第六話 クラリッサからの誘い
「奥様、手紙が届いております」
いつものように、届いた手紙の処理をしていると、差出人を見てわたしは手を止めた。
『クラリッサ・ローレンス』
夫と恋人のように街を歩き、夫の部屋でなにやら話をしていた、女性だ。
手紙には、店に来て欲しい、そう書いてあった。
「お店……?クラリッサ様が経営されているということ?」
クラリッサ様のことは気になるし、直接お店に伺えば何かわかるかもしれない。
わたしは、数日後に伺うお返事を書き、侍女へ渡した。
***
数日後、わたしはクラリッサ様のお店を訪れていた。
店に入ると、嬉しそうに出迎えてくれた。
「エレノア様、ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりました!」
「クラリッサ様、お招きいただいて、ありがとうございます。とても素敵なお店ですね」
「ありがとうございます。少しでもみなさまに楽しんでいただけるお店にしたくて」
クラリッサ様は誇らしそうに微笑んだ。
店内はとても華やかで、壁の装飾も商品を置くための什器も一目で質の良いものだと分かる。
どうしても、商売人としての目が自然と働いてしまう。
おそらく、この店を維持するには、かなりの売り上げが必要になるはずだわ。
なのに、お客様はあまりいらっしゃらない。
「さあ、店の奥にお席をご用意しておりますの。こちらへどうぞ」
クラリッサ様に案内され、席につくと、向かいに座った彼女は小さな箱を取り出した。……見覚えのある紋章だわ。
わたしの視線を感じたのか、彼女は顔を上げた。
「こちらですか?レインハルト伯爵がいらしたときにくださったのです。わたくしの名刺入れにと」
「そうなのですね、知りませんでしたわ」
わたしは彼女に差し出された名刺を受け取った。
「今日は、お店を見ていただきたかったのもあるのですけれど、その……エレノア様にお話したいことがありますの」
「なんでしょうか」
「実は、少し困っていることがあるのです。思っていたより、時間がかかっていて」
「お店のことでしょうか?」
わたしが商人の娘であることを知っているだろうから、相談に乗って欲しいのだろうか。
「ええ、それもありますわ。思い通りに、進まないものですよね」
「そうですね、何事もうまくいくとは限りませんもの」
「わたくしは、待つことも大事だと思っているのです」
ああ、彼女は商機を待っているということなのかしら。
いいえ違うわ。この前アーヴィンは彼女に『もう少し、待ってくれ』と言っていた。
クラリッサ様はそのまま言葉を続けた。
「わたくしはいま、とても大切なものを、待っていますの。だから、焦ってはいけないと思っているのです」
「……そうなのですね」
「ええ、順番というものがありますから」
そこまで言うと、彼女はわたしの手元に視線を移した。そうして、もう一度わたしを見る。
「エレノア様は、お幸せそうですものね。誰もが羨む、レインハルト伯爵の奥様ですもの」
「ええ…と。お礼を言ったらいいのかしら」
わたし、いま幸せではないわ。なんと言えばいいの。
「エレノア様は本当にお優しい方ですのね。人を信じるのはとても素敵なことですけれど、信じているからこそ見えないものもありますものね」
そこまで言うと、彼女は急に商品の紹介を始めた。
アーヴィンのことを、待っているというの?
彼は、わたしとの離婚を望んでいるということ?
それを、わたしに直接言いたかったということ?
わたしの中に、いろいろな疑問が残った。
挨拶を終えて店を出て、迎えの馬車に乗り込むとわたしの手が震えていた。
どうして。先ほどまでは平気だったじゃない。
クラリッサ様にレインハルト家の紋章の入った小物をお渡ししているということは、店の支援をしていると対外的に示しているようなものだ。関係を隠す気がないのかしら。
それに高価な内装、増えた融資相談、それについこの前見つけた大きな支払い。あれはどちらからの請求書だったかしら。
まずは、お金が使われている先を調べるのよ、エレノア。
アーヴィンへ問いただすのは、そのあとでもいいじゃない。
震える手を握り締め、御者へ指示を出した。
次回、明日8時頃更新です。




