天使のオーディション。
「そろそろ行くか。」
私が空を眺めていると笹原が言った。
「行くってどこに?」
「天使になるならまず天国に行かないとな。一応無条件でなれる訳じゃない。審査みたいなもんだ。アイドルっぽく言うとオーディションってやつだな。」
別にアイドルっぽく言わなくていい。笹原の上手いこと言ったぜみたいな顔が少しうざい。別に上手くないし。
そういえば然も当然のように天国行くって言ってるが、どうやって行くんだ。やっぱり翼で飛んで行くのかな。ちょっと楽しみだな。
「やっぱり翼で飛ぶんですか?」
「なわけないだろ、どんだけかかると思ってんだ。」
私の期待は冷たい一言で一蹴された。じゃあ翼付いてる意味ってなんなの、飾りか。
私が残念そうな顔をしていると、笹原が水卜に何か指示を出した。
すると水卜はポケットからスマートフォンのような端末を取り出し、操作しはじめた。
「笹原さん、準備できたっすよ!」
「よーし、飛ぶぞ。最初はちょっとばかしきついが、じき慣れる。」
「じゃあ行きますよー、せいやっと。」
突如視界が歪み、Gがかかる。
「うごごごごご、おうええ。」
変な声が自然と出る。これは確かにきつい、慣れるのかこれに。
歪む視界の隅、人だかりの中に母さんらしき人がびしょ濡れで踞っていた。
ごめんね母さん。親孝行もろくにできず死んじゃって。ごめん。
Gが収まり視界が戻る。私は真っ白な大きな建物の前にいた。パルテノン神殿を思わせる佇まいで、この世のものとは思えない雰囲気だった。この世のものじゃないのか。納得。
「口開いてるっすよー、松井ちゃん。」
水卜に言われ、すぐさま閉じた。バカにバカにされたのが非常にむかついた。
「ここが天国の俺らの仕事場、天使局本部だ。さっさと審査済ませてばりばり働いてもらうぞ。よっぽどバカじゃなければ通るから大丈夫だ。そこの金髪バカはぎりぎりだったけどな。」
「ちょ、笹原さん!それは言わない約束っしょー!」
私は進んでいく二人の後ろに付いて歩く。建物の中に入ると黒スーツの天使達が忙しなく動いていた。
男性だけじゃなく女性も多く、人種も様々だった。ついでに犬猫までも黒スーツでうろついていた。まさか喋らんだろうな。
「さっちゃんさっちゃん、お疲れ~。」
笹原さんが綺麗な人に話しかけられ立ち止まる。
「お疲れさまです、赤塚さん。」
「お疲れっす姉御!」
「もう玲子でいいって言ってるのに。水卜は今日もバカそうだね。ところでその子アイドルの松井樹里?天使なるの?」
赤塚さんという人は私のことを知っているようだった。天国でも名が知れてるのか。だとしたら普通になるのはほど遠い。
一応聞いてみることにした。
「あの私のこと知ってるんですか?」
「あらー、本物?たぶん知らない人の方が少ないわよ。天国でも天使の間でも可愛いって人気よー?」
「あ、そうなんですね。はぁ。」
やっぱりか、聞いて損した。
「で、さっちゃん。この子天使になるの?」
「そうです。これから審査に行きます。通ったらたまに面倒見てやってください。赤塚さんそういうの上手いでしょう。まだ通るかは分かりませんがね。」
「通るに決まってるじゃない、水卜級のバカでも通るのよ。それにこんだけ可愛いなら余裕よ。爺婆、可愛い子好きだから。」
「ちょっとぉ姉御ぉ。ひどすぎませんかぁ」
また水卜がバカいじりされ、バカっぽく嘆いている。もしかして水卜のバカ伝説は大概の天使は知っているんじゃないだろうか。なんとなくそんな気がしてきた。
それにしても審査って可愛ければ有利なのか、どんな審査基準なんだ。アイドルのオーディションじゃないんだから。
なんて考えていると赤塚さんが手を差し出してきた。
「あたし赤塚玲子、よろしくね。玲子さんって呼んでもいいよ?」
「わ、私松井樹里です。よろしくお願いします、玲子さん。」
「あー可愛い!階級はまた今度教えてあげる!」
赤塚さんはそう言って私の差し出した手を握り、ぶんぶんと上下に振った。そんなに振ったら上下に千切れるって。
私の困った様子に見かねたのか笹原が止めに入った。
「赤塚さん、そろそろ審査に行きますのでここらへんで。」
「もうーいけずぅ。ま、今度ゆっくりね樹里ちゃん。さっちゃんもまたね。水卜は、まぁいいか。じゃあねー。」
そう言って笑って去っていった。あんなに元気な人でも未練を抱えているんだろうか。そんな感じはしなかったけど。
笹原さんや水卜にも何か大きな未練があるのだろうか。いや天使になった以上あるんだろう。
