だからあたしは、キミのゴースト・ライター(後)
◆ ◆ ◆
「ハッ、ハッハッハー!! 見付けたぜストライカー! ここが! 手前の! は、か、ば、どぅわあぁああ!!!!」
因果とは、なかなか皮肉なものである。ならずものに介錯の一撃を加えんとした《原初の男》へ掛かる黒い影。
ストライカーへの当て馬として産み出され、それだけの為に生ける屍、ザ・アヴェンジャー。日毎記憶がリセットされ、ストライカーを殺せという命令を遂行すべく、この世の英雄にすら容赦なく喰らいつく。
「飼い犬に手を噛まれるとはこのことか」男は無感情にそう呟き、そちらを見もせず躱し、『教育』の鉄拳を叩き込む。
彼を『造った』のは自分だ。戦闘経験に乏しいストライカーを『育て』、用済みとなった彼を効率よく始末するために。
「私を、仲間だと思っているな」
生みの親をそう認識するのも無理はない。男は仮面の下で冷淡に笑い、舞い散る銃弾をその手で払う。
「皆殺しなんだよォ……。ストライカーに関わる連中は、何もかも、総てなぁぁああ」
彼もまた、それ以外の役割を持たぬ人形。滅ぼしてやらねばならぬ。《原初の男》は両の拳に金と銀のメリケンサックを嵌め、久方振りに臨戦の構えを取る。
(これは、天啓か……?)
今の今まで自分を討ち滅ぼさんとしていたかの男が、厄介者に気を取られ、完全に外方を向いている。
ヘルメットを穿たれ、完膚なきまでに叩きのめされたストライカーに、逃走以外の選択肢など無い。笑う膝に鞭を打ち、動かぬ脚を引き摺って、無様な後ろ姿を晒しながら。
「退くか、それもいい」
無論、それを見逃す程《原初の男》も耄碌してはいない。煩わしい飼い犬を撓る右足で牽制した後、壁伝いに離れ行く標的を不敵に睨む。
眼を失った時点で、逃げられる距離などたかが知れている。あの男はもう終わりだ。眼前の標的を推してまで優先する事項ではない。
「二度目の人生はお終いだ。存分に悔いるがいい。これまで殺した、数百ものガーディアンたちに」
※ ※ ※
「この局面で言うことがソレかよ」
「しょうがないじゃん、一方的に喋りまくってるんだもん」
中途に無駄口を挟むなと頼んだのは、何処のどいつだったかなマツリさん。
やっと話してくれたはいいが、身の上話に花を咲かせ、まだ本題に入れないのはどういう訳だよ。
「あたし、ちょっと行ってくるね。ざっぱーは何がいい?」
「待てィ、それに託つけて、本題言わずに逃げるつもりだろ」
「ち、違う違う。純粋に、ごく純粋な気持ちで、何か飲みたくなっただけ〜」
大手を振って弁明するが、やつの目は明らかに泳いでいる。
「図星かよ、畜生」
今度逃げられたら、マジで追い掛けられなくなっちまう。と、なれば。
「だったらおれも連れてゆけ。話は歩きながら聞く」
「やっ、でもさ、歩きがてらじゃ落ち着けないよ。腰落ち着けて話した方が」
「別に、ここじゃなきゃ話せない理由も無いだろ」
「む、ぐう」
おれの返答を正論と理解したか、茉莉は嫌そうに首を縦に振る。
「そんなに聞きたきゃ話しますとも。けど、どっちの為にもならないよ」
「今更、そんな言葉で引き下がると思うか?」
「さいですか」
出会ってすぐに比べ、冗談めかして煙に巻くような仕草が増えた。それだけ心を開き、気を許してくれたのは嬉しい。
でも、きっとそれだけじゃないのだろう。そこまでして言いたくない理由とは何なのか。
本当は、訊くべきじゃないのだろうか。
※ ◆ ※
「はい。今回はその、ご縁がなかったと」
「テストの点は良かったですし、貴方なら他のところでもやって行けるのではいかと」
「困るんですよ、中退の子なんて回されても……。あっ、あぁすみません、こちらの話で」
(もうこれでニ十社目。きっついなァ……)
今も昔も、社会ってのは学歴ってやつを第一に見るもの。例外はあるけど、ソレは今話すことじゃない。
二十歳になったあの頃、突発的に起こった大不況。大卒ですら四割が精々ってとこに、高校中退した奴が割って入って、何が出来るかってやつだよ。面接にも入れず落とされて、残念でしたの山、山、山。
もう二度と、父さん母さんを困らせたくない。学は無いけど、仕事くらいはって思ったんだけどね。やっぱそう甘くないもんだよ。堪えた、堪えた。
