第三十二話 お父様と迎える日
帰国した翌朝、商会へ行くと、お父様が何枚もの書類を広げて待っていた。
「エレノア、こちらを見てくれるか。王都でも、揃いの装いについて問い合わせが来ているんだ」
「まあ。こちらでも?」
「隣国で見かけた方が、自分たちにも仕立てられないかとね。見本を置きたいという取引先もある」
差し出された書類を手に取ると、ご夫婦の服についての相談や、店で扱いたい織物の希望が書かれていた。
わたしが隣国にいる間に、こんなに届いていたなんて。
「ぜひ進めたいわ。こちらで好まれる形も知りたいから、仕立屋さんに相談してみましょう」
「すでに声はかけてあるよ。使えそうな織物も取り寄せている」
「ふふ。お父様、準備がいいのね」
「お前の成果をこちらでも形にしたいだろう」
その日から、職人の方々と布を広げて相談する日々が始まった。
わたしが隣国でのお客様の反応を伝えると、王都で人気の形を教えてくださる。
同じ布でも、仕立て方でずいぶん印象が変わる。つい時間を忘れて、図をのぞき込んでしまった。
そうして数日が過ぎた頃、お父様のもとへ一通の書状が届いた。
「王城から、商談のお話?」
思わず聞き返すと、お父様が頷いた。
「隣国から戻った使節の方が、うちの隣国の支店について報告してくださったそうだ。私とお前に、話を聞きたいとある」
書状には、各国から賓客を迎える席で、王家の方々の衣装に共通の織物を取り入れたい、と書かれていた。
自国の織物と、その技術を紹介できる装いを求めていらっしゃるらしい。
「王家の皆様に、使っていただけるかもしれないのね」
「ああ。王城へ商談に呼ばれるのは、私も初めてだよ」
書状を持つ指に力が入る。これはチャンスよね。
「……急に、緊張してきたわ」
「まだ準備する時間はある。一つずつ確かめていこう」
お父様は白紙を一枚、わたしの前へ置いた。
「まず、何を伺いたい?」
「お衣装の数と、いつまでに必要なのか。それから、お好みも知りたいわ」
どの部分を揃えるか、選んでいただけるようにしたい。
「布だけでなく、仕立てた見本もお持ちしましょう。図では、ひだや光沢までは伝わらないわ」
「そうだな。職人たちにも相談しよう」
わたしは頷いて、ペンを取った。
***
王城の担当者と書面で要望を確かめ、職人の方々と見本を用意した。
書状が届いてから一週間後、わたしたちは王城へ向かっていた。
見本を収めた箱は向かいの席に置いてある。
制作を担当した職人の方々も、別の馬車で同行してくださっている。
「お父様、リボンは曲がっていない?」
「ああ、大丈夫だ。私のタイは?」
「ええ。きちんとしているわ」
わたしの髪を結んだリボンと、お父様のタイは同じ織物で仕立てたものだ。
青地に細かな模様が織られていて、動くと光を拾う。
二人で何度も確かめ合っていたら、おかしくなって笑ってしまった。
案内された部屋には、衣装の調達を担当する役人と、王城の職人の方が待っていた。
お父様が挨拶し、わたしたちを紹介する。
席につくと、役人の方がわたしの髪に目を留めた。
「お二人も、装いを揃えていらっしゃるのですね」
「はい。同じ織物で作りました」
気づいてくださった。
嬉しくなって、お父様と顔を見合わせる。
「隣国では、ご夫婦のドレスとベストから始まりました。こうした小物でも、ご家族で楽しんでいただけます」
「なるほど。皆様のお好みにも合わせやすそうですね」
わたしは持参した図を広げた。
同行した職人の方が、箱から見本を取り出して並べてくださる。
ドレスの身頃と、ベストの前身頃を模したものだ。
王城の職人の方が、布に触れながら身を乗り出した。
「こちらは、ひだを寄せているのですね。同じ布でも印象が違う」
「はい。形が違っても、模様の見える位置を揃えると、並ばれたときにまとまりが出ます」
二枚の図を寄せてお見せすると、役人の方がしばらく見比べた。
「華やかさを控えたい方には、どうでしょうか」
「襟元や腰の飾りに、一部だけ使うこともできます」
細く仕立てた見本を、無地の布へ重ねる。
模様が一筋入ると、それだけで目を引いた。
「お一人ずつが、気に入ってお召しになれることも大切にしたいのです。お好みに合わせて、分量を変えられますから」
「ええ。それなら、皆様にご相談しやすい」
返ってきた言葉に、ほっと息が緩んだ。
そこからは、職人同士の話も弾む。
布を裏返し、縫い目を示しながら、裁断や模様の合わせ方を確かめている。
わたしはそばで書き留め、商会で用意するものを整理した。
採寸と衣装の仕上げは、王城の職人の方々が担当する。
わたしたちは織物と仕立て見本を納め、その後の相談にも応じることになった。
「仕上がりを確認する時間も、十分に取っておきたいのですが」
「はい。お直しに備えた布も含め、必要な量を用意できることを確認しております」
用意した日程をお見せし、お父様と一緒に数量や費用、支払いの条件を確かめる。
役人の方は書類を読み終えると、顔を上げた。
「では、ベルフォード商会にお願いしましょう」
「ありがとうございます」
