chapter1-5
エリカが基地に着くと、彼女と同じ面接希望の人間が二十人ほど集っていた。エリカ達は会議室の様な部屋に通されると、基地内での行動、立ち入り禁止区域などの説明を受けた。
その説明のすぐ後に面接が始まり、あれよあれよという間に終わってしまった。エリカは一抹の不安を覚えた。あまりにも、あっけなく、滞りなく事が済んだからだ。人は順調すぎることに、嫌疑するものだ。
しかし同じ厨房勤務希望の女性に、
「面接なんて形だけよ。人手不足だから、たぶん皆採用でしょう」
そう言われ、ホッと胸を撫で下ろした。
こうして、難航を極めたエリカ・コンターチェの就職活動はひとまずの決着を迎えた。こんな事なら、最初からここを希望しておけば良かったと、エリカは心の底から思った。
そして、エリカはこの基地を紹介してくれた級友、メイリンに感謝した。
首都のある方角に手を合わせ、彼女は深々と頭を下げた。
「ああ、メイリン様メイリン様ありがとうございます。おかげで就職できそうです。本当にありがとうございます」
そこには青い空が広がっているだけだが、エリカの目には「いいってことよー」と爽やかな笑みを浮かべるメイリンの姿が見えていた。
予想外の早さで計画をこなしてしまったエリカは、手持ち無沙汰になってしまった。共に面接試験を受けた面子の内半分は、こうなる事を予想していたのかいそいそと帰路に着いた。もう半分、エリカの様に肩透かしを受けた人々は、基地のロビーに固まって談笑していた。
エリカがその一団に近づくと、
「やあ、君もかい?」
と声をかけられ、共に苦笑を浮かべた。
ロビーに備え付けられた自動販売機でブラックコーヒーを購入し、エリカはその会話の輪に加わった。そこでエリカは、近い内に空軍の大きな作戦があり、その拠点としてこの空軍基地が使用されるらしいという事。そのために、こうして広く人員を募集し、大量に雇い入れているらしいという事を、地元出身で妙に事情に詳しい男から話を聞いた。
「だったら、地方の基地から兵士を連れてくればいいんじゃないか?」
と、別の男が問うた。「確かにそうだ」と、周囲も同意の頷きを見せる。
「本当は、それが一番なんだけどな……」
と、男は前置きし、話を続ける。アルキディア連邦とペルーチア帝国の戦争は航空機の発展により、攻撃が広域化し、戦場が爆発的に拡大したという。その度に両軍は駐屯基地を作り、前線を伸び伸びにしてしまった。各基地はいつ来るとも知れぬ敵の、しかし決して無視することが出来ない敵の襲撃に備えて、常に定数の人員を置いている。しかし基地そのものの数が多いため、万年人手不足。各基地は常にギリギリの運営をしている。
そのため、人員移動もままならず、大きな作戦がある時は、今回のように民間人の手を借りる事がよくあるという。
「まあ、そのおかげで地方が潤うんだがね」
男はそう言って話を締めくくり、持っていた缶コーヒーをグイッと煽った。
エリカはその話を聞き、一つの不安要素に思い至った。この基地が戦場になるという可能性だ。アルキディア連邦とペルーチア帝国の戦争は、もう百年も続いている。エリカが生まれる、ずっと前から。ニュースを見れば毎日のように戦火を称える放送が。街に出れば、軍への入隊を勧めるポスターが。彼女にとって、彼女の世代にとって戦争は当たり前の存在で、それ故に実感のない存在だった。
ここ数十年大きな戦闘が無かった事もあり、人々は戦争という言葉に麻痺していた。それが、こうして目の前に現実を放られ、エリカは戸惑いを覚えた。戦争の事は、母親から耳にタコが出来るくらい聞いてきた。その凄惨さも。その場所に自分が立つかもしれないという可能性を知り、身震いした。
それは、他の者も同じらしい。皆、些かの緊張を孕んだ表情をしていた。
「あれぇ? 皆さんお帰りにならないんですか?」
と、場にそぐわない素っ頓狂な声。
緊張した空気を破られ、一同はガックリと肩を落とす。
エリカが声のする方を見ると、そこには真新しい作業着に身を包んだ、若い男の姿が。誰が見ても新兵と分かる彼は、愛想笑いを浮かべ、こちらに手を振っている。
「面接試験ご苦労様でした。皆さんは、こちらで何を?」
言葉はその場の全員に送られたものだが、視線はエリカに固定されている。彼女が視線を合わせると、白い歯を見せて笑った。
「私達は、その、雑談を。面接が思いのほか早く終わってしまったので、手持ち無沙汰で」
「ああ、なるほど。次のバスが来るまで、だいぶ間がありますからね」
若い兵士は、壁掛け時計を見ながら、「うんうん」と独り頷いた。
「そこで、私から皆さんに提案がございます。今から基地の中をご案内しようと思うのですが、どうでしょう? これからご自身が働くであろう現場を見るというのは?」
その申し出に、一同は喜んだ。是非にと、皆勇み足である。地方の駐屯基地なんて珍しくもないし、何より見る所など一つも無い。だが、皆暇を持て余しているため乗り気である。
「では皆さん、こちらへ。立ち入り禁止区域もありますから、私からはぐれないで下さいね?」
言葉はその場の全員に送られたものだが、視線はエリカに固定されている。彼女が視線を合わせると、白い歯を見せて笑った。




