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chapter1-4

 眼下を流れていく錆色のレールに、エリカは些かの不安を覚えた。走行中にポッキリと折れて、列車が脱線しないかと。その事を通りすがった車掌に問いただすと、

「ははは、大丈夫ですよ」

 と一笑された。

 何が大丈夫かまでは、教えてくれなかったが。

 エリカは現在、件の空軍基地に面接試験に向かうべく、鈍行列車に揺られていた。

 面接は首都に面接官が出向いて行われる手はずだったが、基地を見ておきたいというエリカの希望で、基地内で行う事となった。というのが表面上の理由で、その真意は就職活動という名目で堂々と休みを貰い、場所が遠地という事にかこつけて一泊二日の小旅行をしようというものだった。

 コンターチェの娘だと持ち上げられていても、そこは学生の身。授業に出て単位は取らなければならないし、レポートの提出も義務付けられている。学業から身を離し、羽を伸ばしたいという思いは、普通の学生と変わらない。

 彼女は奮発して――と、言っても本当に奮発したのはカシアだが――予約した対面式の四人席を独り占めし、大きく伸びをした。

 大きく取られた窓を覗くと、その先に広大な牧草地帯。人工物の類はほとんど見受けられず、木も数えるほどしか生えていない。なだらかな丘陵地帯を利用して拓かれたそこは、都会には無い見晴らしの良さがある。

 その牧草地帯に斑になって集落が点在する様は、まさに田舎。それ以上にもそれ以下にも形容しがたく、しかし妥当な表現である。

 エリカはまさに、田舎の風景を満喫していた。

「懐かしいな」

 図らず、呟きが漏れた。

 エリカは幼少期を、このような田舎で過ごした。田舎といっても、試験農場として区画整備された集落で、今目の前に広がっている風景よりは人工物があり、整然としていた。

 しかし開け放たれた窓から流れ込む草の爽やかな匂いや、時々混じる堆肥のツンとする臭いなどは、昔感じたそれと同じだ。

「都会に長い事いると、忘れちゃうのよね」

「お嬢さんは、ネオ・コルテット市から来たのかい?」

 エリカの独り言に、応える声。声がする方、隣の席に視線を向けると、老夫婦が柔和な笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「あ、はい。面接試験のために、空軍基地まで」

「あら、じゃあお嬢さんは軍人さんになるの?」

「いいえ、基地といっても厨房ですから。コックの見習いのような事をすると思います」

「いやあ、それにしても関心関心。厨房とは言え、国防のために働くのだから」

 そう言って、スリーピースに身を包んだ老紳士は笑った。その笑い声、独特な笑い方を聞いて、エリカはその老紳士を軍属か、元軍人だと予測した。

「お二人とも、首都から?」

「ええ、孫に会いに。うちの子も、今年で高等部を卒業して就職するのよ? 絵描きさんになるんだって」

「へえ、夢のあるお話ですね」

「最初は孫の夢を応援していたが、お嬢さんに会って気が変わったわい。こんな可愛らしいお嬢さんですら空軍基地で働いているんだから、お前も軍人になって国の役に立てとな」

 老紳士は再び声を上げて笑った。その対面で、老婦人が困ったような笑みを浮かべていた。

「そう言えば、さきほど懐かしいと言っていたが、お嬢さんはこの辺の出身かな?」

「いえ、もっと東の。モントイルの生まれです」

「モントイル……。聞いた事があるな」

 顎を触りながら思案に入る老紳士に、老婦人が声をかける。

「試験農場、だったかしら? 戦争が始まってすぐの頃、焦土でも栽培できる野菜を作るために、お国の出資で建てられた……」

「はい、モントイルは農場都市です。私はそこの出身です」

「ほお……」

 そうは見えないと言われ、エリカはよく言われますと応えた。

「幼少期は、牛や馬に囲まれて、土いじりをしながら過ごしたんですよ?」

「そうなの。今はこんなにハイカラになって……。あら、今の子はハイカラって言わないわよね?」

「ふふふ、そんな事はないですよ? 今でこそこうしてお洒落したり、化粧したりしてますけど、こうして田舎の風景を見ていると、懐かしくなりますね……」

 言いながら、エリカは窓の外に視線を転じる。つられて、老夫婦も外を見る。そこは相変わらずの田舎で、牧草地が延々と続くのではないかと思われる。

 エリカは、目を細めた。

「普段は見慣れた光景だけど、都会から帰ってくると、なんだかとても懐かしい物に見えてくるわね……」

「そうだな……」

 エリカに触発されたのか、老夫婦も目を細めて外に視線を投げている。

「お二人は、お住まいはこの辺りですか?」

「ええ。私達も農家なのよ?」

「オリーブを作っている。ウチのは極上だぞ?」

 ニッと歯を見せ、老紳士は笑った。

「望郷の念にかられたのなら、ウチに来て手伝いをしないかね? 土も泥も触り放題だぞ?」

「嫌よねえ、そんなの?」

「あはは……。気が向いたらお伺いします」

 それから、三人はひとしきり笑い合った。

 都会に居ると、皆遠慮と畏怖の念からエリカとあまり話をしようとしない。彼女とまともに会話できるのは姉のカシアと、メイリンくらいである。だから、こうして見知らぬ人と他愛のない話に花を咲かせるという事は、エリカにとって貴重だった。

 これだけも、この小旅行の成果があったと彼女は思った。

 と、列車が急に減速した。

 決して大きくはないが、確かに体に感じる揺れ。突然の事態に、何事かと乗客がどよめく。

 暫くの後、車内アナウンスが事態の説明をした。

『緊急車両を先に通すため、当車は退避線路に入ります。発車は十分後を予定しています。しばらくお待ちください』

 エリカ達が乗る列車はガクンと大きく揺れて退避線路に入り、すぐに停止した。

 老婦人が、不安げに窓の外を見やる。

「あらあら、一体何事かしらね?」

「緊急車両とか言っていたな……。珍しい事もあるもんだ」

 エリカは他の乗客達がそうしているように、窓から身を乗り出し、先ほどまで列車が走っていた本線を見る。急ぐ旅路ではないが、自分達を押し退けてまで急いでいるという、緊急車両とやらを拝んでやろうという魂胆だ。

 緑色の牧草地帯を貫く、茶色の線路。その上を、黒点が走っている。それはこちらにグングン近づき、見えたと思った瞬間には、物凄い勢いで通り過ぎていった。そのあまりのスピードに、乗客達はポカーンとしていた。

 その中、エリカだけが怪訝な表情をしていた。

 彼女は、確かに見たのだ。仰々しく鉄板で補強されたディーゼルエンジン車。その後ろには、『野菜』とだけ書かれた地味な色のコンテナが連なっている。十両編成の、何の変哲も無い貨物列車の車列を。

「あれのどこが緊急車両なのかしら?」

 ブツブツと不満を漏らしながら、エリカは席に着いた。

 暫くして、列車は緩慢な動きで運行を再開した。


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