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38. 告白

 ぽちゃん……ぽちゃん……。


 地下だからか、水がしたたり落ちる音が聞こえてくる。わたしとミーニャは、道に座り、疲れた身体を一時休めていた。


「後ろからの兵士は撒けたようですが……。ここから出口へ向かう道が分からなくなってしまいました……」


 すみません、と小さく謝るミーニャ。わたしはううん、と首を緩やかに振った。


「とりあえず、逃げ切れたんだから良かったよ! 本当に、ミーニャがいなければ、わたし絶対に掴まってた。ありがとう」

「恐縮です……。とりあえず、道を探すほかありませんね。———そろそろ、時間のはずなんですけど」

「え? 何かいった?」

「いえ、何でもありません。さあ、もう歩けますか? ひとまず、この道を進んでみましょう」

「うん」


 わたしはミーニャに支えてもらいながら、立ち上がる。


 ランプがあるとは言え、中々暗い道をずっと歩き続けるのは精神的に辛かった。澄んだ空気は充分にあるらしく、今のところ呼吸には何も問題は起きていない。とはいえ、時計も何も無い中、時間の感覚だけが失われていった。

 けれど、どれほど辛くても、この道を抜け出すためには歩くしか無いことも理解していた。


 だから、笑顔をつくり、ミーニャに向ける。


「ミーニャさん、頑張ろう!」

「っ! はい!」


 ミーニャも笑顔で頷くと、また先頭切って歩き始める。それから、どれくらい歩いただろうか。


「あっ……!!!」


 もう俯いて歩いてしまっていたわたしの耳に、ミーニャの声が響いた。何かあったのかと急いで顔を上げると、そこには一筋の光が見えた。ランプでは到底あり得ない光。


「出口……?!」

「そうですっ!———そうです!」


 笑顔のミーニャは表情を引き締めると、わたしを見た。


「この先に兵士がいるかも知れません。今度こそ、わたしが引き受けますから、アメリア様は逃げてください」

「でも!」

「今度こそ、わたしがやりますから。外には、味方がいるはずです。大丈夫ですから、信じてください」


 にっこりと微笑むミーニャ。彼女の瞳には、何の迷いも映し出されていなかった。自信と柔らかな光のみが宿っているのを感じ取り、わたしは頷いた。

 内心、気迫に気圧けおされてしまったと言うのもある。


「そ、それなら……お願いします」

「お任せください。アメリア様はきちんと逃げてくださいね?」

「分かりました。すぐに助けを呼びますからね!」

「いや、もう本当にやめてください! ちょっと……いや、だいぶ心配なんですが……」


 ものすごく残念な子を見る目でこちらに視線を向けるミーニャ。わたしは不本意だと口をへの字にしてみせる。

 そんなわたしを見て、とにかく! とミーニャは咳払いをした。


「わたしはアメリア様をお助けに参ったんですから。アメリア様が助からないと意味ないんですからね!?」

「分かってます。でも、———自分の身はもちろん守るよ?! でもね」


 でも、と言った瞬間、彼女の鋭い視線がこちらを射貫いてきたので、慌てて付け加える。そこに二度目のでも、と付け足すと、彼女は困ったような表情になった。それでも黙ったままなので、聞いてくれはするらしい。


「でもね、ミーニャさん。わたしはもう貴女のこともとても大事に思っているんです。自分の身は助かったけど、もうあとは知りませんっていうことはしたくないし、何より———ミーニャさんのことを置いていきたくなんて無い。ミーニャさんを巻き込んでしまったっていう負い目ももちろん、あるよ。けど、わたしは貴女のことも大事に思ってるってことは知っておいてほしくて」


 これは本当だ。

 わざわざ身を挺してわたしを助けてくれるという真似をしてくれた彼女のようなお人好しは、他にそうそういないだろう。そんな他の人には出来ない不器用さが愛おしく感じられていた。さらに、彼女の人柄全てにわたしは、信頼を置くようになっていたのだ。


(ここ数日間で、わたしは彼女をたよりに思うようになっていた)


 ぐっ、と噛み締める。彼女に頼りっぱなしではいけない。わたしも、頑張らないと。


 師匠にまた、笑顔で会えるように。


 わたしはにこっと笑みを浮かべると、ミーニャを見つめた。彼女ははっとしたように、こちらを見つめている。そんな彼女に思いが伝わりますように、と願いながら、口を開く。


「だから、自分のことも大切にしてほしいの。わたしのそばにもね、わたしをすごおく大切にしてくれる人がいるんだけど」

「……」

「わたしはその人のこと、……とても大切に思っていて。だからこそ、自分のことも大切にしてほしいなって思うんだ。ミーニャさんにも、同じように大切にしてほしいって思ってる。———わたしを守ってくれてありがとう」


