのよ!」

 突然の叫び声。ビクリと体を震わす兵士達。彼らが声のする方を見ると、そこには仁王立ちをするエリカの姿が。いつのまに移動したのか、彼女はそこに立ち、憲兵を睨みつけていた。

「そのライフルは、飾りなの?」

「いや、しかし、人質が居たので安易には発砲できなくて……」

「頼りないわね、貸しなさい!」

 答えを聞く間も無く、エリカは憲兵からライフルを毟り取った。そしてストラップを肩にかけ、格納庫の外に駆け出した。

「ああもう、何やってんのかしら私? でも放っておくわけにはいかないし……」

 ブツブツと悪態をつきながら、エリカはスコープを覗く。トラックは滑走路をかなりのスピードで疾走しており、その背中はすでに小さくなっていた。

「この距離じゃ、普通に当てるのは難しいか……」

「お嬢さん、危ないから銃を返しなさい」

 ようやっと正気に戻った憲兵が仕事を思い出し、エリカの肩を掴んだ。そんな彼の顔を見上げエリカは、

「この銃、有効射程は?」

 と聞いてきた。

 唖然とする憲兵に、エリカは強い口調で再び質問する。

「有効射程は!」

「は、はい! 直線距離で三千メートルです!」

 エリカの迫力に、憲兵は素直に応えてしまった。「十分だわ」とエリカは答え、その場に腹ばいになった。洋服が汚れるのも、スカートが捲れるのも意に介さない。太ももが露になると、憲兵はサッと目を逸らした。

 ストック部分を肩に当て、銃身を固定。コッキングして弾を装填し、銃口をトラックの背中にヒタと合わせた。セオリー通りならば、ここでスコープを覗いて狙いを定める所だが、エリカは裸眼でトラックを睨んでいた。

 彼女は、「はあ」と溜め息をついた。

「お母さん。なんで私をこんな風に育てたの? 私は普通の生活がしたいのよ? 普通の女子高生は、ライフルなんて撃てないのよ?」

 もう一度「はあ」と溜め息をついて、エリカは目をカッと見開いた。瞳孔が目一杯開き、翡翠色の瞳がその色を濃くしていく。

 刹那、世界が遅滞する。

 ゆっくり、しかし確実に。世界は歩みを遅くする。人々は歩を休め、鳥は羽ばたく事を止め、風は急に止まり、空気が淀む。

 何もかにもが緩慢となり、やがて世界は静止した。

 エリカだけを残し、世界は静止した。


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