だからあたしは、キミのゴースト・ライター(中)
◆◆◆ ざんねんなおしらせ ◆◆◆
以前表記した通り、本話は『上・下』の二部構成になる予定でしたが、
書いても書いても本題まで進まないため、急きょここで中編を挿し込むことになりました。
毎度毎度、長くなるばかりで申し訳ございません。
そして、今回もながいです。
◆ ◆ ◆
「平和とは『赦し』だ。妥協や我慢、と言い換えても良い」
地上最強の男はガーディアン・ストライカーの顔面に膝蹴りを放ち、無感情に言い放つ。
「争いは互いが己の我を通さんが故に起きる。どちらか、もしくは双方が我欲を封じ、赦しを以て接すればヒトとひとは手と手を取り合う事が出来る」
目が見えないストライカーに、彼の体捌きを受けることなど不可能。その打撃、その蹴撃、内の臓を揺らす一発一発が、ストライカーから気力を奪い去ってゆく。
「だが、赦しには限界があるのだ。ヒトが集まって街を成し、国を興し、その上に立つ者が増えれば、噴き上がる不満を御し切れず、怒りが産まれ、争いが起こる」
これは推論じゃない、経験則だ。そう付け加えた上で、蜘蛛の巣走るヘルメットのフロントに正拳突き。ストライカーの仮面が剥がれ、黒ずみ腐臭を放つ醜い素顔が露わとなる。
「恒久的な平和に必要なのは愛ではなく、ガス抜きだ。敢えて不満の捌け口を作り、皆の怒りを一点に集め、それを狩る。きみや九番――。レノックスはその為の犠牲なのだよ」
最早、口を挟む気力もない。
全てを救うと言い放ち、世界各国の異能を束ね、創造主に抗い打ち克った男の行き着く果てがそれか。
そうするしか、なかったというのか。
握る拳から力が失せ、糸の切れた人形めいて膝から順に崩れ落ちる。
戦う理由も、抗う術も、打ち負かす理屈も無い。支えてくれた茉莉花もとうに果てた。
「終わらせよう」《原初の男》屍めいてぴくりとも動かぬストライカーを見やり、右の足を持ち上げると。「君の命も、この反逆も、総て」
※ ※ ※
「畜生、この野郎……待ちやがれってのに」
マツリのやつが、生きていた。死を選ぶと書き置きを残し、色んな人間に期待や絶望を振り撒いて。それでもやっぱり生きていた。
なんで死んだと問い質したかった。どうしてここだと尋ねたかった。あの笑顔を、もう一度見たかった。
けれど一年ぶりに再会したアイツは、おれを見るなり一目散に走り去った。逢いたくなかったと言うように。どうして来たんだというような目で。
わけがわからない。わからないじゃ済まされない。即座に追って、駆け出した。
どこを? 土地勘もなく、アップダウンの激しい坂の中、茜色に染まる住宅街を。
無謀だ、と立ち止まり考える理性はそこにはなかった。勢い任せに飛び出して、駆けて、駆けて、駆け抜けて。見つかるどころか……。ここはどこ?
「えっ、おい……。これ、まずくない?」
右を向けば傾いた地形に反り立つ一軒家。左を向いてもだいたい同じ。没個性的な家が等間隔にずらりと並ぶ。
迷った?! いやいや馬鹿な。いくらなんでも住宅街やぞ。家々の間で迷うわけがない。そう思い、元来た道を戻らんとするが、元来た道がわからない。
「迷った……」
ミイラ取りがミイラ……。ってのは違うか。でも、他に形容すべきことばがない。上手く撒かれたっても程があるだろ。
まずい、まずいぞ。これから何処へゆけばいい。どうやって帰ればいい!?