 そう結ぶと、ミーニャは真剣な表情を嬉しそうな笑みに変えた。


「ありがとうございます。分かりました。自分のこともちゃんと大事にしますから」

「ホント!? ありがとう、ミーニャさん」

「こちらこそ、ありがとうございます。さあ、いきましょう。撒いたとは言え、あんまり時間はありませんから」

「うん、ごめんね!」


 ミーニャはとめていた足を動かし始めた。わたしも後をついていく。今のところ、兵士はついてきている気配はない。相当奥まで迷い込んだか、わたしたちのことは諦めたかどちらかだろう。

 慎重に歩きすすめ、出口付近まで出たところで、ミーニャは足を止めた。


「少しとまってください。……出たところで仕掛けてくるかも知れませんから」

「うん。分かってる」


 わたしはこっくりと頷きを返すと、壁に張り付いて外の気配を探っているミーニャに従って壁に張り付く。しばらく気配を探ったところで、ミーニャがこちらを振り返る。


「どうやら、大丈夫そうです。もう少し奥に敵はひそんでいるんでしょう。アメリア様、走れますか?」


 わたしは大きく頷いた。正直、身体は疲れきっており、足も重かったけれど、ずっと荷物はミーニャが背負ってくれていた。わたしが何度代わろうかと言っても、頑として譲らなかったためだ。そのおかげで、わたしは彼女ほどは疲れていないはず。だから、笑顔で頷いてみせた。


「良かったです。わたしは先に飛び出しますから、アメリア様は後から走って左へ向かってください。左に行けば、味方がいるはずですから」

「分かった!」


 ミーニャは三秒後に出ますからね、と言って、三、二……とカウントをとった。


「一!」


 ミーニャが走り出ていくと、数人の影がミーニャに走り寄るのが見えた。それでも、わたしは走り出す。


「こいつっ……! やはりスパイか!」

「とっつかまえろ!」


 わたしの方にも、二人ほど駆け寄ってきたが、それに気づいたミーニャがナイフをしゅっと投げて、彼らの足止めをしてくれた。


「こっ、……こいつ、つえええ!」

「まじかよ、っ!」

「うわぁぁ!」


 後ろから、悲鳴が聞こえた。それでも迷わずにわたしは左へと突き進む。ここは庭園のようだった。薔薇などが咲き誇る、神殿が誇る有名なザハーク庭園という場所だ。

 しばらく走り続け、左側に視線をやると、人影が建物の陰に潜んでいるのが見える。


「はあっ、はあっ、は、あ……」


 誰だろう。味方かな。

 わたしはゆっくりと速度を落とすと、その人影はわたしに気づいて慌てたように物陰から出てきた。それまでは影にいたために気づかなかったが、わたしは彼の姿を認めると、目を大きく見開いた。


「……っ、アメリア! 無事だったか!?」

「し、師匠!?」


 右側を走っていたわたしは左方向へ向かおうとし、足をもつれさせる。それでも師匠はこちらに駆け寄ってきてくれた。懐かしい紫色の髪の毛。懐かしい銀色の瞳。懐かしい声。懐かしい匂い。


 たった三日しかたっていないのに、全てが狂おしいほどに恋しかった。


 転んだわたしを支えようとする師匠の胸の中に飛び込む。


「っ!」

「師匠……!」

「アメリア!?」


 驚いた声が聞こえたが、そんなの構っていられない。


 師匠のことが好きで好きで仕方が無い。


 この三日間、考えないようにしていたが、いつも思い浮かんでくるのはすべて師匠のことだった。師匠に抱きつく。懐かしい彼の匂いに、思わず涙が頬を伝う。


「っ、おい!?」


「師匠! 大好きです! わたし、師匠のことが! 大好きなんです!」


「っ!? アメリア!? それはどういう意味で……」

「っ、恋愛でに決まっているでしょ! 師匠はわたしのことなんて眼中に無いかも知れませんが……ひっく……でもわたし、っ、師匠のことが好きなんです」

「あ、あ、アメリア……!」


 思いがほとばしる。堰を切ったようにわたしは泣きじゃくりながら、師匠に告白してしまった。

 でも不思議と、後悔は無かった。むしろ、心が満たされる。ゆっくりと。あるべきものが戻ってきたかのような、そんな感覚だった。

 何の反応もなくなってしまった師匠を不思議に思い、わたしは師匠を見上げた。

 彼は、目を大きく見張り、固まっていた。


「師匠?」


 潤んだ視界の中、師匠の表情変化を必死に探る。彼は喜んでいるのか、それとも鬱陶しく思っているのか。

 その瞳は驚いているというのが一番しっくりと来る感じで、何を思っているのかが分からない。それでも。


「師匠」

「……なんだ」

「……耳、赤くなってる」


 ぽつり、と零した言葉に、師匠の目の縁が赤くなる。


(これは、もしかして)

 期待して、良いの?

 全く意識されているとは思えなかったこれまでの態度。それでも、この反応は、期待しても良いのだろうか。

 師匠は、ぱっと首を横に振り、顔をそらせてしまった。


「師匠」

「っ……」

「師匠」

「っ……! だってこんなっ、急に告白されるとか、思わないだろ!?」


「それは、……期待して、良いんですか?」


 わたしが口にしたその瞬間、後ろの方から足音が聞こえてきた。

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