「帰りたい……」
ね。成人式の日のこと、覚えてる? 四・五年振りの再会だってのに、あたしってばひどい顔だったっしょ。
友だちはおらず、高校中退の元・引き篭もり。大学に行くでもなく、定職に就けずの人間が、勝ち組たちの前でどうして笑ってられようか。
「こういうのは記念だから」
「行かないと、一生後悔するよ」
なんて、親にノセられて仕方なく行ったわけですよ。就活用の化粧と黒のパンツスーツ。晴れ着なんて無い。艶やかな貸衣装を提案されたけど断った。
「あの、さ。君、もしかして……その……」
だからあの日、ざっぱーが声を掛けてくれた時は何答えていいか解かんなくて戸惑っちゃった。滅茶苦茶どもって緊張してた? あたしもおんなじ。アタマん中真っ白さ。
「上代……茉莉だよね? ほら、覚えてる? 中学時代、一緒だった」
「アー、あぁ……えっと」
「えっ、駄目? そんじゃあさ、あの……何だっけ。名前出てこないんだけど、昔書いてたでしょ、小説。どんなだったっけ……名前、ナマエ……」
「うん……あぁ、あぁ、あぁ!」
おはなしのチカラって凄いよね。キミの顔は思い出せないのに、ガーストを通して、一気に記憶がスパークしたんだよ。
「まさか……、ざっぱー?! うわぁ久し振り! 元気だった!?」
もう時効だよね、ってことで改めて。あの時のキョドった顔は、懐かしさよりも焦りとビビりが先に来ていたのでした。
「いや、でも……本当に茉莉か?! ちょっと見ないうちに滅茶苦茶、その……変わっちゃって」
「ふふん。オンナってもんは歳を重ねりゃ相応に変わるのよん」
なんて、適当な出任せ言ったっけ。昔馴染みに『今何してるの』って聞かれるのが怖かったから。だって引き篭もりだよ? 二年前まで引きこもってて、今も就職出来てないって情けないこと、旧友に言えると思う?
「いい加減なこと抜かしやがって。何処がオトナだ? それのどこが大人だぁあ」
「う、うるさいな。ざっぱーには関係ないっしょ。そっちこそ、二十歳になってもうだつの上がらないニキビ顔しゃーがってーっ」
「何おう!」
「何よ!!」
本当はね、キミの為にも自分のためにも。すぐにでも離れなきゃと思ってたんだよ。もう良いからって突き放すべきだったんだ。
けど、理解があって、同じ趣味を持つ友達と会話が楽しくて。もう少し一緒に居たいな、って思っちゃってさ。
「それじゃあ、かんぱーい!」
「かんぱーい」
呑みにゆこう、って誘ったのはあたしか、ざっぱーか。考えられ得る限り、サイアクの答えで応えてしまったあたしなのでした。
「なあ、向こうの高校ってさ、どんな感じだったん? 今お前何してるの。仕事就いた? おれなんかもうそろそろ一浪でよー」
「うん、まあ……ぼちぼち」
ホンネを言えば、キミとだいたい一緒だよ。曖昧に微笑んでぼかしてたのは、ちゃんとした理由を知られたくなかったからさ。
そればっかりだったら帰るつもりだったけど、嫌そうな顔を察して、ざっぱーはこう言ってくれたよね。
「じゃあさ、じゃあさ。最近のヒーロー番組はどうよ。お前だって、今も観てるんだろ」
「えっ……。あっ、あぁ!」
ナイス、助け舟。来歴を話されるよりずっといい。
引きこもって外に出なかった二年弱、陽の光は浴びずとも、テレビを通して外界の変化は知っていた。朝のヒーロー番組もそのひとつ。どうやら、好みも似ていたらしく、そりゃあ、会話も弾むよね。
「やっぱさ。最近のヒーローは”ハッポービジン”なんだよ。近距離も遠距離も武器一つでなんなくこなせてさァ」
「何だよ藪から棒に。それが今のオコサマのトレンドなんだ。仕方ないだろ」
「じゃあ、問題はそのお子様だ。ヒーローってのは、不得手な部分を如何に克服するかがミリョクなんだよ。それを武器ひとつでぜんぶ解決なんてつまんない!」
「ならクレームの提出場所を間違えてるぜ。そういうのはおれでなく、玩具会社や制作局にでも言いな」
傍から見ると、どーでもいい会話だと思うよね。けど、あたしにとっては、久々に成立した、趣味人との楽しい話だったんだ。この世に嫌気が差して、あまつさえ死のうかと思っていた人間に、ぱぁっと差した光なんだよ、ざっぱー。