お父様とともに頭を下げる。
顔を上げるまで、膝の上で重ねた手を、ぎゅっと握っていた。
よかった。ご注文いただけた。
帰ったら、すぐに手配を進めなくては。
王城を出て馬車に乗り込むと、お父様がわたしの顔を見て笑った。
「嬉しそうだな」
「お父様だって同じでしょう?皆様に喜んでいただけるものを、お届けしましょうね」
鞄に収めた注文書が気になって、留め具を開きかける。
お父様に「続きは商会へ着いてからにしよう」と言われ、わたしは照れながら手を離した。
***
織物を送り出したあとも、王城から届いた希望を職人の方々と確かめ、見本を仕上げていった。
約束した日までに納め、制作中の質問にも返事を送る。
衣装が完成したとの知らせをいただいたのは、そんなやり取りを重ねたあとのことだった。
お父様と王城へ伺うと、部屋には人形に着せられた衣装が並んでいた。
「まあ……」
ドレスのひだに沿って、織り模様が流れている。
隣のベストにも、襟元を飾る細い布にも、同じ模様があった。
布見本で見ていた光沢が、裾まで続いている。
わたしは近づいて、縫い合わせの部分をのぞき込んだ。
模様がきれいにつながっているわ。
「お送りいただいた見本が役に立ちました。試着の際も、お喜びいただけましたよ」
「本当ですか?」
顔を上げると、王城の職人の方が微笑んだ。
「王妃様は、ほかの方のお衣装と見比べていらっしゃいました。皆で揃えて着るのが楽しみだと、おっしゃっていましたよ」
よかった。
衣装をまとって並ばれる姿を想像すると、頬が緩んだ。
「見本を作ってくださった職人にも、伝えます。きっと喜びますわ」
隣を見ると、お父様も嬉しそうに衣装を眺めていた。
***
賓客を迎える催しが終わってしばらくした頃、今後の取引について相談したいと、再び王城から連絡があった。
「おかげさまで、よいお披露目になりました」
わたしたちを迎えた役人の方は、そう言って書類を開いた。
「どちらで織られたものかと、お尋ねになった方もいらっしゃいましてね。添えていただいた説明が役立ちました」
「この国の織物だと、知っていただけたのですね」
「ええ。ご自分の国でも扱いたいという問い合わせが来ています。担当の方をご紹介してもよろしいでしょうか」
「もちろんでございます。ご希望を伺ったうえで、お返事いたします」
お父様が書面を受け取る。
また、新しい土地へ届けられるかもしれないのね。
どんな装いが好まれるのかしら。お話を伺うのが楽しみだわ。
「それから、本日は正式にお伝えすることがございます」
役人の方が姿勢を正した。
わたしたちも背筋を伸ばす。
「このたび、ベルフォード商会を王室御用達として認める旨、正式に決まりました」
……王室御用達?
思わずお父様を見る。
お父様はまっすぐ前を向いたまま、膝の上の手を握っていた。
「隣国で我が国の織物を広められた実績と、今回の品の確かさを評価しております。納期を守り、制作の相談にも応じていただけたと、職人たちからも聞いています」
「……ありがたく、お受けいたします」
お父様の声は、いつもより少し低かった。
「今後も、ご信頼にお応えできるよう努めてまいります」
わたしも一緒に、深く頭を下げた。
お父様へ渡された書面には、確かにベルフォード商会の名が記されている。
何度も読み慣れた名前なのに、目が離せなかった。
***
商会へ戻ると、お父様は執務室の机に書面を置いた。
わたしも隣に立って、もう一度読ませていただく。
「お父様、おめでとうございます」
口にすると、胸がいっぱいになった。
「王室御用達になったのね。お父様が、一から築いてきた商会が」
「ああ……ここまで来たんだな」
お父様は椅子に腰を下ろし、書面に触れた。
「始めた頃は、一つの取引を続けてもらえるだけで嬉しかったよ。次も頼むと言っていただけると、それだけで張り切ったものだ」
「今も、そうでしょう?」
「そうだな。変わっていないかもしれない」
顔を見合わせて笑う。
お父様は目元を緩めたまま、わたしに向き直った。
「ありがとう、エレノア。お前の仕事が、ここにつながった」
「……わたしも、お役に立てたかしら」
「ああ。お前と共にこの日を迎えられて、嬉しいよ」
十歳の誕生日に、お父様の仕事についてきた日を思い出した。
帳簿を見せていただいて、褒められるのが嬉しくて。
いつかわたしも、商会のお役に立ちたいと言ったのを覚えている。
いま、お父様がわたしにお礼を言ってくださっている。
「これからも、一緒に商会を大きくしていきたいわ」
ようやくそう答えると、お父様は頷いた。
「頼りにしているよ」
わたしは笑って、隣へ椅子を寄せた。
「皆にも知らせなくては。職人の方々にも、リディアたちにも」
「ああ。隣国の店には、手紙を出そう」
机から便箋を取り、お父様の前にも一枚置く。
受け取ったリディアたちの顔を想像すると、早く書きたくなった。
「お父様からも、一言いただける?」
「一言で足りるかな」
お父様がペンを手に取る。
わたしは笑いながら、もう一枚、便箋を差し出した。




