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chapter1-2

「エリカ、貴方はもっと自分の運命に譲歩すべきなのだわ」

 級友のメイリン・スターの言葉に、エリカは苦い表情を浮かべた。

 場所は市立ネオ・コルテット第一高等学校。言わずもがな、エリカとメイリンが通うアカデミーである。二人は現在、校内にある図書館に居る。雑木林によって適度に拡散された斜陽が差し込む窓際の席で、二人は学生向けに交付されている求人票の束を挟み、対峙している。

 紙の束の頂上は、エリカが先日面接を行った工場の物で、赤ペンで大きくバツ印が描かれていた。

 その紙の束を叩き、メイリンは言葉を放つ。

「要はねエリカ、貴方は普通の企業に就職するのは無理だと言う事よ。もういい加減に諦めなさい?」

 口調は優しいが、その内容は辛辣な物だ。有無を言わさぬその物言いに、エリカの胸はズキンと痛んだ。

「メイリンさん、手厳しいんですね……」

「あら、手厳しいとは心外ね。私は目の前の事実を言ったまでよ。違ったかしら?」

 その問いにエリカは「NO」と言えない。そして恐らく、目の前の級友はそれを承知で質問しているらしいと、彼女は感じていた。

 打ちひしがれている友の姿を見て、メイリンは溜め息混じりに話し始めた。

「もう一度言うわエリカ、貴方はもっと自分の運命に譲歩すべきなのだわ。もっと現実を見なさい。貴方がエリカ・コンターチェである以上、それこそ偽名でも使わない限り、民間企業、ましてや工場なんかに就職できるわけ無いじゃない。それほど『コンターチェ』という名前の力は偉大なの。それは貴方が一番理解している事でしょ?」

 そう言って、メイリンは再び紙の束を叩いた。バツ印の書かれた、求人票の束を。コピー用紙を叩くパシンという音に、エリカはビクリと肩を震わせた。

「分かってるよ、分かってる……。分かってるけど、私は……」

「普通の女の子と同じような生活がしたい? 貴方の言いたい事は分かるわよ、だけどそれはどだい無理な話だわ。周りを見てみなさい?」

 言われてエリカは周囲を見渡す。

 そしてすぐに、隣の席の人間と目が合った。それだけではない。隣の席の、そのまた隣。貸し出しカウンター、入り口、準備室。彼女の周囲、三百六十度あらゆる方向から視線を感じる。それは興味、好意、畏怖、様々な感情が入り混じった視線だった。

 ふと視線を上に転じれば、二階の手摺から下級生の女子の一団が身を乗り出してこちらを見ていた。エリカがぎこちない笑顔で手を振ると、黄色い声を上げて彼女達は引っ込んだ。

「ねえ、エリカ」

 エリカと同じように二階を見上げていたメイリンが問うた。

「今日も、下級生からラブレター貰った?」

「うん、貰った」

「それ、どうしたの?」

「本人に手渡して、キチンとお断りしたけど?」

 その言葉に、メイリンは再び溜め息をついた。

「まったく……。毎日ラブレター貰ってるんだから、捨て置けばいいのに。貴方のそういう所がさらに人気を呼んで、連鎖的にファンを増やしているという認識が無いのかしら。まあ、その話はまた後日するとして……」

 咳払いを一つ。メイリンは再びエリカに向き直る。

「学生でさえああいう風に貴方、エリカ・コンターチェに憧れ、尊敬の念を抱き、特別な存在として認識している。それが大人や企業なら、その思いはさらに強くなるのよ。体裁を気にするからね。アルキディア連邦の英雄の娘をオイルまみれにして働かせているなんて知れたら、悪意の第三者からどんな事をされるか。それが怖いのよ、大人は」

 言われてエリカは、思い返す。

 彼女は幼少期の頃から、大人達に腫れ物に触るような扱いをされてきた。教室の座席は常に最前列。催し物をすれば常に主役。校内、校外問わず、式典を開くとなると、代表挨拶を必ず頼まれた。

