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第37話 宿命の対決

 元凶の男が、影の中からゆらりと姿を現す。

 その姿を見た瞬間、駆の脳幹が焼けるような警告を発した。こいつだけは、陽葵に近づけてはいけない。


「……陽葵。頼む、一回病室に戻って、俺の『予備の制御デバイス』を取ってきてくれないか。……それがないと、もう長くは保たないんだ」

 駆はわざと苦しげに胸を押さえ、妹の瞳を直視せずに言った。真っ赤な嘘だ。だが、陽葵をこの場から遠ざけるには、彼女の「献身」を利用するしかなかった。

「でも、お兄ちゃん……! こんな時に一人になっちゃ……」

「お願いだ、陽葵。お前にしか頼めないんだ」

 陽葵は一瞬、ためらうような素振りを見せた。だが、その瞳の奥に一瞬だけ、兄の絶望を確信したような「底暗いノイズ」が走ったのを、今の駆は気づく由もない。


「……わかった。すぐ戻ってくるから。……待っててね、お兄ちゃん」

 陽葵の足音が遠ざかり、完全に聞こえなくなる。


 戦場に残されたのは、駆と、静かに笑みを深める元凶の男だけだった。


「……優しいね。妹にだけは、自分の『正体』を知られたくないか」

 男が指を鳴らすと、周囲の影が巨大な檻のように隆起し、駆を逃げ場のない閉鎖空間へと閉じ込めた。

「さあ、始めようか。十五年前、君が中断してしまった『お遊戯』の続きを」


 男の背後から伸びた、柳の枝のように細く鋭い影の槍が、駆の肩を容赦なく貫く。

 駆は悲鳴を殺し、右腕の泥を爆発的に膨張させ、巨大な爪で男へと肉薄した。


「……あああああッ!!」

 攻撃を繰り出すたびに、男は耳元で「事実」という毒を流し込む。


「覚えているかい? 君の父さんが、その影に心臓を貫かれた時の、驚いたような顔を。彼は死ぬ間際まで、君が獣魔に襲われているんだと信じて、君を庇おうとしていたよ」

「……黙れ……っ!」

「母さんはもっと酷かった。君に喰われながらも、君の頬を撫でようとしていたね。……ああ、あの時の君の口元は、お母さんの血でとても綺麗に汚れていた」

 封印されていた記憶が、弾丸となって駆の心臓を撃ち抜く。

 駆が力を引き出すたび、脳の一部が熱を帯びて溶け、自分の「正義」が、十五年前と同じ【食欲】へと塗り替えられていく。


「陽葵は……陽葵だけは……俺が……!」

「そう、陽葵さんだ。あの子は今、どんな気持ちで戻ってくるだろうね? 両親をなぶり殺した怪物が、優しい兄の振りをしていると知った時の、絶望した顔が目に浮かぶようだ」 


 駆の視界が赤く染まり、敵との境界すらも曖昧になり始める。

 陽葵という名前が、脳内でひび割れた鏡のように、少しずつ形を失い始めていた。

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