だからあたしは、良からぬ考えに思い至ってしまったんだ。
「ねえ、ざっぱー」
「何ぞ」
「ガーディアン・ストライカーって、覚えてる?」
「はい……?」
キミがもう、『アレ』を書いていないと知った、この時にね。
※ ※ ※
「ずいぶんと、懐かしい話じゃねえか」
自販機でスマックを捜し――、あるはずないと無果汁炭酸を選び、向こうにはグレープジュース。あの頃、呑み終わりの酔い覚ましに選んでいたラインナップ。
「もう、五年だっけ。懐かしいね」
懐かしい・という言葉に込めた意味は、おれとアイツで全く違うのだろう。
おれにとっちゃ郷愁で、ヤツにとっちゃ悔恨で。今もなお、続く言葉を紡ぐのを躊躇っている。
「話せよ、マツリ。こっからが本題なんだろ」
「そうだよ」奴はおれに背を向けて俯くと。「でもさ。話したくない、って言ったら?」
「もう、だいたい察しはついてる。後はそこに何があったかだけだ。言えよ」
「はは。ざっぱーには敵わないな」上代茉莉は自販機の側部に寄り掛かり、今よりずっと潜めた声で話を継ぐ。
「あたしはただの見栄っ張りなんだよ。キミにも、父さんたちにもいい顔をしたかった。ただ、それだけなのさ。
だから、あの時。定職に就けず燻っていたフラストレーションのままに、取り返しの付かないことをしちゃったんだ……」
※ ◆ ※
「お願いします、どうしても、この作品を本にしたいんです」
「そう、言われてもね……」
ここからのおはなしは、ざっぱーもナナちんから聞いたかな。あたしは至るところに原稿を送り付け、ガーディアン・ストライカーを本にしてほしいと言い続けてたわけ。
もう、いちいち説明する必要もないよね。この原稿は、キミが書き続けたソレを、何年も掛かって「読める」ものに書きなおしたもの。
これでも、何年か前までは難関校で高校生やってたから、文章の組み換え・組み直しには自信があったんだ。台本形式の雑な文字列に芯を通し、規定の分量に纏め上げたの。
「話としては面白いけど、うちのイメージとかけ離れてるのはちょっとね。悪いけれど……」
それでも、F書房に行き着くまで二十回。持ち込んでは断られを繰り返して。諦めろ、って言われちゃうかな。けどさ、色んな場所で蹴られまくって、自信をなくしたあたしは、キミのホンに縋るしかなかったんだ。
「そうやって体よく、逃げるんですかッ」
「何ですって?」
「案配に頼ってばかりの会社に成長はありません。前例がないなら創ればいい。私の――、ガーディアン・ストライカーにはそれだけのチカラがある。私はそう、信じるッ」
ナニサマのつもりだ、って怒るかな。あたしだってそう思う。
けれどあの時、ナナちんだけは。ガーストを読んでなお否定しなかった。チャンスだって思ったんだ。畳み掛けるべきだと感じたんだ。
「この話を"面白い"と言ってくれたのも、ちゃんと逢ってハナシをしてくれたのもあなたが初めてなんです。どうせなら、解ってくれるひとと一緒に物語を紡ぎたい」
だから、採用して頂けませんか。って熱っぽく迫ったわけ。我ながらずるいよね。自分の為に友だちを利用し、平然と嘘をつくんだもの。
「解ったわ。それだけ自信があるのなら……」
キミはさっき、ナナちんがどう思うかって言ったよね。この時に限っていえばチョロイなって思ってたよ。押しに負けて首を縦に振るなんてってさ。
そーだよ。あたしは悪いだなんて思ってなかった。陽の目を見ること無く消えそうなものを、外に出してやるんだって息巻いて。
それが、どん底の始まりだって気付かないまま。
◆ ※ ◆
「それでは、ガーディアン・ストライカー第一巻、第二版の発売を祝して、かんぱーい!」
「ど。どもどもです。菜々緒さん」
「菜々緒じゃないわ。ナナちん。あなたにはそう、呼んでほしいの」
あたしはこんなだから、世間の相場がどうなのか知らないけれど。発売から一年経って再販ってのが、他から殆ど期待されてないことくらいは判かる。
お父さん、お母さん。あたし、作家さんになったんだよ。告げた当初は笑顔で迎えてくれたふたりも、この体たらくじゃ素直に喜べず、この頃にはあまり話をしなくなっていた。