「ああ、どうしよう……どうしたら……」
他の家に上がり込んで尋ねるべきか? 駄目だ。見知らぬヒトにうまく説明できる自身がない。怪しまれて警察沙汰だけは御免だぜ。
我ながらなんて情けなさだ。行方不明の幼馴染を捜しに出て、おれが捜されていちゃ世話ねぇや。
というか、奴は探してくれるのか? これ幸いと無視を決め込み、放置される可能性だって無くはない。
近くの電柱に寄りかかり、沈む夕日を家の切れ間に見、どうしようもないと途方に暮れる。おれは誰を捜し、いや捜されている? アタマの中がこんがらがったままだ。二十六にもなって、こんなことで手詰まりになるなんて……。
「あら。あらあらあら。どうなさったの、こんなところで」
溜息をついて項垂れるおれの前に、既に見知ったたわわなおっぱい――。
じゃあ、ない。この区画におれを連れて来てくれたあの人だ。
救いの女神、ここに来たり。勝手知ったる地元民よ。おれを救けに来てくれたのか。
「観ての通りです。探しに行って、捜されて途方に暮れてる」
「この辺、似たような家が多いものね。きにしない・気にしない」
良い歳して住宅街で迷ったおれを咎めも笑いもせず、にこやかな笑顔で迎えてくれた。
だが待てよ。出逢ったばかりのおれに何故、こんな風に世話を焼く。曖昧に微笑み、内心首を傾げていたのだが、答えはすぐに見つかった。
「間違ってたらごめんなさい。あなた、『りーちゃん』のお友達?」
「何ですって?」
彼女の名前は石取奉華。あいつを引き取っていた親類。そこに突然、勝手知ったる知り合いが現れたのだ。放っておけるわけがない。
「りーちゃん・っていうのは、つまり」
「その顔。やっぱりそうなのね。あの子の友達。お住まいはどこ? A県? それともM県? お仕事は何を? 平日じゃなきゃ休みが取れないタイプ?」
一度興味が湧くと、矢継ぎ早に質問をぶつけて来るこの感じ。マツリだ。年の離れた上代茉莉がここにいる。
「あ、あ。えっと、おれは」
「ごめんなさい、ついはしゃいじゃって」
何故そうも逸るのか知らないが、向こうの謝罪に返事の会釈。「構いません。それよりも」
「あの子がうちに居る理由?」
「え、え」
いきなり核心を突かれてしまい、次ぐ言葉が出て来ない。頭の回転が速いひとと話すと、自分の鈍臭さが浮き彫りになってイヤになる。
「歩きながらってのも何だし、少し腰を落ち着けましょうか。付いてきてもらえない?」
※ ※ ※
空を塗りたくる茜色に、ほんの少し薄暗い闇が差す時刻。奉華さんに連れられて来たのは、うす高い団地の天辺近くに設けられ、土埃がひりついた古めかしい滑り台と、錆びついた音を響かす二つのブランコが置かれた公園だった。
おれらの他に人影はなし。すぐ近くじゃほんのりとカレーの香りが漂ってくる。遊具を新調しないわけだ、この様子じゃ然程需要はないと見える。
「さて、何から話したものかしらね」
奉華さんはブランコに腰掛け、懐かしむような顔でぼうと上向くと。「りーちゃんは私の姉の子で。小さい頃からよく遊びに来てくれてたの。うちは子供が居なかったから、旦那と一緒に実の子みたいに可愛がってた。
旦那が蒸発して、あの子も事故で両親を喪って。一緒に住まないかって勧めたのは私。その時は……断られちゃったんだけどね」
「はあ」
思い返してみれば、成人式の日に再会した時も、その日にそのまま呑みに言った時も、勿論その後幾多の会合にも。親類の話題が上ったことはない。
かつて戯れに家族のことを尋ねたが、煙に巻かれてはぐらかされたっけ。あれは冗談ではなく、ホンキで触れてほしくなかったのだろうか。
