chapter1-1
「ええと、エリカ・コンターチェさん? 何故ウチの工場を希望したのか、志望動機を聞かせて下さい」
「はい!」
面接官の言葉に、エリカは元気よく答えた。
アルキディア連邦の中心を担う、コルテット共和国。その首都、ネオ・コルテット市のとある事務所で、彼女は就職活動に励んでいた。
なんの変哲もない雑居ビルの、なんの変哲もない一室。対面するのは、作業着に身を包んだ恰幅のいい中年の男性と、スーツに身を包んだ痩身の男性。エリカは長机を挟み、ピンと背筋を伸ばしてパイプ椅子に座っていた。
彼女は華奢な体を市立ネオ・コルテット第一高等学校の制服で包み、長い栗色の髪の間から、力の篭った視線を飛ばしている。
エリカは翡翠色の瞳を爛々と輝かせ、先ほどの質問に元気よく答えた。
「我がコルテット共和国は、アルキディア連邦の主要国として、日々ペルーチア帝国の脅威と戦っています。学生の身である私は戦場に立って敵を打ち破る事は出来ません。しかし、御社のような戦闘機整備工場で働くことによって、前線の同志達に良質で安全な戦闘機を供給することにより、少しでも戦争の早期終結に貢献出来れば、国民としての誉れであると感じ、就職を希望しました」
一度も噛む事無く、エリカは長台詞を言い切った。その顔には、「どや」とでも言いたげな、自信に溢れた表情が浮かんでいた。
恰幅のいい男が、エリカの履歴書を見ながら、隣の男に声をかける。
「良いんじゃないかな? 志望動機も素晴らしいし、なによりやる気がある。好感が持てるよ」
「はあ、しかしかなり華奢な子ですよ? 工場の激務に耐えられますかね?」
「あ、彼女テニスやってるね。わざわざこのキツイ仕事を選んだんだ、体力に自信があるんじゃないか?」
痩身の男はエリカに向き直り、質問を投げかけた。
「我が社の工場では、軍に充実した装備を安定して供給するため、その業務内容は過酷な物となっています。コンターチェさんは、それでも我が社を志望なさいますか?」
「大丈夫です、鍛えてますから!」
言いながら、エリカは二の腕をパシンと叩いた。
その所作に二人は顔を見合わせ、笑みを漏らした。
「ははは、いいね。期待してるよエリカさん」
「詳しく説明会を来週開きますので、必ずお越しくださいね?」
「はい! ありがとうございます!」
エリカは椅子からガバッと立ち上がり、最敬礼をした。
「ははは、面白い子だ。ますます楽しみだ」
豪快に笑う作業着の男の隣で、スーツの男は歯に物が詰まった様な、何か引っかかるような表情を作った。
「ところで、コンターチェという苗字、どこかで聞いた事がありますね……」
「ああ、言われてみると確かに……。誰だっけな……」
「げっ」
思案に入る男二人に、エリカは冷や汗を流した。
「そそそそんなこと無いですよ!? 何処にでも居る様な、ありきたりな苗字ですよ!?」
おたおたと手を振って紛らわそうとするエリカ。しかし人間とは厄介なもので、一度気になりだした事は、周囲の人間が何を言おうと、何が起ころうと、それが何かを究明するまでは徹底的に思い出そうとするのだ。この二人も多聞に漏れず、ウンウンと唸り声を上げて必死に思い出そうとしていた。
そんな二人を前に、エリカは顔を青くする。
と、
「あ、思い出した」
「あ、私も思い出した」
男二人が、同時にポンと手を打ち鳴らした。
そして次の瞬間には、大の男二人が、エリカに向かって最敬礼していた。
「大変失礼致しました!!」
事務所の窓が割れんばかりの大声に、エリカは眩暈を覚えた。
「まさか、アルキディア連邦成立の立役者にして、歴代最強の『魔女の箒』乗りであらせられる、ポリッシア・コンターチェ様のご令嬢がこの様な場所にお越しくださるとは、至極恐悦!」
「そうとは知らずに、数々の無礼を……。自分の学の無さを、無知を、これほど恥じた事はありません! どうか、お許しを!!」
「お許しを!!」
机に額を打ち付けんばかりの勢いで腰を折る二人に、エリカは目に涙を浮かべた。
「どうか、どうか頭を上げて下さい……」
そう、彼女が声を出しても、怒涛の勢いで並べ立てられる謝辞の数々に、かき消されてしまう。
「はっ! そう言えば、お茶も出していないじゃないか!」
「これはまた失礼致しました! このような場末の工場には粗茶しか御座いませんが、どうぞ奥の応接室に!」
まるで大口取引先の重役を接待する様に、ヘコヘコと腰を落とす二人に、エリカはぶんぶんと手を振る。
「そういうのはいいですから! お茶とかいいですから! あの、内定の方は頂けるのでしょうか……?」
おずおずといった風に声を放つエリカに、男は「とんでもない!」と声を上げた。
「コンターチェ様ともあらせられるお方が、我々の様な賤しい身分の者と共に労働するなど、あってはならない事です」
「コンターチェ様は、お母様の様に空軍か、各省庁に勤められるのが最適かと。我々は、我が工場で働きたいというそのお気持ちだけで十分で御座います」
二人の言葉に嫌らしさは全く無い。心の底から自身の非礼を詫び、エリカに持て成しと尊敬の念を向けている。その真摯で、好意的な姿勢が、本人達の思惑と違う所で、エリカの小さな胸をギリギリと締め上げる。
「私は……私は……、ただ働きたいだけなのに……」
「ですから、その気持ちだけで十分で御座います」
「コンターチェ様には、もっと相応しい場所が御座います」
「違う! 私はっ!!」
エリカは二人を跳ね除け、脱兎の如き勢いで部屋を飛び出した。
「コンターチェ様!!」
「エリカ・コンターチェ様!!」
二人の制止の声を肩で切り、エリカは疾走。階段を二段飛ばしで駆け下り、鉄扉を開けて外へ。機械工場独特の油と、鉄が焼ける臭いが充満する敷地内。嗚呼、私はこの金臭いのが好きなのにと胸に想い秘め、後ろ髪を引かれる思いで工場を後にする。
工場と街を結ぶ、土を固めただけの粗末な道。赤土が剥き出しになったそこは、夕焼け空のコントラストも相まってどこか物悲しい。
エリカはその道を、ローファーで、土を跳ね上げて駆ける。
脇目も振らず、一心に、ひたすら一心に。何かを振り切るように駆ける。
そして、
「私は、母親がどうとか血筋がどうとか家柄がどうとか関係なくごくごくありふれた普通の女の子のような平凡で平安な社会生活を送りたいだけなんだバカやろおおおおおお!」
夕日に向かって、吠えた。
一度も噛まずに。