そうして再び歩き出した二人の後を付いて歩く。数人に挨拶されたが玲子さんの時のように立ち止まることはなく、二人とも軽く返していた。
やがて大きな扉の前にたどり着き、二人は足を止めた。
「ここが天使の幹部が集まる場所だ。名前は長くて忘れた。」
「天使局本部熾天使幹部会統轄管理室っすよ!」
水卜がドヤ顔で言った。よくバカのくせに覚えられたもんだ、こんな長いの。
「よくバカのくせに覚えられたな。」
「えぇー、必死で覚えたのにひどいっす!」
私が思ってることを笹原さんが代弁してくれた。
しかし、名前からお堅そうな雰囲気が出まくってる。私は少し不安になった。
「あの、熾天使幹部会って怖いですか?」
私の質問に水卜は笑い、笹原さんも少し頬が緩み、こう答えた。
「入れば分かるさ。」
そう言って笹原は大きな扉に手をつけ、ゆっくりと押し開けた。
私はまだ心の準備が出来ていなかったが、二人が進んだ以上進まないわけにはいかなかった。
中は大きなホールのようになっており、半円状の高いテーブルが私たちを囲むように見下ろしていた。
そのテーブルには例のごとく黒スーツの天使達が座っていた。
正確な人数は分からないが、全部で十数人ほどだ。
「中位三隊、主天使の笹原。天使の審査、お願いします。」
「同じく中位三隊、能天使の水卜っす。」
私は二人の影からそっと顔を出し、小さくお辞儀する。
すると座っていた天使達がざわついた。
「・・・可愛い。」
「樹里ちゃんだ、アイドルの樹里ちゃんだ。」
「可愛いわねぇ。」
「良い。」
「はぇ?」
予想だにしなかった言葉の連続で私は変な声が出た。こいつらひょっとしてバカばっかりか。疑心が浮かぶ。
私が呆れかけていると、私たちの真正面、真ん中に座る見た目が完全に組長の男が言った。
「笹原ァ、素質は?」
「素質は十分にあります。未練も申し分ないかと。」
笹原さんがそう答えると幹部会の天使らは顔を見合わせ、次々に頷いた。
そしてまた組長が口を開き、深く息を吸い大きな声で言った。
「可愛いから採用ォォォォォォォォ!!!!」
拍手喝采が起こった。あぁこいつらやっぱりバカだ。疑心は確信に変わった。そりゃ水卜も通るわけだ。
笹原さんはやれやれといったような顔をしている。
私は無事天使になれることになったわけだが、幹部がこんなおバカ集団だとは思ってもなかった。これから先、不安しかない。
組長が皆を静め言う。
「んじゃあ笹原、新人の相棒はお前だァ。水卜ァてめぇはクビ。」
「了解しま「ちょちょちょちょっと待ってくださいよぉクビってそんなぁ。ひどいっすよぉ。」
組長の一言に水卜が慌てるが、幹部らはくすくすと笑っていた。
「冗談だァ。水卜もいつまでも笹原のケツついて回るだけじゃあ成長しねぇからよ、てめぇにも新人つけるぞ。水卜は相棒が決まるまで暫し休暇だァ。」
「まじすか!休暇!やったぁ!」
「その代わり、今度下手こいたら分かってんだろうなァ?」
「はい!心して!」
「じゃあそういうことで決まりだァ。審査終了ォ。」
水卜は突然の休暇宣言に飛び跳ねて喜んでいた。休暇ってそんなに嬉しいのかな。
というか、笹原さんが相棒か。まぁ知らない人よりはましか。
再び大きな扉を開け、部屋の外に出る。
「ということで、これからよろしくな松井。」
「よろしくお願いします。」
「これで晴れて天使ってわけだ。」
これでようやくスタートラインに立てた。どうやって未練を晴らすのか、そういうのは笹原さんが後々教えてくれるだろう。まずは天使として一人前になってやる。
ふと水卜に目をやると、ポチポチと天国に来るのに使ったスマホのようなものを操作している。目が真剣で水卜とは思えなかった。
「笹原さん今まで世話になったっす!じゃ俺今から休暇なんで!松井ちゃんも頑張ってね!」
そう言うと水卜が歪んで消えた。周りから見てるとこんな感じなのか、すごい顔なってたけど。それにしても今までお世話になった先輩に軽すぎる最後の言葉だったなぁ、さすがバカ。
水卜さんの行方が気になり、笹原さんに聞く。
「水卜さんは休暇って言ってましたけど、どこへ?」
「現世のどっかだろ、あいつも未練晴らしに行ってるのさ。基本的に俺らは休みなら現世で過ごしても良いことになってる。制限は何かとあるが、それは追い追いな。仕事中は天国と現世行ったり来たりで忙しいぞ。」
なるほど、早速未練の晴らし方が分かってきたぞ。天使として働く代わりに、現世で過ごすことができるってわけね。