「何か、やることがあるって顔だったな」奉華さんはきいきいと古びた音を立てながらブランコを漕ぐ。運動エネルギーに引っ張られ、服越しのおっぱいが軽く上下に揺れる。
「就職難で落ち込んでたあの子に、心の底から打ち込めるものがあるんだと分かって嬉しかった。頑張ってと激励を送ったものよ。だから去年の夏、蒼い顔で私の元を尋ねて来たときは、正直、かける言葉が見付からなかった……」
やはり、去年か。時期もやつがおれにガーストを託して消えた時と一致する。
死んでない。死んではいないが、無事って言うにも程遠い。あいつめ、手紙じゃあんなにはっちゃけてた癖に、内心ぐちゃぐちゃだったってわけかい。
「ここに来て暫くは、会話すらマトモに成立しなくてね。交わす言葉もご飯・お風呂・寝るってくらいよ。
一週間くらい経った後かな。起きてリビングに出たら、あの子が散髪用のケープを被って座ってたの。『切って』って」
「髪を、ですか?」
「他に何があるの」
居候として転がり込んで、暫くの間口を利かず、最初に出た言葉が『髪を切って』か。
死ぬつもりはなかった。若しくは無くなったってことか。でも、散髪だぜ。散髪……。
「奉華さん。アイツがここに来た理由、聞きました?」
「そりゃあもういの一番に。けど、あの子ったら強情で。聞くたびにはぐらかして、挙げ句の果てにむくれちゃうのよ。いい歳して子どもみたいに」
何となくわかります、と曖昧な笑みを交えて答えるが、それと同時に疑問も出て来た。
上代茉莉は『死を選ぶ』と言って逃げて来た筈だ。なのにずいぶん楽しそうじゃないの。親類だぞ。警察に連絡するか、されるのが筋だろうが。
「あの……。本当に、聞いてないんですか? マツリか、もしくは警察から」
「警察? どうして?」
おいおい、なんてこった。このヒトはそもそも『知らない』のか? そりゃあ呑気に話せるだろうよ。けどな、こちとらその話題でシッチャカメッチャカなんだぜ。
「落ち着いて、聞いてください。アイツですね、A県で」
――そこまでだよ、ざっぱー。
認識の齟齬を解かんとしたその瞬間。滑り台の頂上から別の声が割って入った。無理矢理に刈ってぱさぱさの髪に、上下灰色の野暮ったいスウェット。マツリのやつ、おれたちが話し込んでる間にここまで来てやがったのか。
「ほーかおばさん。あたし、カレと二人で話がしたいの。外してもらって、いい?」
「ふたり、ねえ……」おばさんは小首を傾げて少し考え込むと。「良いわよ。お夕飯の準備済ませちゃうから、ざっぱーさんの案内、宜しくね」
この微妙な空気を察したか、それとも単なる親切心か。奉華さんはあっさりと身を引き、公園にはおれとあいつの二人だけ。
首を少し上向け、ベリーショートの茉莉を見やる。驚きや戸惑いはとうになく、逃げ出そうと機を伺う様子もない。向こうも、やっと覚悟を決めたらしい。
「お前、おばさんには話してないのか」
「迷惑、かけたくなかったんだよ。あの人にだけはさ」
親類を守らんがために、その他に多大なる迷惑かけてちゃ世話ないぜ。話の腰を折りかけて、どうでもいいかと取りやめる。
「『ナナちん』のことを放っておいて、一番に気にするのは匿ってくれる家族かよ。泣かせるね」
皮肉を込めてそう呟き、黙りなアイツの反応を待つ。茉莉は神妙な面持ちで間を取って、さっきまで奉華さんのいたブランコに腰を下ろす。
「仲良く、やってるんだね。良かった」
「よかった、ってお前」
拍子抜けにも程がある。おれの方を見ることもなく、ブランコを漕ぎつつ淡白な返答。
今この瞬間まで、如何な謝罪か、どんな弁明が出るかと考えていた。それが、良かった? たった、それだけ……?