互いが互いに気を遣い、声を掛けづらくなってたんだろうね。一度引き篭もりになった身だもの、下手に励ませば、再び部屋から出なくなるって考えたんだと思う。
「気にすることないわよマツリ。評価ってものは口コミを通じて後から続くものなの」
「そう、かなあ」
「そういうこと。その辺は私に任せて。だから今日は、にゃーん・にゃーん」
「は、あ」
ナナちんは良くしてくれたと思うよ。うだつの上がらないあたしを見捨てず、いつも笑顔で励ましてくれて。甘えてた、って言った方がいいのかな。彼女のやさしさにかまけて、自分のしていたことを正当化してたから。
まあ、その。悩んでるあたしを、猫カフェに連れてくのは、どーかと思うけどさ……。
「観て視て茉莉―。ほらほら、この子の赤毛、かぁいいでしょ? にゃー・にゃー」
「うん、うん。ソダネー」
打ち合わせと称してカフェでお茶をし、取材と言いつつ遊園地でジェットコースターを乗り継ぎ、休息も必要だってこういうとこへと連れて来てくれるナナちん。
強引だなあって思ったけど、あたしの知らない世界を幾つも知っていて、毎日がとっても楽しかったなあ。
けれど、これはただの逃避で。いつかどん詰まることは解っていて。ただただ、何も考えないようにしていたんだ。
あの日、ナナちんではなく、F書房のお偉方に呼ばれるまでは。
※ ◆ ※
「いやはや、今日はわざわざご足労いただきありがとうございますゥ〜〜」
「いえ……」
ガーストの四巻目を出すか出すまいか……。時期としては一年とちょっと前だったかな。突然呼ばれて会議室に通されたんだよ。
出迎えてくれたのは、浅黒い肌にニヤケ面のオジサン。ここの編集長だって身構えたけど、気さくな笑顔と物言いで、ちょっと気持ちが緩んじゃってさ。
だからこそ、不意打ちの本題がずしんと響いたわけだよ。
「単刀直入で申し訳ないんだけどねェ〜〜。夢野先生の著作ーー、えぇと。ガーディアン・ス……す〜〜……トレートパーマ」
「ガーディアン・ストライカー」
「そうそう、それそれ。実はですねェ〜〜、季節は秋空、大型改変の時期でしょォ。ウチも裕福な方じゃありませんし、そろそろ、決断して貰わないと困るんですよねェ〜〜」
それとあたしと、何の関係が在るんですか。イライラして何が言いたいんだって身を乗り出した、のだけど。
「分かりませんか? 打ち切りですよォ〜〜。ここは書庫じゃなく編集社なんですゥ。保管し続けるにも限りがあるって話なんですよォ」
「え……」
いつか、こうなる日が来ることは解っていた。でも、それはもっと後のことだろうと。あるわけないと高を括ってさえいた。
「どうして! そんなことに……」
「胸に手を当てて御覧なさい。何が見えます? 在庫の山にニッチな層のファンレター。連載を狙う新人は幾らでもいるんです。他の方にもチャンスをね、与えなきゃあ」
正論に次ぐ正論で継ぐべきことばが出て来ない。
もともと、ガーストを本にまでのし上げたのは、あたしの執念とナナちんのお目溢しがあったが故。これを純粋に好いて、続けてほしいと願うひとは昔同様、何処にも……いないんだ。
「まあ、まあ。ウチとしては提案をさせてもらっただけですし。イキナリ風呂敷を畳むのも厳しいでしょォ〜〜? 結論はまた・次の機会に・ということでェ〜〜」
死ぬ気もないのに、死刑宣告をされたような気分だった。向こうの言葉が右から左へすり抜けて。何もかもが耳障りで。
店の装飾も、談笑する人々も、雲ひとつない窓越しの空も。あたしの目には灰色にしか映らない。誰かに……。そう、父さんや母さんに慰めて欲しい。だいじょうぶ。茉莉はやれば出来る子。またやり直せばいいさ。お金を払って店を出て、家に帰ろうとした時だった。
「……おばさん? なになにどしたの」
『ーーもしもし? あぁ、ようやく出てくれた。りーちゃん、今電話大丈夫!?』
ぶるると震えた端末には、幾つもの着留守記録と、ほーかおばさんの名前が真中に躍っていて。余程焦っていたらしく、大まかにしか聞き取れない。
『――あの、ね。落ち着いて聞いてね。神楽姉さん……。あなたのお母さんと、お父さんが』
――対向車とぶつかって……二人とも意識不明で……!
