第三十三話 あなたと着たい服
王室御用達になったお祝いの手紙が、商会へ次々と届いた。
お礼の返事もようやく落ち着いた頃、わたしはルシアンへ手紙を書いていた。
次のお休みは、いつかしら。
わたしが空けられる日を書き添えてから、もう一文を足す。
『できれば、一日ゆっくりあなたと過ごしたいの』
机の端には、王城の夜会への招待状も置いてある。
お父様とわたしに届いたものだ。このお話も、会って伝えたい。
翌日、ルシアンから返事が届いた。
二日後なら、一日空けられるという。
王室御用達になったことも、取引先から聞いていたようで、お祝いの言葉が添えられていた。
『何か贈らせてほしい。欲しいものを考えておいて』
「贈り物……何がいいかしら」
手紙を読み返していると、頬が緩む。
その日は、朝から一緒にいられるのが嬉しい。
待ち合わせのお返事を使いに託すと、
深い青灰色のワンピースを取り出し、鏡の前で身体に当てた。
ルシアンの瞳を思わせる色だ。
これを着ていこう。
髪飾りは、どれが合うかしら。
贈り物より先に、服が決まってしまった。
***
約束の朝、広場にはすでにルシアンが来ていた。
わたしを見つけると、手を上げて近づいてくる。
「おはよう、エレノア」
「おはよう。待たせてしまった?」
「僕も今来たところだよ。改めて、おめでとう」
「ありがとう。お父様も、とても喜んでいたわ。隣国の店への手紙も、一緒に書いたの」
「うん。エレノアも嬉しそうだ」
「ええ。……あなたにも、会いたかったから」
ルシアンが目元を和らげ、わたしの手を取った。
指が重なると、彼を見上げる。
「今日は、ずっと一緒にいられるね」
「そのために、仕事を終わらせてきたの」
「じゃあ、遠慮なく独り占めさせてもらおうかな」
わたしが笑うと、彼はワンピースへ視線を移した。
「その色、よく似合っている」
「……あなたを思い出して、選んだの」
つないだ手が、少し強く握られた。
ルシアンはわたしを見つめ、それから困ったように笑った。
「そんなことを言われたら、ずっと見てしまいそうだ」
「歩くときは、前も見てね」
「努力するよ」
おかしくなって笑いながら、わたしたちは店の並ぶ通りへ歩き出した。
***
「欲しいものは決まった?」
「まだ迷っているの。一緒に見て回ってもいい?」
「もちろん」
飾り窓をのぞいたり、気になった店へ入ったりしながら通りを進む。
革製品の店で棚に置かれた鞄が目に入った。
深い茶色の革に、落ち着いた金色の留め具。
店員に見せていただくと、中には書類を分けられる仕切りがついていた。
「これなら、手紙と契約書を分けて入れられるわ」
普段使う大きさの紙も、きちんと収まる。
持ち手を握り、留め具を開け閉めしてみた。
「使いやすそう?」
「ええ。書類を探すときに、全部出さずに済みそうだわ」
顔を上げると、ルシアンが微笑んでいた。
「君らしいものを見つけたね」
「……お祝いに仕事の鞄だなんて、おかしい?」
「ううん。毎日使ってもらえそうで、嬉しいよ」
「ええ。仕事中も、あなたを思い出してしまいそう」
ルシアンがこちらをじっと見ている。
「……それは、贈りがいがあるね」
耳が少し赤い。わたしまで照れてしまって、二人で鞄へ目を落とした。
「では、こちらをお願いしてもいい?」
ルシアンが支払いを済ませ、包んでいただいた鞄をわたしへ渡してくれた。
「ありがとう。大切に使うわ」
「使っているところを見るのが楽しみだよ」
店を出てから、彼が包みを持とうと手を伸ばした。
わたしは少しだけ、それを胸元へ引き寄せる。
「もう少し、自分で持っていてもいい?」
「うん。好きなだけ」
笑って手を差し出した彼の手に、空いている方の手をのせた。
贈ってもらった鞄を抱えて、ルシアンと手をつないで歩いた。
昼食を終え、お茶を飲みながら、わたしは話を切り出した。
「ルシアン、お願いがあるの。お父様とわたしに、王城の夜会への招待状が届いたのだけれど……」
日取りを伝えると、彼は頷いた。
「同じ夜会だね。僕のところにも届いているよ」
「それなら……エスコートを、お願いできるかしら」
カップを置き、返事を待つ。
ルシアンはすぐに微笑んだ。
「喜んで。その日は迎えに行くよ」
「ありがとう」
よかった。
胸をなで下ろしたところで、もう一つのお願いを口にした。
「せっかくだから、わたしたちも揃いの服を仕立てない?」
「うん。お客様が喜んでくださったという話を聞くたびにね。いつか僕たちも、と考えていた」
「わたしもよ。今度は、あなたと着る服を選びたいわ」
「じゃあ、午後はその相談に行こうか」
「ええ!」
午後に訪ねたのは、王城へ納める見本の制作をお願いした仕立屋だ。
主人は夜会の日取りを確かめると、頷いた。
「今からでしたら、仮縫いとお直しのお時間も取れます。お好みを伺いましょう」
広げていただいた織物の中で、わたしが気になったのは銀灰色の布だった。
細かな織り模様が、光の向きで浮かび上がる。
「素敵ね。ルシアンはどう?」
「エレノアは、これが好き?」
「ええ。あなたにも似合いそうだと思って」
主人が彼の上着に布を合わせてくださる。
「……やっぱり、素敵」
「なにが?」
顔を上げると、ルシアンが笑っていた。
わかっていて聞いているのよね。
「あなたが、よ」
答えると、今度は彼が視線をそらした。
「……うん。エレノアも、隣に並んでみて」
わたしにも同じ布を当てていただき、鏡の前へ進む。
ルシアンが隣に立った。
同じ模様が、鏡の中で並んでいる。
二人で夜会へ行く姿が浮かんだ。
「よく似合うよ」
鏡越しに目が合う。
頬が熱い。鏡の中のわたしは、ずいぶん嬉しそうな顔をしている。
「……こちらで、お願いします」
主人へ向き直って答えると、ルシアンも頷いた。
ドレスの形と、ベストに合わせる上着を相談する。
採寸を受け、それぞれの衣装の代金を支払い、仮縫いの日を決める。
店を出る頃には、日が傾き始めていた。
預かっていただいた鞄の包みを受け取ると、ルシアンが手を差し出した。
「帰りは、僕に持たせて」
「ええ。ありがとう」
包みを渡し、差し出された腕に手を添えた。
「出来上がるのが楽しみだわ」
「うん。夜会の日もね」
揃いの服を着て、彼の隣を歩く。
誰かに挨拶をするときも、踊るときも、ルシアンがそばにいてくれるのは心強い。
「夜会の日、最初にあなたに見てほしいの」
彼が歩みを緩めて、わたしを見た。
「迎えに行くのが、ますます楽しみになった」
彼の腕にぎゅうっと抱きつく。
今からこんなに楽しみで、当日は落ち着いて支度ができるかしら。
わたしは、仮縫いまでの日数を心の中で数えた。




