第七話 頼もしい侍女
翌朝、アーヴィンが出掛けるのを見届けるとわたしは彼の執務室で以前見た請求書を探した。
「あ、あったわ。支払い先は、ああ。クラリッサ様のお店なのね……この前は店の名前を知らなかったし、ちらりと見ただけで気づいていなかったわ。そうなると、ベルフォード商会からの融資内容も見ておきたいわ。ええと……」
資料を揃えると、日付と金額を見比べるために指先で帳簿を追う。
「一度じゃないのね。何度もなの……」
わたしは、書類を手にしたまま椅子の背にもたれた。
彼にお願いされて、父に依頼したあの融資は、彼女の店に流れていた。
支援するのは悪いことではないけれど、レインハルト家は他の支援をしている場合ではないのだ。
まして、夫の浮気相手になど、してはならない。
「わたし、お父様になんと言えばいいのよ……」
アーヴィンにこの事情を聞かなくてはならない。
融資のお金は、レインハルト家のためと聞いていたのだから。
今日は夕方には帰宅する予定だと聞いているから、それまで少し部屋で休ませてもらいましょう。
衝撃が大きくて、少し疲れてしまった。
***
夕方。わたしはアーヴィンの私室に向かった。
夕食まではいつも自室で過ごしているもの、それまでに話を終わらせましょう。
「アーヴィン様……」
クラリッサ様の声が聞こえた。
また、扉が開いているようだ。わたしがピタリと足を止め、息を潜めていると侍女が静かに近寄ってきた。
しっ!と指を1本立てて口元に当てると、侍女は胸に手をあて黙礼し、口パクで『こころえております』そう言った。
驚いたけれど、こくりとわたしは頷いて、侍女とともに耳を澄ませた。
「アーヴィン様。もう、待てませんわ。いつになったらエレノア様とのことを終わらせていただけるの?」
「もう少し、時間が必要なんだ」
「どうして……わたくしのことを愛してくださっているのでしょう?」
「もう少し時間が必要なんだ。……今、離婚すればベルフォード商会からの支援がなくなるだろう。我が家の財政が安定するまで、難しいんだ。わかるだろう?」
「でも……わたくし、はやくアーヴィン様と一緒になりたいんです」
「今は、無理なんだ。もちろん、愛しているのはクラリッサだけだよ」
「はあ。エレノア様がいる限り、わたくしは待たされますのね」
そこまで聞いて、胸の奥で何かが切れた。
アーヴィンはベルフォード商会の財力でレインハルト家を立て直すことに成功すれば、わたしのことは捨ててクラリッサ様を妻にするつもりなのね。
わたしは、レインハルト家のためになることをこれまで行ってきたのに、それは無駄だったのね。
息をするのを忘れていたようで、くらりとした。
そばで一緒に聞いていた侍女が支えてくれて、『いきましょう』と目で伝えてくれる。
わたしは頷き、その場を静かに去った。
自室に戻り、侍女に支えられつつソファに腰掛けると、侍女は手際よくお茶の準備をしながら口を開いた。
「奥様。この前扉を開けておいたのも、わたくしです。もう、腹が立って。奥様の頑張りをないがしろにしている旦那様が許せなくて。奥様にお聞きいただくべきと思ったのです。奥様あっての、レインハルト家ですのに。
結果的に、奥様に辛い思いをさせてしまったのは大変申し訳ないのですけれど……」
わたしの前に温かいハーブティーを準備してくれた。
一口いただくと、花の香りがして、心が落ち着いた。
彼女はわたしの外出にもよく付き添ってくれる侍女だから、街であの二人を見かけたことも知っている。
「ありがとう、メイリー。あなたがそばにいてくれて助かったわ。わたしだけではあの二人にバレてしまっていたかもしれないもの。この前も、今回もあなたがチャンスを作ってくれたおかげでわたし、決意ができたわ」
「そうですか……それでは……」
「ええ、離婚するわ」
わたしは、わたしの人生を歩みたい。
ベルフォード家の財力目当てで、他の女性を囲っている夫にいつか捨てられるのを待つなんて嫌。
こちらから捨ててしまえばいい。
お父様に相談しなくてはいけないわ。
「ねぇ、メイリー。明日、お父様のもとへ相談に伺おうと思うのだけど、ついてきてくれるかしら」
「はい!もちろんお供させていただきます」
「先ほどの二人の会話をまとめておきたいの。お手伝いしてもらえる?」
「ええ、もちろんです」
頼もしい侍女とともに、新しい人生への道筋を立て始めた。