「じゃあまず自室に行く、まぁ基本的に天使の物置だ。現世で買ってきたものとか置く場所がないと困るだろ。」
「なるほど、自室があるんですか。いいですね。」
「階級が上になればなるほど、部屋も広くなる。ここらへんは人間社会と似たような感じだな。」
笹原さんは広い本部を迷うことなく、どんどんと進んでいく。こんな所、本当に迷いそうだ。一体私はどこにいるんだ。
あれ、さっきここ通ったような。あれー、まさかまさか。
「すまん、迷った。」
笹原は真顔でそう言った。こいつもバカなんじゃないか、もしかして天使ってやつはバカばっかりなのか。
笹原はタバコを取りだし、一服しはじめた。
「あのぅ、笹原さん?」
「まぁ落ち着け落ち着け。俺も下位三隊の方に行くの久々なんだ。」
そう言って煙を吐くと、ポケットからスマホっぽいものを取り出した。
「これはAngel Phone 。略してAPhone。現世でいうスマホみたいなもんだ。天使同士の連絡に使ったり、行き先を調べたりできる。仕事の情報もここにくる。ちなみに音楽も聞けるし、動画も見れる。写真だって撮れる。優れものだろ?」
「完全にスマホじゃないですか。」
笹原さんはおぼつかない手つきで操作をはじめた。じじいか、スマホに馴れてないじじいか。
それに名前、完全にアウトでしょ。ぎりぎりでもないよ、アウトだよ。
暫くいじっているのを見ていると、笹原さんがニヤリと笑った。
「よしよし、出たぞ。さぁ行くぞ。」
「は、はぁ。」
遅すぎか!タバコもう消えとるやん。どんだけかかってんねん。しかもなんでちょっとドヤ顔なの、腹立つわぁ。
意気揚々と歩き出した笹原さんの後ろに付いていく。ほんとに大丈夫なのかなこの人、ポンコツバカなんじゃないのかな。
再び歩き出してから2、3分で目的地と思わしきドアがずらっと並んだ廊下に着いた。近すぎだろ、今までの時間返せよ。
廊下を進んでいくと、笹原さんがあるドアの前で止まった。どうやらここらしい。
「ここっぽいな、見るからに。」
「そうですね、誰ですかこんなことしたの。」
「恐らく幹部会のバカどもだ。」
私の自室と思われるドアにはでかでかと
「アイドル、松井樹里ちゃんのお部屋♡」
なんて紙が貼られていた。
私はそれを引き剥がしビリビリに破いてから部屋に入った。
部屋の中は六畳ほどで確かに物置といった感じだった。
「そこのクローゼットに黒スーツ入ってるから着替えてこい。あとポケットに端末も入ってるから確認しとけ。」
そう言って笹原さんは部屋を出た。
私はそそくさと着替えはじめた。スーツなんて着たことないけど意外とすんなり入った。袖を通し、壁にかけてある姿見を見る。
うん、似合わない。なんだこれ、絶望的にださい。胸ポケットのサングラスでどうにかなるかなと思いかけてみる。無いよりはマシか。
ポケットのAphone を見てみる。うーん、これは完全にリンゴの会社のやつパクってんな。
ホームボタンを押すと画面が表示された。リンゴの会社の端末にそっくりのアイコンがずらっと並んでいる。
その中に黒アイコンのAINEという見慣れないアプリがあった。いや、なんとなくわかるけど。AINEはないだろ、バカなお殿様が考えたんか。
一応開くとそれはまぁ見たことある作りになっていて、天使連絡部というアカウントから一件のメッセージが来ていた。
「本日のお仕事、笹原に送っといたから聞いてね!」
なんだこの無駄なメッセージ、私に送る必要あったのか。
私はイライラしてポケットにアホ端末を入れ、部屋を出た。
「おう、意外に早かったな・・・」
黒スーツ姿の私をじっくり笹原さんは見た。言いたいことは分かる。
そして私はすかさずサングラスをかけた。
「松井、お前クソほどにあ「言わなくていいです、自分が一番分かってるんで。」
そう言うと笹原さんは小さく咳払いをした。
「じゃあ今日から仕事なわけだが、なにか聞いておきたいことはあるか?」
「仕事って私が死んだときみたいなことをするんですか?」
「まぁ基本的には。他にもちょっとしたのはあるけどな。仕事までまだ時間はある。天国で会っておきたいやつはいるか?」
私が会いたい人、父さんくらいしかいないな。ぶん殴りたい。
「じゃあ父さんに、松井倫太郎に会わせてください。」
「そうか、了解した。」
私が小さい頃に死んだ父さんにまた会える。でも、何を話せば良いのやら。
とりあえず殴ることだけは決めていた。