※ ◆ ※
「りーちゃん、少し……休んだ方がいいわ。お布団、敷いてくるから」
「いえ。あたしはここで見てますから、おばさん一人で、休んでて」
泣きっ面に蜂ってやつさ。押っ取り刀で駆け付けた先は、病院じゃなくて近所の葬儀屋。
対向車がアクセルとブレーキを踏み違え、右折しようとしていたふたりの車を直撃。助手席のお母さんはドアに押し潰されて即死、お父さんは肺を強く打って、トマト煮になった母さんに手を伸ばして果てたって。だいぶ後になってからほーかおばさんに聞いた。
加害者は病院に搬送されるも植物状態のまま一週間で亡くなった。振り上げた拳は何処にも行けず空を彷徨うだけ。
棺の中には焼かれる前から木乃伊にされた母さんと、凹んだ胸を隠すよう×字に腕を組んだ父さんが眠ってた。腐らないようにドライアイスを押し込んで、白い煙が裾から漏れててさ。
考えたくなかったけど、認める以外の道はない。ふたりは死んだ。もういない。あたしひとりがこの世に残されたんだって。
「りーちゃん。独りで地元に居ても辛いでしょ。ウチも旦那が居なくって……。どう? 一緒に、暮らさない?」
「はあ……」
あなたは悪くないとヒトは言う。これは不幸な事故だったと皆が言う。
ちがう。これはきっと『罰』なんだ。自分自身が満たされんがために、親友の作品を奪い、自らを偽ったあたしへの。
『ーー茉莉、どうしたの? 具合でも……悪い?』
「ん、んんん。ヘーキだよ。ちょっとその、熱っぽいだけ」
時間ってのは無慈悲だよね。どんなに悔いようが、嫌だと喚こうが、締め切りは何時如何なる時も付いて回る。
正直もう、限界だった。手は震え、視界は霞み、紙束の字を文章にする作業さえ億劫で。
ナナちんがあたしを必要としてくれているのは解ってた。期待に応えたいとも思っていたのに。
「あのさ、ナナちん。今日はちょっと具合が悪いから……明日の夜、うちまで来てくれないかな」
『ーー解ったわ。明日の夜ね。キャラデザの子とも相談しなきゃだし、少し早めでもいい?』
「ごめんね。迷惑かけちゃって」
『ーーいいの、いーの。あなたが元気でいてさえくれれば。それじゃ、また明日』
それが、あのひとと交わした最後の会話。気持ちを抑え、苦痛を噛み殺し、平気な体で電話を切って、あの書き置きを残して行ったの。
ひどいよね。散々利用しておいて、最期は何も告げずにポイだもの。あたしってばイヤなヤツだ。
本ッ当に、嫌な奴。
『ーー久し振り。考えは、決まった?』
※ ◆ ※
「で、何だよ。大事な話って」
「あぁ、ええっと……。ナンダッケ?」
ここから先は、ざっぱーも大分ご記憶のことと思う。キミにとっての総てのはじまり、一年前のあの飲み会さ。
ナナちんに書き置きを残し、ほーかおばさんの案を受け入れたあたしは、せめてざっぱーにだけは、ホントのことを話して去ろうと思ったワケなの。
「まあ、呑めよざっぱー」
「おゥ悪いね、そんじゃ失礼してー」
言うんだ。あたしはキミのゴーストライター。ひとの手柄を横取りして、作家になった卑怯な奴なんだって。
ビール片手にほろ酔い気分のキミに向かって、ってとこがまたずるいよね。真面目に懺悔する気があるのかっていう。
「何だい何だイ。今日は一段と顔色悪そうじゃないのマツリちゃん。チョーシ悪いのに呑みに誘ったんか」
「だ、だからなんでもないってば。あんまり詮索すると嫌われるぞー」