「ふざけんなよこの野郎。あれから一年、菜々緒がどれだけ苦しんだと思っていやがる」
「だからこそ、だよ」茉莉は無感情……。否、わざと気持ちを押し殺した声で切り返す。
「何を言っても怒らせるだけだもん。謝ることに、意味なんかない」
「開き直りか」
「そうかもね」
「アイツに対しても?」
「何もかも、今更だよ」
掴みの無い会話の中、ふとブランコを漕ぐ茉莉と目が合う。アーモンドみたいな形をした燈の瞳は、おれを前にしてなおどこか宙を向いていた。
「あたしはね、逃げ出したんだよざっぱー。キミに執筆を押し付けて、ナナちんの泣き顔に背を向けて。友達として、サイテーサイアクなんだよ」
再び俯いて、暫しの沈黙。言い出すキッカケを得んと口を開いたその瞬間。無理に低くした茉莉の声が先に飛ぶ。
「どうして探しになんて来たの。あたしのことなんて放っておいてよ。上代茉莉は死んだんだ。もういない。此処に居るのは石取茉莉。完ッ全に、別の人間なんだよ」
「なに、言ってんだ、おまえ」
自分から手がかり残して逃げ出して。見付けられたら全力の拒絶かよ。めちゃめちゃのグチャグチャだ。何一つ、筋が通っちゃいねえ。
「髪を切って、苗字を変えれば別人だってか? ンなワケねぇだろふざけんな。お前はお前、上代茉莉だ。おれや菜々緒を傷付けた、身勝手なオンナに違いないんだよ」
「ち、ちが」
「いいや、違わない」
「あた、わたしは」
「上代茉莉だ。認めろよ」
「知らない! そんなの、あたしは」
「黙れ!!」
胸が、張り裂けそうに痛い。
叫ぶ度、睨む度、怒る度。自分の中で善くないものが沸々と沸き上がってゆくのを感じる。
本当は、もっと違うことを話したかったんだ。髪のこと。此処での暮らし。おれもやっと、単行本を出せるまでになったんだぜってさ。
もっと、楽しい話をさせてくれよ。
「泣いてるの、ざっぱー」
「ア?」
「涙。さっきから、ずっと」
言われて頬を指でなぞれば、温い水滴が玉となって人差し指に残る。やっとお前と逢えたんだ。泣いたっていいだろ。そのくらい、しょうがないだろ。
「そっか……。そうだね。そう、なんだよね」
それまで拒絶するだけだった茉莉が、初めて不安げな顔を見せてきた。
向こうだって、好きで遠ざけている訳じゃない。そんなことは解ってる。だから、互いにエゴをぶつけ合うしかなかったんだ。
「追ってきて、ほしくなかったんだよ」
また同じ話の繰り返しか? 否、声のトーンは幾分か落ち、何より拒絶の意思がない。
「嘘つきで、性悪で、途中で放り出して。キミやナナちんに好かれる資格なんて無い。ひきょうもの、なんだよ」
それはさっきも聞いた。「もう、曖昧な言葉で誤魔化すのは止めようぜ。本当のところを、聞かせろよ」
おれとアイツ。どちらにも他に選択肢はない。茉莉は覚悟を決めたように頷くと。
「いいよ。長い話になるけど、遮ったりしないで聞いてくれる?」
※ ◆ ※
「すごいね茉莉」
「さすが、私たちの娘」
あたしのうちは至って普通の家庭だった。父さんは証券会社の中堅社員。母さんは人気の無いエッセイスト。滅茶苦茶仲が良いわけじゃないけど、極端に喧嘩をすることもない。
ただ、自分たちが苦労したせいなのかな。その子どもであるあたしは『食いっぱぐれるな』とか、『あなたは立派な大人になってね』みたいなことを、毎晩のように聞かされて育ったわけよ。
「良い子ね茉莉」
「もっともっと、頑張るんだぞ」
今思えば一途というか、親に認められたかったんだろうね。友だちと遊ぶ間も惜しんで勉強して、残りはピアノなりバレエなりのお稽古。いい点取って褒められなきゃって気持ちばっかり焦ってさ。出来もしないし、続けられないのに。
あたしは、親の言う「良い子」じゃなかったんだよ。何をやっても長続きせず、勉強じゃ上にもっと凄い子がいた。ごめんなさいと項垂れると、咎めもせずに他にも色々やってごらんと来たもんだ。
「いいのよ。いいのよ。また頑張れば」
「次は、何をしようか? 茉莉」
叱られて、もうやめろと突き離された方がまだ踏ん切り着いたと思うんだよね。褒められもせず、否定もされず。やるべきことだけ次々変えて。そんなわけで中学に入る頃には、何が好きで、何が得意か。自分でも解らなくなってしまったのさ。
――なあ、オイ。待ってくれよ。まだ続きがあるんだ。伝説の九人がひとり、マッハバロンが主人公をぼこぼこに畳んじまってさ!
