第四話 少しずつ変わっていく
結婚して半年ほど経った。
アーヴィンからの頼み事も増えていき、わたしは調整に追われている。
頼み事の際には『ありがとう』と言ってくれていた彼だけれど、最近はもう、聞いていない。
夫婦なのだから、いちいち礼を言う必要もない、ということよね。気にしてはいけないわ。
そういう毎日を過ごすうちに、結婚して一年が経った。
家の取り仕切り、レインハルト家に必要な人脈を意識した社交も難なくこなせるようになっている。
アーヴィンが安心してくれるといいのだけど。
そういえば、お父様から手紙が届いていたから、読んでお返事を書きましょう。
手紙の内容は、王都での新しい取引が増え、さらに新しい地方との商談も進んでいるという内容だった。
「すごいわ。相変わらず、ベルフォード商会は順調ね」
幼い頃から見てきた、父が懸命に努力して築き上げたものが、今も前に進み続けているのが心から嬉しい。
扉を開ける音がして振り返ると、アーヴィンが立っていた。
「何をしているんだ?」
「お父様からの手紙です。最近、取引が増えているみたいで――」
「また商会の話か」
アーヴィンは興味がなさそうに、目を伏せた。
なんだか、息がしにくい気がする。
「……アーヴィンは、商会のことが好きではないのですか?」
「いや。そういうわけではないよ。君が夢中になることなのか?と思っているだけだ。君は伯爵夫人だろう。そう言っている。それよりも、七日後の晩餐会の準備はどうなっている?」
「あ……そちらは、明日までに招待客の最終確認をいたします」
「頼むよ」
彼はそれだけいうと、部屋を出て行った。
わたしは、手元の手紙を見つめ、ぎゅうっと握った。
くしゃくしゃになってしまった。
さっきまで嬉しくて、わくわくしていたのに。いまは苦しいわ。
もっと、彼が安心できる、妻にならなくてはいけないのね。
社交にも力を入れたし、新たな人脈も増えた。
『レインハルト伯爵夫人は、とても聡明な方ね』
『商家のご出身なのに、社交界にもすっかり馴染んでいらっしゃるわ』
『ご実家のベルフォード商会も、とても繁盛しているそうよ』
そう、言われることも少なくなく、わたしは頑張れている、役に立てている。そう思っていた。
それでも、彼は安心してくれない。
社交後、小言を言われることが増えていた。
「今日の晩餐会、君がもう少し愛想よくしてくれれば助かったんだが。レインハルト家のためを思って、もう少し気をつけてくれないか?」
「申し訳ありません。気をつけます」
わたしはそう言って、頷くしかなかった。わたしの努力が足りないんだもの。仕方ないわ。
***
結婚して二年目に入った頃。
アーヴィンの帰宅する時間が遅くなった。仕事が忙しいみたいだ。
二人で過ごす時間は、もちろん減っている。
帰りを待つ日もあったけれど、わたしは一人で夕食を取ることも増えた。
寂しい。一人で取る夕食は、なんだか味気がない。
けれど、新婚ではないのだし、お仕事が忙しいのだから仕方がないわよね。
わたしはふと、夜中に目を覚ました。
「あら……?アーヴィンは?」
隣に眠っているはずの彼がいない。今日は夕食を食べ終えても、なかなか帰ってこないから、先に眠りについたのだ。それなのに、いない。帰ってきていないということ?
さあっと、胸の奥が冷える感覚がした。
ううん。彼がそんなこと、しないわ。わたしは、アーヴィンを信じている。
けれど、その日から、彼が帰らない日が増えている。
さすがに、増え過ぎのような気がするので、声をかけてみるけれど、『仕事だ』の一点張り。
繰り返し聞こうとすると、
「なにか問題でもあるか?」
「いえ、お忙しいのだなと思っているだけです」
そう、答えるしかなかった。
以前は食事中、楽しく会話できていたのに、それすらも減っていき、夫が今日はなんの予定があるのかも、把握できなくなっている。
なにか、気分転換をしたい。そう思い立って、実家に顔を出すことにした。
***
「おかえり、エレノア。すこし痩せたんじゃないか?」
「ただいま、お父様。ちゃんと食べていますよ」
嬉しそうに迎えてくれたお父様にわたしは笑顔で答える。
ベルフォード家に帰ると、肩のちからが抜けた。
わたし、ここでは安心できるんだわ。レインハルト家では気を張っているのね。
「ねえ、お父様。また商会が大きくなっているでしょう。わたし、お手紙を読むのがとっても楽しみなの。新しい地方のお話、聞かせてほしいわ」
「ああ、そちらはまだ調査段階なんだ。お前も興味があるんだね、目が輝いているよ」
「もちろんよ!新しい世界を切り開いていくお父様が、とっても素敵だわ」
「変わらないな」
「だって、商売のお話は楽しいですもの」
思わず身を乗り出して答えると、お父様は笑った。
久しぶりに心から笑えた気がする。
次の日、わたしは王都で開かれた小さな茶会に一人で出席していた。
周りの参加者と穏やかに会話していると、ふと、隣のテーブルの令嬢たちの会話が耳に入ってきた。
「ねえ、最近アーヴィン様をよく見かけるのだけれど」
「まあ、そうなの?」
「ええ。少し前から、ローレンス男爵家のご令嬢と一緒にいらっしゃることが多いみたいよ」
「ローレンス家、といったらクラリッサ様かしら?」
「ええ、そうよ。クラリッサ様と仲が良いみたいよ」
「とても、お綺麗な方よね」
「ええ。伯爵家の奥様にも、負けないくらい」
ひそひそと、けれどわたしにはしっかりと聞こえてしまった。
『クラリッサ様』
ああ、彼は他のご令嬢との仲を深めていたの。お仕事だと信じていたのに。
胸の奥がチリチリと熱くなった。