「誰によ」
「あたし」
駄目だ。話を切り出せない。こんなことしてる場合じゃないのに。ついついキミに甘えてしまう。言えよ、言えってんだよ。何もかもお前のせいだ。全部あたしが悪ぅございましたって。
「アー……。でも、そうさな」
「どったの」
「お前に、その。嫌われるってんなら……やめるよ。悪かった」
「はい?」
その言葉が何を意味していて、継ぐ言葉が何なのか。なんとなく・わかっちゃったんだ。
「茉莉。あ、あ、あのさ。今更何だよって話だけど」
「何」
「おれよ。おれさ。おれね。おま、おま。お前の……こと……」
辛かったよ。胸の辺りにずしりと響いた。こんなあたしを受け容れて、好いてくれるってだけでさ。泣いちゃうくらい嬉しかったんだ。
でも、駄目だったんだよざっぱー。あたしにOKする資格なんて無いんだ。キミの大切なものをぐちゃぐちゃにして、その責任からも逃げ出そうとしている意気地なし。
だから。だからね。あぁやって言うしかなかったんだよ。
「ゴメンネ、ざっぱー。今のあたしは二次元にしか興味がないのだ」
※ ※ ※
空を照らす茜色はとうに失せ、薄闇がかった秋の空。遮るなと宣って続いた茉莉の言葉は、ここへ来てようやく止まった。
正直なところ、飛び飛びなうえに情報が多く、点と点が上手くまとまりきれていない。
だが。それでも、茉莉が己を恥じ、逃げ出したくなる気持ちだけは、何となく理解できた。
「ざっぱー。キミや、ナナちんがあたしのことを気にかけて、捜しに来てくれたのはとっても嬉しい。苦労ばかりかけて申し訳ないって思ってる。でもさ、ムリだよ。駄目なんだよ。
上代茉莉はもう死んだ。ここに居るのはただの抜け殻。連れ帰ったって、今更どうにもならないんだ」
◆ ◆ ◆
「すごいな。ここまで来て、まだ治るのか」
冷え固まって創部を繋ぎ、治癒を続ける己を視、ストライカーは途方に暮れる。
信じた人に裏切られ、唯一無二の相棒は消され、己の存在までも否定された。
平和の為の犠牲になれと彼は言う。その通りだと思う自分もいる。
だが、喉に銃口を押し込み、引き金を引く気分にはなれなかった。
身勝手に死にたくとも、他の想いを呑み込み過ぎたから。
(茉莉花。俺はこれから、どうすればいい……)
自らを正義と称える者も、悪魔と忌み嫌う者も、誰も彼もが遺志を残し、この世界から消え去った。想いとは呪いだ。怨嗟も歓喜も、一つの渦となって全身に纏わり付き、自傷行為を許さない。
能力ブーストの代償で消えた視力は戻らない。追っ手が来たら、今度こそ逃げられないだろう。
戦うしか、ないのか。世界平和の象徴と。憧れだったあの男と。
逃げることも、死ぬことさえも許されない。ヒトゴロシに安らぎなんてない。
行けよ生田誠一。お前はもう、地獄に片足を突っ込んだ魔物なのだ。
「戦うしか……ないのか……」
握り拳を開いて、握る。まだ戦える。まだやれる。
俺がやるしかない。やるしかないのだ。もう他に道は無い。
感覚だけを研ぎ澄ませ、敵の気配を遠くに感じる。後はそこへと向かうだけ。
ガーディアン・ストライカー――、生田誠一最後の戦いが、はじまろうとしていた。
長かった十一話もこれにて一区切り。
このおはなしも、次回で最終回です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