「何この陳腐な展開。クソつまんねぇ」
「こういうの、おたくの横好きって言うんだよ。見世物にするべきじゃないと思うな」
「皆が考えててもやらないようなことを、よくもまあ……ドヤ顔で」
隣の芝生は青く見えるっていうのかね。同じクラスの片隅で、真剣にガーディアン・ストライカーの平刷りを見せて回るキミの姿には驚いたな。
誰にも相手にされず、けちょんけちょんに言われ、それでもなお自分の『好き』に正直な姿が、あたしには夜空に煌めく星なんかよりずっと、眩しく輝いて見えたんだ。
「面白いじゃん、これ」
「おもしろい……? それが、面白い?」
「良いよ、凄く良い! なんでポイ捨てなんかにするのさ。続き、あるんでしょ。もっと読ませてよ、これ!」
正直なところ、ヒーローなんてよくわからないし、彼のこだわりにも興味はない。
けど、これを眠らせちゃいけない。ゴミとして放置してはならないと、そう思った。
「あたし、上代茉莉。マツリでいーよ。キミは?」
「おれ? おれは……雑葉。雑葉・大。名前が先なら大ざっぱ。みんなしてそう呼ぶ」
「そっか。じゃあ、ざっぱー。つづき、しっかり書いてよね。放置しちゃ、駄目なんだからね」
「えっ、ええ……」
幻滅、するよね。わかる。でもあの時のあたしは、そうでもしなきゃ、繋ぎ止められないって思ってたんだよ。
それが、キミと友だちになった理由。
わけも解らず、褒められるためだけに生きてたあたしの、ささやかな息抜き。
※ ◆ ※
「で? 次は、どうなるの」
「次か。伝説の九人のひとり、紅一点のファンタマズル。魔法にも重力磁場操作使いさ。打撃が主体のストライカーはそもそも触ることすら出来ないんだ。彼は一旦退却し、その対策を練ることになる」
「退却しちゃうの。今まで揺らがずやっつけてきたストライカーが?」
「た……たまにはいいだろ。ずぅっと苦闘の末の逆転勝利じゃマンネリだ」
でもね、あの時間が楽しかったのは本当だよ。来る日も来る日も、手を変え品を変え、自分の面白さを信じて話す様、書く様。ワープロソフトをぽちぽちと打って、印刷する頃には笑顔で読んでくれ、って言ってくれてさ。
おかしいよね。うちで父母に褒められるより、ざっぱーと一緒に視聴覚室に籠もり、話を聞いている時のほうが、安らいだ気持ちでいられるの。
今思うと、あれが恋だったのかもね。わけも分からず腐ってたあたしに、居るべき場所をくれたキミ。
このときがずっと続けばいいのに、って何度も思ったものさ。
※ ◆ ※
「とうとう、この学校ともおさらばか」
「そーだね」
「お前、A市の高校行くんだって? おれも、そっちにすりゃあ良かったかな」
「ぷぷぷ。強がっちゃって。ざっぱーの学力じゃ、そもそも受かりっこないでしょー」
「あッ言ったなお前っ。確かにさ、K高もぎりぎりだった……そう、だけど! お前に! お前だけには、絶対に言われたくないっつーの」
舞い散る桜を視界の端に留め、貰った黒筒を手持ち無沙汰に振っていたあの日。
あたしは親や先生に勧められるまま、この地区で一番レベルの高い高校に、キミは地元の高校へと進学を決めた。
無理にでも、そっちに行きたいと言うべきだったんだ。知り合いみんなとさよならして、新しい環境で勉強なんて無理ですって言うべきだったんだ。
「おめでとう、茉莉」
