39. 帰るか!
「お前! どこから侵入してきた!?」
そう叫び、こちらに剣を向けてくるのはわたしを追ってきた兵士の一人だった。ぐっとこちらを強く睨めつけ、いつでも攻撃できるようにか、構えている剣を見るに殺気を感じる。
師匠は先ほどまでの表情を鋭いものにかえると、わたしを隠すように背中側へ追いやった。
「侵入? お邪魔しただけだ、あんたのその剣に厄介になるつもりはねえよ」
「お邪魔を侵入というんだよ、馬鹿野郎!」
「おやおや、大魔術師様にそんな口を聞いていいのか、お前? 一応コレでも、国王に認められた大魔術師なんだがな?」
にやっと笑った師匠の顔は、後ろ側にいたわたしには見えなかったけれど、恐らく相当意地の悪いものだったのだろう。くっ、と兵士の顔が歪む。
しかし、次の瞬間彼は鼻で笑った。
「ふっ、お前なんかに負けてたまるか! そんな大口たたいていても、剣には勝てねえだろう!」
「剣には勝てないが、お前自身には勝てるぞ? 何言ってんだ」
さも当たり前にそういうと、師匠はぱちんと指をはじいた。すると、ものすごい勢いで魔術をぶっ放す。
それは雷を利用した攻撃魔術で、兵士に向かって放たれた。兵士がひいっ、と情けない声をあげて剣を放り出し、しゃがみ込むと彼に当たる直前で、その魔術はぐんっと急上昇する。つまり、彼に当たる前にそらされたのだった。
そんな急な軌道転換、普通なら出来るはずもないのに、師匠はさすがだ。
「お、剣を手放したな。これは俺の勝ちだよなぁ?」
普段から言葉遣いはあまり良くない師匠だが、今はガラの悪さが最高潮に達している気がする。
「……クソッ!」
兵士はそう吐き捨てると、襟元に手を突っ込むと、素早く何かをこちらに投げた。
「ししょ……っ!」
師匠を守らなきゃ。
その一心で師匠の前に躍り出ようとしたわたしは、彼が結界を即座に張ったことに気づき、ほっとへたり込んだ。
次に、彼はこちらへまた何かを投げようとしている兵士を魔力で物理的に拘束した。それを見て、安心したわたしは手をついて立ち上がろうとするが、少しよろけてまた座り込んでしまう。
すると師匠がこちらを見て心配そうに手を差し伸べてくれる。
「おい、大丈夫か?」
「っ……!」
大好きな師匠の顔を真っ正面から見つめてしまったわたしは、そっと俯いた。彼の表情は、わたしには優しすぎる。
(無理いいいっ、格好良すぎて無理!)
そう叫びたい衝動をぐっ、と堪えたわたしは、笑みをはりつけて顔を上げると、彼の手を取った。
「ありがとうございます……」
「あ、あ」
何故か師匠の声が少し震えたように聞こえたけれど、気のせいだったのだろう。ろくに顔を見なかったわたしは、師匠が張った結界の外に落ちていたナイフを拾い上げようとした。
「触るな」
冷静だけれど、どこか怒りを含んだ声。
鋭い師匠からの制止に、わたしはびくっとして手を引っ込めた。師匠が魔術でそれを宙に浮かせる。
「……毒をぬってあるな。大方、これを投げて相手に刺し、毒をめぐらせて殺す寸法だったんだろうな」
「え、えええっ!?」
まさか、毒がぬられていたなんて。想像もしなかった理由に、わたしはただただビックリして、兵士の方を見た。目が合った彼は、くっと目を逸らす。どうやら、師匠のいう通りだったようだ。
「まさか……師匠を殺すつもりで……?」
「おそらくはそうだろうな」
「そんな、……許せません」
ぐっ、と深い怒りをためたわたしの声に、師匠はぽんとわたしの頭に手を置いた。そして、平静そのものでわたしをたしなめる。
「まあ落ち着け。俺は死なないから」
「でも! 殺そうとしただなんて!」
「俺は死なない」
師匠の銀色の瞳と視線がぶつかり、はっと息をのむ。わたしの怒りを丸ごと吸い取ってくれそうなほど、何の感情も見えないその瞳に、吸い込まれそうになる。