 彼女はそれらの一々を、必ず断っていた。そして、自分が何か粗相をしたのではないかという怯えきった表情の教師に、必ず説得されていた。エリカはそんな歴々の教師の顔に、嫌悪感を抱いていた。

 過去のトラウマを思い返し、エリカは顔を歪めた。

唇を噛み、まるで嘔吐を我慢する様に息を詰めているエリカの姿に、メイリンは顔を青くした。

「わ、わ、わ、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃなかったの! そんなつもりって言うのは、つまり、その、貴方を不快にさせたいんじゃなくて、貴方を心配して……、ああ、それにしても言いすぎよねごめんなさい!!」

 言いながら、メイリンは思い切り頭を下げた。

 思い切りすぎて、彼女は机に額を強打した。

 先ほどまでエリカをケチョンケチョンにしていたというのに、エリカが苦悶の表情を見せた途端に慌てふためいて謝罪する。その行動の全ては、エリカを想っての事だ。エリカはそんなお節介やきで友達思いの級友が、愛おしくて堪らない。

 エリカは机に伏してプルプル震えているメイリンの肩に、ポンと手を乗せた。

「謝らないで、メイリン。メイリンの言ってる事は全部正しいし、私にも心当たりはあるし……。それに、こういう風に私を叱ってくれるのはメイリンだけだから、すごく嬉しいのよ?」

「そう思うのなら、早く就職先を決めて私を安心させなさい」

 言いながら顔を上げたメイリンは、涙目だった。

 その顔に、エリカは笑みを漏らした。

「ふふふ、そうね。私、頑張ってみる」

「頑張るって、何を?」

「就職活動よ! メイリンの気持ちは嬉しいけど、普通の女の子の生活を送るのは私の夢だから」

「はあ……。この子は懲りてないんだから」

 やれやれといった風のメイリンは、制服の胸ポケットから四つ折にした紙を取り出し、エリカに手渡した。

 受け取ったエリカが広げると、それは求人票だった。

「……空軍基地?」

「の、食堂のお手伝い。最近出来たばかりの基地で人手不足、来る者は拒まずで、周辺の街からコックや掃除婦なんかを片っ端から雇ってるらしいわよ」

「でも、空軍だと私の正体がバレるんじゃ……?」

「空軍と言っても、貴方が働くのは厨房よ。ど田舎の基地だから、都心部に比べてコンターチェ家の人間だとバレる危険性も少ないと思うし」

 メイリンの思いやりに、エリカは涙がこみ上げて来るのを感じた。いや、すでに半泣きであった。

「ああ! メイリン大好き! 愛してる!」

 感極まって、エリカは机越しにメイリンに抱きついた。

「あはは、私はノーマルだぞエリカ〜」

 友の肩をポンポンと叩きながら、メイリンはエリカを宥めた。

「こうしちゃ居られないわ、早速面接の申し込みをしなきゃ!」

「先生に感づかれないようにね? 色々と煩いから」

「うん、分かってる」

 エリカはメイリンから体を離し、急いで、と言っても図書館なので走らずに、早足で出口へと向かった。

 出口の前でクルッと振り返った彼女は、メイリンに向かって声を出さずに「ありがとう」と口を動かした。それに対し、メイリンは右手の親指をビシッと立て、声を出さずに「グッドラック」と口を動かした。

 エリカの背中を見送り、それが見えなくなってから、メイリンはつと、真面目な顔を作った。

「……私ってば、何やってのかしら」

 求人票の束を小脇に抱え、席を立つ。カウンターに居るにクラスメイトと挨拶を交わし、図書館から出た。

 図書館から廊下に出ると、そこの窓の向こうには学校の正面玄関が見える。メイリンはその中に、スキップで下校するエリカの姿を見とめた。

「私ってば酷い女よね、メイリン。エリカに嫌われるのが怖くて……」

 そう言ったメイリンの顔には、悲痛の色が浮かんでいた。

「就職なんて出来るわけないじゃない、現実知って悲しくなるだけよ。本当に彼女の事を想っているのなら、もっと厳しく言わないと……」

 厳しく言わないと。もう一度口の中で呟いて、メイリンは頭を振った。


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