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40. 帰宅

 師匠の転移魔術で家に帰ってきたわたしは、まずぶっ倒れた。


 数日間、慣れない環境で外にも出してもらえないまま過ごしていたせいで、およそ体力のないわたしの身体は限界を迎えていたのだ。そのため、ふっと視界が暗転し、次にわたしが目を覚ましたのは三日後のことだった。

 魔術師は魔力を使う以外にほとんど運動をしないので、たまに森にいくだけでは体力などろくにつかないのだ。


「ん……」


 ずっと眠り続け、暗い視界の中にあり続けたわたしの意識は、浮上するとともに強い光を感じた。眩くて、目を開けられないでいると、不意に周りが暗くなった。


 ああ、これで大丈夫だと目をうっすらと開けると……。


「アメリア。起きたか」


 目の前に美しい顔があった。

 整いまくった顔立ちに、美しく輝く銀色の瞳はまるで綺麗な星のように瞬いていた。心配そうにこちらを覗きつつも、何かを喋り続けている唇は綺麗な形で、ふっ、と伏せられたときに分かる長いまつげと儚げな雰囲気にどきっとする。


「……綺麗」


 思わずぽつりと零れ落ちた言葉に、目の前の人は、はっ? とこちらを向いた。


「あ。な、何でもないです」


 慌てて前言撤回を口走るが、目の前の師匠は少し慌てたようにしている。


「そ、そうか……。あ、いやそれより! 体調はもう平気か?」

「はい。もうすっかり」


 身体は随分と楽になっているし、頭もすっきりとしている。ずっと眠り続けていたせいか、少し目が腫れぼったい気がしたが、他に違和感はなかった。

 手を動かし、ぐっぱぐっぱと握ったり開いたりを繰り返すが、それも問題なくやれると分かると、わたしは手を杖にしてベッドから起き上がった。即座に師匠が背中に手を添えて、支えてくれる。


「ありがとうございます」


 お礼を述べ、師匠から水を貰った。こくこくっ、と一気に飲み干す。


(はー! お水美味しい)


 ずっと眠り続けていた身体は、どこか火照っている。身体は軽いものの、ずっと水を飲まず、食べ物も一切食べていなかったからか、身体はからからに渇ききっていた。


(少しだるい気がするけど、身体を動かせないほどではない)


 足を地面におろすと、立ち上がろうとしてわたしは少しふらついた。その様子を見かねた師匠が手を差し出す。


「おい、ほんとに大丈夫か?」


 大丈夫です、と返事を返し、今度はどうにか自力で立ち上がる。

 師匠の助けの手を断ったのは、———三日前に自分がしたことを思い出してしまったからだ。


『師匠! 大好きです! わたし、師匠のことが! 大好きなんです!』


『っ、恋愛でに決まっているでしょ! 師匠はわたしのことなんて眼中に無いかも知れませんが……ひっく……でもわたし、っ、師匠のことが好きなんです』


 脳裏に自分の声がよみがえる。恥ずかしさに頬が熱くなり始めた。


「おいおい、まさか熱があるんじゃないだろうな? 頬、赤いぞ」


 そういって手を伸ばしてくる師匠。はっ、としたときにはもうピタっと額に手が当てられていた。


(っ、師匠の手がわたしの額に……! 無理無理無理、どうしよう、恥ずかしさで死にそう……っ!)


 告白した身としては、簡単に自分に触れないでほしいと思う。恥ずかしさで間違いなく死ねる。

 だが、今わたしと師匠は同じ家に住んでいるのだ。


(どうしよう、なんで告白なんてしちゃったんだろう、わたし……! ばかばかばか!!!)