彼は、しばらくしてふっ、と表情を和らげた。それと同時に、瞳にもいつもの師匠の光が宿る。
「アメリア。帰ろう」
———俺たちの家に。
師匠の言葉に、はい! と一も二もなく頷いた。
♢♢♢
「っと、その前に」
転移魔法を発動させようとしていた師匠は、縛っていた兵士の前を素通りし、先ほどわたしが逃げてきた方向へと向かっていった。わたしも何も言わず、ついていく。
「ミーニャを回収してやらなきゃな」
「そうだ、ミーニャさん! 急がないと、彼女が危険かも!」
師匠との再会で、吹き飛んでいたことがわたしの顔色を悪くさせる。ミーニャも大事だとぬかしたくせに、忘れていただなんて最低だ。
そんなことを思いながら、走ってミーニャがいるはずの場所につくと。
「……え?」
なぜかそこは一瞬、地獄絵図に見えた。
大柄な男たちが、揃いも揃って倒れている。彼らは兵士の格好をしているので、すぐにわたしの追っ手だと気づいたものの、あまりにもあっけなく倒れており、わたしは戸惑いの目を向けた。
しかし、その戸惑いもすぐに消え去った。男たちがぴくりともせず、倒れているところの中心に、ミーニャがいたからだ。わたしに背を向ける方向を向いている。
彼女のメイド服は、誰の物かも分からない血で汚れており、手に持った剣からは血がぼたぼたと垂れていた。すぐにわたしの顔から血の気が引く。
(どうしよう、まさか、怪我しちゃったのかな!?)
焦ったわたしは急いで彼女に駆け寄った。すると、ミーニャがぱっと振り返った。わたしの姿を認め、彼女は笑顔を浮かべる。顔にまで血がこびりついている彼女の笑顔は、不気味なほど明るいものだった。
(どうしよう、周りの状況とミーニャさんの笑顔が不釣り合いすぎる)
戸惑いを隠せず、減速したわたしに、ミーニャはいつもの調子で声をかけた。
「アメリア様! ルイス様とお会いになれましたか?」
「え……? あ、うん……もう会ったけど……。えっと、怪我してない?」
「あ、はい! お気遣いいただき、ありがとうございます。追っ手は全て退治したので大丈夫ですよ! 安心してください」
「あ、うん……あ、ありがとう……? っていうか、なんで師匠のこと……」
いろいろと疑問が出てきた。そして、近くに転がっているのが死体かもしれないと思うと、一気に動悸がしてくる。
めまいがしそうなわたしの後ろに、足音が近づいてきた。ばっと振り返ると、師匠が呆れた顔でたっている。
「ミーニャ……お前、暴れすぎだ」
「ええ? ルイス様のご命令でしたよね?」
「いや、いくらなんでもこれは……やりすぎだろ。いやちょっと待て、これ生きてるよな?」
流石に生きてるよな……? と不安そうにつんつん、と木の枝で一人をつつく師匠。すると、その一人はぴくっと動いたので、わたしと師匠は安堵にほっと胸を撫で下ろした。
(流石に死体は見たくないし……)
良かった、と思いつつも、まだちょっと気分は悪い。顔を青ざめさせたままのわたしを見て、師匠が少し顔を歪める。
「アメリアが怖がっちまったじゃねえか、ミーニャ、お前やっぱり暴れすぎ。減俸な」
「ええっ、そんなぁ! ちゃんと手加減したんですけどねぇ」
まるで相手が弱すぎるのがいけないと言いたげなミーニャの言葉に、わたしは黙り込んだ。おそらく、ミーニャが強すぎるのだろうというのは簡単に予想がついた。
「……」
「あら、どうしたんですか? アメリア様?」
「……いえ。それより、ここから早く逃げないと。次の追っ手が来るかも知れません」
アメリアの言葉に、そうだなと師匠は頷くとぱちんと指を鳴らした。一瞬で転移魔術をくみ上げた師匠は、にかっと笑った。
「さあて、帰るか!」
———俺らの家に。