「私たちも鼻が高いわ」
でも、満面の笑みで祝福してくれるふたりを見ると、話を切り出すことが出来なくて。
本当に怖いのは、目を血走らせた怒り顔じゃない。笑顔で他の言葉を封殺する笑顔なんだ、って中学三年の時点で理解したよ。
結局、それがキミと、十代のうちに交わした最後の言葉になっちゃったよね。ざっぱーはざっぱーの高校生活を送り、あたしは、ヒトの決めたレールに乗っかり、ただ褒められる為だけに、勉学を重ね続けた。
「どうしたの茉莉」
「最近、ずっと……調子が悪そうだけど」
それでも、A県最難関・最高レベルの授業にはついてゆけなくて。追い付いては離されて、あっと言う間に落ちこぼれ。
悩みを打ち明ける友だちもおらず、二年生の半ば辺りには、自室を出られない立派な引きこもりの完成さ。
「あなたも良い歳だし、そういう日もあるわよね」
「元気になった時でいいから、起きてきてくれると嬉しいな」
それでも。それでもよ。父さんも母さんもあたしを責めようとはしなくて。優しい言葉を掛け続けてくれていたの。
どうして、放って置いてくれないの。あたしはひどい娘なのに。期待を裏切ってばかりだったのに。
何もかもが嫌になって、親を拒絶し布団を被り、あたしのセカイは部屋の中だけになった。
あたしに構うなって荒れたもんさ。もう二度と外に出るもんかって意固地になってたその時よ。押入れを引っくり返して、キミの書いていた原稿を見付けたのはさ。
擬音だらけで、句点も多くて、意味のない段落に、話し言葉と書き言葉がごっちゃの台詞。ホント、下手くそだよざっぱー。よくペラ紙が積めるくらい書いたもんさ。絶対途中で諦めるよ、これ。
でもね。そこには「チカラ」があった。飛び跳ねるみたいにぴょんぴょんとした文体。難しい言葉がない分すっと頭に入る台詞。何より、描いた人間の楽しそうな顔が浮かんで来て、気が付いたらくしゃくしゃになるまで読み返してた。
なんとなく、外に出てみようって思ったのは、貰ったペラ紙を全部読み終わった辺りだったかな。これを読んでるうちに、部屋にこもっているのが馬鹿らしくなって。ちょっとだけ、ってドアを開けたの。
「茉莉、あぁ……茉莉!」
「おかえりなさい、茉莉」
実際にならないとわかんないだろうけど、引きこもりってさ、相応の覚悟と忍耐がなきゃ続けられないんだよ。リビングに出た時の、父さん母さんの泣き顔を見た途端、もう耐えられなくなっちゃって。
結局、あたしってば中途半端でさ。毎日の説得とこのままじゃ駄目だって気持ちに負けて、自分からそこを出てしまったわけ。
それでも、ふたりはあたしを責めずに迎えてくれた。大丈夫、やり直せる。頑張ろうって励まして。
ペンは剣よりも強し……。あー、ここで使う言葉じゃないか。けどね、ざっぱー。確かにあの時、キミの綴ったお話は、あたしを陽の当たらない部屋の中から連れ出してくれたんだよ。ガーディアン・ストライカーには、それだけの力があったんだ。それだけは今、はっきりと伝えておきたくて。
でも、まあ。あたしにとっては、ここから先が本当のジゴクなんだけどさ。
そう。キミも薄々感じていると思うけど、まだまだ本題に入ってすらいない。
じゃあ、何かって? 気になるよね。気になるだろうけど……。
「ごめん、ちょっとノド乾いた。ジュース、買いに行っていい?」