 自分を罵倒して、冷静を保とうとするが、上手くいかない。どうしても期待して舞い上がって恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになった感情で高ぶってしまうのだ。


 そんなごちゃごちゃの感情に気持ちを支配されてしまっているわたしには気づかないのか、師匠は首をひねりながら手をわたしの額からはがした。


「おかしいな、熱は無さそうだな。体調はまだ万全じゃないんなら、もう少しベッドで休んでろ」

「でもっ……」


 わたしには師匠と話したいことがたくさんある。それに、国王との決着もついていないのに。

 わたしの言いたいことが分かったのだろう、師匠は少し微笑んだ。


「明日、また話そう。今日はスープを飲んだら休め。ミーニャも今はいないしな」


♢♢♢


 翌日、ぐっすりと睡眠をむさぼったわたしは、すっかり体力を回復していた。そりゃそうだ、三日間眠り続け、さらに次の日もほとんど眠って過ごしていたのだから。


 わたしは起き上がると、汗ばんだ身体を清め、清潔な服に着替えた。そして、次に髪の毛を綺麗に結わえると、鏡を見てよしっとゴーサインを出す。そして、自室から出て階下へと降りた。


 もう師匠は起きているらしく、朝食らしきスープの良い香りが漂ってくる。


「おお、起きたかアメリア」

「おはようございます、師匠」

「体調はもう大丈夫か?」

「はい。ご心配をおかけしてすみません」


 ぺこり、と一礼したわたしに、師匠は何かを差し出した。怪訝に思ったわたしは顔を上げると、はっとして師匠を見上げた。

 滑らかで光沢のある、わたしの魔法の杖だ。


「っ、どこでこれを!?」

 わたしが叫ぶと、にやっと笑いながら師匠は教えてくれた。


「転移の魔法陣の近くに落ちてた」

「っ、ありがとうございます!」

「どういたしまして。さ、飯にするか。机に並べてってくれ。俺は少し外に結界の確認をしてから食べる。先に食べてろ」

「分かりました」


 数日前、告白をした人とされた人たちとは思えないほど、事務的な会話だ。わたしは何も気にしていないように振る舞いながら、内心はびくびくしていた。

 いつ、師匠からこの家を出ろといわれるか。


(師匠と弟子の範疇を超えて、告白をしてしまったわたしは、弟子失格だ。師匠にこの家を追い出されても仕方がない)


 そうなった場合、生家のジュネーラル伯爵家———いや、今は確か侯爵になったのだった———に戻れるだろうか。


 魔術師の弟子となったわたしは、一応貴族籍を持ちながらも、ジュネーラル家とは交流を持っていない。つまり、最後に家族に会ったのは、わたしが八歳の頃。家を出てからは一度も会っていないのだった。そんなわたしを受け入れてくれるかどうか……。


(う〜ん、一応政略結婚のために使えますよ、みたいなアピールをしたらお父様も流石に家においてくれるかな)


 使い道があると知ったら、一度も家に帰らなかった薄情な娘のことも、気にかけてくれるだろうとわたしは踏むことにした。


(そんなにお父様とお母様が意地悪な方達ではないというのは分かっているけど……滞在することでその分出費がかさむとなれば、少しでも利があるっていうことをアピールしておきたい。ただの厄介者にはなりたくないし……)

 少しくらいならば、魔術は使えるし、全く使い道がない娘というわけではないはずだ、とわたしは結論づけた。


♢♢♢


 実際のところ、アメリア・ジュネーラルは本人の自覚はないが、かなり市場価値が高い女性だった。大魔術師といわれているルイス・フェックラーの唯一の弟子であり、魔術には長けている。


 本人は少しくらいしか使えないと思っているが、それはルイスがアメリアの能力を見込んで、低級の魔術は一切習わせず、中級から習わせて今は精度が高い魔術を使っているために、使ってきた魔術の数が少ないためであった。


 更に、彼女はかなり美しい容姿を持っていた。かつて、社交界の妖精といわしめた元侯爵令嬢を母に持ち、社交界でも一、二を争うほどの美貌を持った伯爵を父に持っている彼女は、国で一番といっても過言ではないほどの美しさを持ち合わせていたのだ。

 それを本人は全く意識しておらず、むしろ平凡な容姿だとすら思っているところが残念ではあるところだが。


 そのことを全く知らないアメリアは、ふんふふーんと鼻歌まじりに朝食を準備し始めた。


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