第十五章 ネットゲームという名の「麻薬」
インターネットを媒体とした「ネットゲーム」というものがあります。
中国の習近平氏に言わせれば、これは「麻薬」なんだそうですが…この一点に限っては、私も同意見です。
たいていの麻薬患者がそうであるように、最初は好奇心が勝って「ちょっとだけ」のつもりで手を出すのです。
ゲーム運営側も執拗なまでに広告を打っては興味を引こうと必死になっています。
これで手を出して諦められるのなら、それは単なる「不良商材」であったという話で、別な意味ではラッキーであったとも言えます。
しかし、昨今の中国産、韓国産のゲームは敵ながら良く出来ていると唸らざるを得ず、二十四時間あっても足りない状態に陥ります。
ですが時間が足りない、だけで済めばまだいいのです。ある程度やり込んでしまえば、どこかで頭打ちになってしまいますから。
問題なのは「射幸性を強く攻めた営業」にあります。平たく言えば「課金ガチャ」という文化ですね。これにハマッてしまうと底なし沼のようにお金が溶けて行き、人生が詰んでしまうこともあります。
確かにゲーム開発とてタダではありませんし、そもそも営利目的で行っている事です。
投資された分だけは回収し、さらに営業利潤を追求して製作側の評価を上げねばなりません。
この開発現場がまた、どこも得てしてブラックであり、開発が終わってもデバックは確実。そしてロードマップには「アップデート」も確実に待ち構えているのです。
どこのゲームも大抵、アップデートを繰り返す程、デバック要素が複雑化して深刻さが増し、最終的には一度、サービス終了を行うでしょう。
そこで成績が赤字であれば負債を背負って製作会社は倒産致します。
黒字であればオーバーホールからの改修とアップデートを行い、再び日の目を見ることもあるでしょう。
いずれにしても集金が鬼のような勢いになることは避けられず、魅力あるコンテンツとして集客に失敗すれば、そもそも集金どころではない、という話なのです。
作り手側とて別段、プレイヤー達の人生を滅ぼしたくて作っている訳ではないでしょう。
単に自分達の情熱と創作意欲、才能を溶かし、ブラックを呑み込んだうえでの職場でやっているはずです。
ですが、それはそれ。これは…これです。
せめて自分で収入能力と社会的判断ができる社会人自身が、プレイヤーとしてハマる分には解りますが、人生経験も未熟な子供達が巻き添えになり、半ば犯罪のような手口に走る結果になってまで「ガチャ」にハマるほど、「射幸性」で狂ってしまうことは社会悪…即ち「麻薬」と言わざるを得ません。
プレイヤーが本当に成人以上なのか未成年なのかは自己申告制である以上、なりすまし等を使ってすり抜けることは可能でしょう。
例えば父親のキャッシュカードを持ち出し、父親の名義と口座、使い方さえ理解していれば、限度額一杯までガチャを回す事は可能ではあります。
成り済ましが横行する以上、年齢に限らず一律とし、個人に対する投資限度額を設定するのが正しいやり方ではないでしょうか。
またネットゲームなどは長時間のプレイで集中力、つまり脳内組織の「海馬」に対して負担をかけ続けます。
当然、脳内で疲労物質「βアミロイド」が排出され続けているので、本来であれば、熟睡状態で長時間の睡眠を維持し、「βアミロイド」の排出を行う必要があります。
しかし「麻薬」に浸って狂乱化している状態で、果たして熟睡ができるのでしょうか。脳内も集中力の殆どがゲームに費やされ、判断力が低下しないはずがないのです。
「射幸性」を主旨として開発されたネットゲームは、麻薬と断定せざるを得ません。
そういった内容のものか否か、「然るべき公的機関」が『射幸性を目的とした営利物』認定を下し、R指定を行った上で、投資上限指定を厳格に行うべきです。
しかし用い方を間違えなければ「毒が薬にも成り得る」こともあります。
医療や教育、更には軍事訓練などでも、高品質なゲームは役に立ちます。
医療面で期待できるのは、仮想空間世界での「自由」でしょう。
老衰や重度の難病などで自由に肉体が動かせなくなった方達にとって、現実と変わらないVR空間は、新しい自由と行動力を与えてくれるでしょう。
もはや会話すら困難だった、ご老人が、仮想空間を介して会話や行動が自由にできるようになれば、それは正しい利用法と言えるのではないでしょうか。
教育面については既に述べた通りで、全国をネットワークで繋ぎ、才覚・才能に応じた者に適した先生の下、仮想空間で自由に設定された、自由な授業ができれば、より効果的、効率的な授業が実現できます。
軍事面については限定空間な訓練ながらも、あくまでも密閉されたリアル空間に対して「状況を投影」する方法で、環境を設定し、訓練メニューを設定して消化させることができます。
基礎的なトレーニングを効率良く消化させたり、市街地戦、密林戦などの模擬戦は可能かも知れません。
技術発展の為、営利を目的とした競合による進歩が必要な事は認めますが、我が国、日本国では特に、医療と教育面での技術応用を検討して行くべきだと、私は考えます。




